August 14, 2019 / 8:56 AM / 10 days ago

コラム:勝者なき米中通貨戦争、9月以降のドル円相場を読む=尾河眞樹氏

[東京 14日] - ドル円は8月12日に105円05銭の安値を付け、105円ちょうどの大台、さらには年初来安値の104円87銭にすぐそこまで接近した。14日時点でいったん106円台に戻しているものの、このまま右肩上がりに上昇を続ける確証はない。

 8月14日、米中が通貨戦争に発展するかどうかは警戒すべきだが、より注意が必要なのは短期筋の投機的な動きによって、ドル円の下落に火がつくことだと、尾河氏は指摘する。写真は米ドル、人民元、日本円の各紙幣。2010年、ソウルで撮影(ロイター/Truth Leem)

仮に反落すれば、次の下値めどは2018年3月の104円56銭、そして16年安値の99円02銭から同年高値の118円66銭のフィボナッチ76.4%戻し、103円66銭などが視野に入る。

<不可解な「為替操作国」認定>

ドル円を反落させたのは、8月1日にトランプ大統領が9月から対中制裁関税第4弾を発動すると明言したことで、これには正直なところ筆者も驚いた。まさに「トランプ・ショック」だった。しかし中国への攻撃はこれだけにとどまらず。5日に人民元相場が1ドル=7.0元の節目を超えて下落すると米国はすかさず反応し、中国を「為替操作国」に認定した。

日本時間の13日夜になって第4弾の一部発動見送りが発表されたものの、米中関係の見通しは不透明感がまったく払拭できない。とりわけ為替操作国認定の判断は不可解と言わざるを得ない。米政府が他国を「為替操作国」に認定する際の3つの条件、すなわち1)多額の経常黒字国であること、②大規模な対米貿易黒字を抱えていること、③継続的かつ一方的な為替介入をしていること──のうち、中国は2)にしか抵触していない。

中国は確かに為替レートをコントロールしているが、必ずしも「元安誘導」ではない。中国の外貨準備高は14年6月の約4兆ドルをピークに大きく減少しており、17年1月以降は約3.0兆─3.2兆ドルの間で緩やかな増減を繰り返している。

これは15年8月に起きた「人民元ショック」後のドル売り・元買い介入が背景にある。18年3月以降の米中摩擦による元安局面でもそうだ。同年10月に1ドル=6.9元に近づいた時点で、中国の外貨準備高は急速に減少した。このときも1ドル=7.0元を超えないよう、ドル売り・元買い介入によって人民元を買い支えていた様子がうかがえた。

「人民元ショック」以降、中国当局は資本流出に神経質になっているようで、少なくともこの5年間、市場で人民元に対する売り圧力が強まった際には、中国当局はむしろドル売り・元買い介入で対応してきたことがわかる。従って、「継続的かつ一方的」に元安誘導してきたとは言い難い。

中国の「為替操作国」認定をきっかけに、市場ではトランプ大統領がドル売り介入に踏み切るのではないか、中国が外貨準備で保有する米国債を大量に売却するのではないか、などの憶測が広がり、これらによってドル安圧力は一段と強まった。しかし、トランプ大統領は9日、ドル安誘導の計画があるかと記者から質問され、「その必要はない」、「利下げをすれば、ドルを自動的にやや押し下げることになる」と答えている。

いくらドル高が好ましくないとはいえ、他国を「為替操作国」に認定する傍らで、米政府自らが国益のためにドル安誘導や為替介入を行っては到底つじつまが合わない。さらに「ドル安誘導」に本格的に乗り出せば、ドルは大暴落しかねず、関税引き上げによる今後の輸入物価上昇に一段と拍車をかけることになるだろう。米国の消費者を直撃するような政策は、さすがに思いとどまるのではないか。

対中関税第4弾の一部先送りを決めたのも、これからクリスマス商戦を控えた国内経済への影響を考慮したためだろう。

<投機筋の動きに要注意>

一方、仮に中国が米国債を売却した場合、米国債とドルは暴落し、人民元は対ドルで急騰、中国経済にとってむしろリスクとなる。また、資本流出を促しかねない人民元の急落も、中国政府にとって好ましくないのは前述したとおりだ。実際、8月6日以降の人民元相場は、日々の「基準値」が基本的に1ドル=7.0─7.03元を挟んで設定されている。「為替操作国」に認定されたところで、中国当局は元相場を極端に元安にも元高にも操作するつもりはないようで、いわば「大人の対応」をしているように見える。

米メディアの中には、米中関係について「貿易摩擦(Trade Friction)」から「貿易戦争(Trade War)」に発展し、ひいては「通貨戦争(Currency War)」へと事態が深刻化したとあおる向きがみられる。今後、本格的な通貨戦争に発展するかどうかは、もちろん警戒すべきだろう。しかし、通貨戦争は誰の得にもならない。

今後のリスクは「通貨戦争」よりも、むしろ短期筋の投機的な動きによって、ドル円の下落に火がつくことではないだろうか。仮に今後、年初来安値の104円87銭が再び接近すれば、「米国政府によるドル安誘導」などのストーリーに乗せて、短期筋・投機筋が暗躍しやすい。

ドル円相場が金利の動きと相関性を強める中で、5月1日から現在までのドル円と日米実質長期金利差は、相関係数が0.825と高く、足元の金利差でみれば105─106円台は適正水準と言える。過去に日米実質金利差とドル円の相関性が崩れた局面はあったが、結局は元の鞘に収まっていることを踏まえれば、仮に投機的なドル売り・円買いによって一時的に相関性が大きく崩れたとしても、ゆくゆくは回復する公算が大きい。

<すべては大統領選に勝つため>

ところで、トランプ大統領はなぜ8月に入ったばかりのタイミングで、あえて9月から追加の制裁関税を発動することに言及したのだろうか。おそらく9月2日のレイバーデーから大統領選のキャンペーンが本格化するため、その前に少しでも米中協議を進展させようという狙いがあったのではないか。

しかし、その狙いは裏目に出たようだ。自らの政策によって米株価が暴落し景気が悪化すれば、支持率の低下につながりかねない。当面はこれまで通り、「株安や景気悪化は利下げが遅れたため」と連邦準備理事会(FRB)に責任転嫁するつもりだろうが、それにも限界がある。しばらくは対中強硬姿勢を貫いたとしても、選挙前のどこかのタイミングで方向転換を迫られ、中国への態度も柔軟化するのではないだろうか。

実際、13日に追加関税の一部先送りを表明したのは、その表れだろう。劉鶴中国副首相とライトハイザー米通商代表部(USTR)代表が電話会談し、2週間以内に再協議することも決まったという。

13日の金融市場はこれを好感し、米株価は急騰、ドル円は106円台まで円安に振れた。米中間の摩擦は貿易から安全保障問題など広範囲にわたるため、部分的な合意はあっても本質的な対立は残るだろう。それでもポイントは、政策判断が読みづらいトランプ政権下、今回のような相場の急変は上にも下にも、双方向にいつでも起こる可能性があるということだ。

すべては「大統領選に勝つため」とみれば、大統領選が本格化していく中で、トランプ大統領のツイートに市場が振り回される頻度は高まると警戒しておくべきかもしれない。

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

尾河眞樹氏

*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。

(編集:久保信博)

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