July 12, 2018 / 8:47 AM / 5 days ago

コラム:緩和修正を急がない日銀、副作用軽減の「現実解」=岩下真理氏

岩下真理 大和証券 チーフマーケットエコノミスト

 7月12日、大和証券・チーフマーケットエコノミストの岩下真理氏は、日銀の金融政策について、緩和長期化の副作用の1つである市場機能の低下への対応策として、長短金利操作の微修正よりも先にオペ運営の見直しがありそうだと指摘。写真は黒田日銀総裁。都内で2015年10月撮影(2018年 ロイター/Thomas Peter)

[東京 12日] - 筆者は当コラムで昨夏以降、日銀に対して2016年9月に導入したイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)政策の総括検証を行い、物価安定目標2%の柔軟な解釈のもと、政策の微修正に取り組むべきとの意見を書き続けてきた。

6月上旬辺りから、日銀による物価動向の点検が話題となり始め、7月に入って、緩和策の副作用に関する報道が増えつつある。しかし、副作用に配慮する発言をしても、すぐに政策の微修正が必要と考える政策委員会のメンバーは、現時点ではまだ少数派だ。

政策委員会内の中心的な考え方は、2%の目標に対して、現実の物価動向はまだ距離があるため、政策の微修正を急いではいない。

<政策の微修正に3つのハードル>

黒田東彦日銀総裁が再任されて3カ月余りが過ぎた。新体制で初めての4月の金融政策決定会合で、展望レポートにあった2%の物価安定目標の達成時期の記述を削除したが、その後、日銀が政策の微修正を考える上で、3つのハードルが登場した。

第1のハードルは、消費者物価指数(CPI)の伸び悩みだ。4―5月分のデータが2カ月連続で伸びが鈍化し、ガソリン価格の上昇や一部日用品の値上げを背景に、不要不急の耐久消費財の買い控えや値崩れが懸念され始めた。

4―5月の弱さにより、早くも2018年度にコアCPI(生鮮食品を除く総合指数)の1%台定着が展望できない状況になった。20日発表の6月コアCPIは前年比プラス0.9%程度と4カ月ぶりにプラス幅拡大が見込まれ、コアは1%近辺での推移に戻ろう。ただし、コアコア(生鮮食品およびエネルギーを除く総合指数)はゼロ%台前半にとどまり、基調は弱い。

第2のハードルは、6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)を受けて、市場で来年の米利上げ打ち止めが意識され始めたことだ。外部環境の前提で、日銀が動くことによる円高リスクの回避には、米欧での金融政策の正常化の流れが続くことは必要である。

トランプ米政権の通商政策による悪影響は読み切れないが、筆者は堅調な経済のもと、来年末まで緩やかな利上げ継続は可能とみている。17日のパウエル米連邦準備理事会(FRB)議長の議会証言では、景気認識と利上げ打ち止めの距離感が示されるかに注目したい。

第3のハードルは、足元の西日本豪雨が新たな材料だ。自然災害への迅速な対応には、財政拡張路線が正当化されやすい。安倍政権は今後、国土強靭化予算の追加に積極的に取り組むことが見込まれる。そのような状況下、日銀が緩和的な金融環境を締める方向に動くことが許容されにくくなる。

<もっと評価されるべき足元の物価情勢>

日銀は7月会合では物価動向を再点検するが、その上でのポイントは、1)グローバルな問題か、日本特有のものなのか、2)構造的なのか、一時的な要因なのか、である。

例えば6月18日発表の日銀レビューで分析された、インターネット通販のような技術革新による価格低下は、世界共通の構造問題だが、日銀の試算によれば、コアコアCPIを0.1―0.2%程度押し下げるという。一方で、労働市場のスラック(需給の緩み)問題で、失業率が低下しても、低賃金の労働者が多いと全体として賃金が上がりにくくなる。

日本の場合、少子高齢化に伴い労働力人口の減少が続くことが見込まれ、現状は国内企業が人手不足に対応し、ビジネスプロセスの見直しなどで生産性を向上させ、物価上昇圧力を吸収している可能性が高い。日銀は昨年7月の展望レポートで、労働生産性の上昇が実質賃金の伸びを上回り、インフレ率を0.2%程度押し下げる方向に寄与する試算を示した。

