June 18, 2018 / 9:05 AM / 3 months ago

コラム:物価低迷の謎解き、シントラ会合で進むか=岩下真理氏

[東京 18日] - 先週の中央銀行ウィークでは、米連邦準備理事会(FRB)が緩やかな利上げ継続を決めたものの、利上げ打ち止めが意識され始めた。欧州中銀(ECB)は年内の量的緩和終了を宣言し、金融政策の正常化を一歩進めたが、利上げを急いではいない。米欧金融政策の判断が示されたことで、日本の外部環境は変化したと言えよう。

 6月18日、大和証券・チーフマーケットエコノミストの岩下真理氏は、ポルトガルのシントラで18―20日に開催されるECB年次フォーラムは日米欧豪中銀総裁のパネル討論が予定されており、物価低迷の謎にどこまで迫れるかが注目されると指摘。写真はユーロとドル紙幣、ボスニア・ヘルツェゴビナで2015年3月撮影(2018年 ロイター/Dado Ruvic)

現在の日銀は物価の伸び悩みに直面しており、米国の利上げ打ち止めが遠くないと仮定すると、以前よりも「政策の微修正」に対する難易度が上がったと言わざるを得ない。

日本では消費者物価(CPI)が4月に続き5月東京都区部も弱含みとなり、早くも2018年度のコアCPI(生鮮食品を除く総合)がプラス1.0%台となるのは厳しい情勢だ(当社予想プラス0.8%)。7月の日銀展望レポート発表時には、4月時の大勢見通し中央値プラス1.3%を下方修正するだろう。修正に際し、物価の上がりにくい要因について、展望レポートの分析で掲載される可能性が高まったように思える。

15日の黒田東彦日銀総裁会見では、物価の伸びが鈍い理由について、具体的に4つ挙げて説明した。

第1は、労働市場のスラック(需給の緩み)の問題。失業率だけでなく、さまざまな指標を見ればスラックは残っているとの見方だ。失業率が低下しても、低賃金の労働者が多いと全体として賃金は上がりにくくなる。

第2は、グローバリゼーション。新興国が台頭して以降、国際的な競争が厳しくなって、安価な労働力や製品が行き来しやすくなった。1国単位の事情ではなく、グローバルな需給ギャップで考える必要がありそうだ。

第3は、技術革新。財とサービス購入のマーケットがネット通販の普及で、全世界につながり、誰でも安価な商品を買いやすくなった。いずれも先進国共通の理由であり、黒田総裁は国際会議で話題になっていると語った。

第4は、賃金の上方硬直性だ。これは他国に比べると、日本の企業対応と労働慣行の特徴と言える。景気が悪い時に大胆な賃下げをしない(賃金の下方硬直性)ため、景気が良い時に賃上げをためらい、一時金での対応をとるというものだ。

これらの理由についての流ちょうな回答ぶりは、日銀内ではすでに物価状況についてまとめられていて、黒田総裁の頭の中には結果が入っていると感じさせるものだった。

<国内物価の実力は1%程度>

日本の場合、少子高齢化に伴う労働力人口の減少が続くことが見込まれ、女性やシニアの労働参加促進や外国人労働者の確保が課題として挙げられる。移民を受け入れている米欧とは、労働市場の供給面は大きく異なる。現状は国内企業が人手不足に対応し、ビジネスプロセスの見直し(省力化投資、24時間営業の廃止)などで生産性を向上させ、物価上昇圧力を吸収している可能性が高い。

日銀は昨年7月の展望レポートで、労働生産性の上昇が実質賃金の伸びを上回り、インフレ率を0.2%ポイント程度押し下げる方向に寄与するとの試算を示した。今年7月の分析でも、労働生産性を軸に、詳細分析を進めるのではないかと思われる。

なお、筆者は日本の統計上、家屋の経年劣化が適切に考慮されていない問題や、公共サービスが上がりにくい状況から、米国と同じ2%目標は身の丈より高く、日本の物価実力は1%程度と考えている。1990年代初頭のバブル崩壊後、コアCPIがゼロ%で安定したことはあっても、足元の1%近辺に半年以上も滞在できる(見通し含む)のは初めてのことだ。白川方明前日銀総裁時代の「当面のめど1%」は達成した。よって、異次元緩和の役割は十分果たしたと考えている。

日銀は物価の考え方をまとめた上で、2%の物価安定目標の解釈を柔軟化し、政策運営を機動的にできるように取り組むべきだ。政府との共同声明(2013年1月)で掲げる「2%目標」は中長期の位置付けとする(旗は降ろす必要はない)。現在のオーバーシュート型コミットメント(実績値が安定的に2%を超えるまで)がひも付いているのは、マネタリーベース残高の拡大継続であり、長短金利操作を変更する上での条件は示されていない。長短金利操作ではまず物価目標を柔軟に解釈することが優先課題だ。今後の物価分析がその礎になることを期待したい。