日本特有の問題として、統計上で家屋の経年劣化が適切に考慮されていない問題(現在の推計方法では大きな下押し要因)がある。3月の統計委員会での総務省報告では、CPIの家賃の品質調整を、次回の2020年基準改定で参考指数の公表(2021年夏)を目標に、2018年度以降も検討する方針が示された。品質調整すれば、0.1―0.2%程度の押し上げが見込まれる。

それ以外では、デフレマインドの定着(良い物を安く提供したい経営方針)やドラッグストアによる食品の値下げ競争、公共サービス価格が上昇し難いことも、日本特有の動きだ。押し下げ要因を足していくと、1%弱ぐらいにはなる。

ただ、昨秋からコアCPIが1%程度で推移し続けており、白川方明前総裁時代の「当面のめど1%」なら達成できている。過去になかった物価安定の時間帯にあるといえよう。さまざまな構造要因や統計上の問題を考えれば、1%程度の物価安定でも十分と筆者はみている。

1990年代初頭のバブル崩壊後、日本のコアCPIが半年以上の期間、1%近辺に推移している期間は、足元以外にはないのだ。その他には、資源高(2008年)や消費税引き上げ時(1997年、2014年)の一時的な上昇期と、ゼロ%程度の安定期しかない。現在の物価の安定をもっと評価すべきだろう。

異次元緩和の役割は十分果たした。長短金利操作の運営ではまず物価目標を柔軟に解釈することが優先課題だ。今回の物価分析がその礎になることを期待したい。

<長短金利操作修正より先にオペ運営見直しか>

大規模な金融緩和(長短金利操作付き量的・質的金融緩和)の副作用として考えられるのは、1)金融機関の収益減少が長期化することに伴う金融システム不安、2)財政規律の低下、3)市場機能の低下、の3つである。

1点目については、黒田総裁が昨年11月13日の講演で「リバーサルレート論」に言及して以降、日銀サイドから金融システムの安定を重視する情報発信が増えた。黒田総裁も金融システムレポートの重要さに言及し、年2回(4月、10月発表)の分析内容への注目度が高まっている。

昨年10月分では、国内金融機関の収益力低下の背景として、人口や企業数の減少のもと、従業員数や店舗数が需要対比で過剰であることに加えて、非資金利益(手数料)の低さ、そして、そうした状況下での貸出金利引き下げ競争の激化が指摘された。要するに、構造的要因が大きいとの見方だった。

次回10月分では、構造的要因に加え低金利環境の継続による累積的な変化、収益力の下押し圧力について、どのような判断が示されるのか、分析が待たれる。これを踏まえて新たな情報発信をできるか、10月は重要な会合になると予想する。

2点目の財政規律の低下については、9日に経済財政諮問会議に提出された中長期の財政試算によれば、高成長でも、国と地方を合わせた基礎的財政収支が2025年度は2.4兆円の赤字。骨太の方針(2018年)では、2025年度の黒字を目指すと記されているが、日銀の長短金利操作によって利払い費負担を軽減しており、今後、財政拡大となれば、財政規律は一段と低下することになる。

3点目の市場機能の低下に絡んでは、今年3月に日銀の金融市場局に市場情報企画グループが創設された。高粒度データ分析により、中長期的な市場構造の変化を把握するための取り組みを始めている。その一方で、金融システム不安と財政規律の低下が構造的要因であるのに対して、市場機能の低下はオペ運営の見直しにより早めに対応できる部分だ。長短金利操作の微修正よりも先に、オペ運営の見直しがあるのではないか。

7月展望レポートでは、物価の上がりにくい理由について分析し、2018―2019年度の物価見通しを小幅に下方修正する説明を添える形となるが、政策の総括検証は行われない。

日銀にとっての重要なポイントは、声明文にある「2%の物価安定目標に向けたモメンタムは維持されている」という表現を、変えないことだ。緩和のストック効果により、現状政策を粘り強く続けるという姿勢が示されよう。

当面は自然利子率と実質金利の状況など頭の体操(理論武装)をする一方で、市場機能の丹念な点検をしながら、まずは国債買い入れオペを淡々と減額していくことが見込まれる。

岩下真理 大和証券 チーフマーケットエコノミスト(写真は筆者提供)

*岩下真理氏は、大和証券のチーフマーケットエコノミスト。三井住友銀行の市場部門で15年間、日本経済、円金利担当のエコノミストを経験。2006年1月から証券会社に出向。大和証券SMBC、SMBC日興証券、SMBCフレンド証券を経て、18年1月より現職。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

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