<20日の主要中銀総裁討論に注目>

そのような状況下、18日から20日に、ECBの年次中銀フォーラムが昨年同様、ポルトガルのシントラで開催される。昨年の6月27日、この会合でドラギECB総裁が「デフレ圧力はリフレに変わった」と発言し、政策調整の可能性を示唆したと受け止められ、ユーロ高に独国債売りが加速、米国債にも売りの流れが波及した。いわゆる「シントラの一撃」だ。

当時はその直前開催の国際決済銀行(BIS)年次会議に主要中銀総裁が一堂に会し、問題意識を共有した。昨年のBIS年次報告書では、「景気見通しの改善が意外なほどインフレに影響しない状況を好機と捉え、量的緩和と歴史的低金利の大いなる巻き戻しを加速するべき」との見解が示された。

かつて2008年9月のリーマン・ショック後の危機対応の哲学としてBISビュー(事前にバブル発生抑制に努める)とFRBビュー(事後の緩和対応で可能)が対峙された。そこから10年弱の歳月を経て、皮肉にもFRBが率先して出口戦略を進め、BISビューがグローバルスタンダードとして認められたのだ。

あれから1年の歳月が経過し、ECBも6月14日に量的緩和の終了宣言をした。言い方を換えれば、シントラの一撃から1年もかかった。20日午後には日米欧豪の中銀総裁4人で、政策についてパネル討論をする予定だ。プログラムを見ると、前日は終日、マクロ経済学における価格と賃金調整について、当日午前はミクロ面でのセッションが続く。

パウエルFRB議長は米連邦公開市場委員会(FOMC)後の会見で、失業率の低下と力強さに欠ける賃金上昇率を「パズル」と言及した。「パズル」を解くには時間がかかるため、FRBは緩やかな政策アプローチの継続が、正しい舵取りと考えているだろう。

その一方で、新しいECBスタッフの物価見通しでは、コアHICP(食品・エネルギーを除くCPI)が2018年プラス1.1%、2019年プラス1.6%と自信のなさがうかがえた。それでも物価は上昇基調にあるが、足元はマインドだけでなく生産も弱含みとなり、欧州経済に貿易摩擦の影響が少なからず出始めた可能性がある。

ECB声明文では、政策金利について「現在の水準に少なくとも2019年夏にかけてとどまる」との見通し(新たなフォワードガイダンス)を示したが、政治と経済の両面で不安材料を抱えており、まだ時期を特定できる状況にはない。米国の事例から、ECBもバランスシート縮小やマイナス金利解除の方法などを事前(来年前半か)に発表し、その後、経済状況を見ながら利上げ開始時期を判断すると予想する。

最後に市場の関心は米中貿易摩擦に再び戻る。6月15日には、米国が通商法301条に基づき、中国の知的財産権侵害を理由にした制裁関税を7月6日から段階的に発動すると表明した。経済協力開発機構(OECD)の試算によれば、米中両国と欧州連合(EU)で貿易取引のコストが1割ずつ上昇すると、世界全体で経済成長が1.4%押し下げられるという。

筆者は当初、トランプ流交渉が11月の中間選挙までは続くとみていたが、先般の主要7カ国(G7)首脳会議でのトランプ大統領の孤立(関係閣僚の慌てた対応)、側近の対中強硬路線から、意外と長引く可能性があると考えを改めた。通商政策は米議会の承認なしに、大統領権限で執行できるものが多い。世界共通の懸念材料が長期化するならば、世界経済の下振れリスクは高まったと判断するしかない。

岩下真理 大和証券 チーフマーケットエコノミスト(写真は筆者提供)

*岩下真理氏は、大和証券のチーフマーケットエコノミスト。三井住友銀行の市場部門で15年間、日本経済、円金利担当のエコノミストを経験。2006年1月から証券会社に出向。大和証券SMBC、SMBC日興証券、SMBCフレンド証券を経て、18年1月より現職。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。                                                                                                

0 : 0
  • narrow-browser-and-phone
  • medium-browser-and-portrait-tablet
  • landscape-tablet
  • medium-wide-browser
  • wide-browser-and-larger
  • medium-browser-and-landscape-tablet
  • medium-wide-browser-and-larger
  • above-phone
  • portrait-tablet-and-above
  • above-portrait-tablet
  • landscape-tablet-and-above
  • landscape-tablet-and-medium-wide-browser
  • portrait-tablet-and-below
  • landscape-tablet-and-below