August 13, 2018 / 5:54 AM / 4 days ago

コラム:日銀の戦術的「曖昧さ」、いつまで通用するか=岩下真理氏

[東京 13日] - 日銀が7月31日に、「強力な金融緩和継続のための枠組み強化」を決定してから、2週間が経過しようとしている。声明文では、緩和の長期化を約束する政策金利のフォワードガイダンスを新たに盛り込み、その一方で長期金利の変動幅を許容する文言と副作用に配慮する表現も加えられた。

 8月13日、大和証券チーフマーケットエコノミストの岩下真理氏は、フォワードガイダンスの曖昧さこそ、自らを守り、政策運営の自由度を確保するための日銀の戦術だと指摘。写真は黒田東彦日銀総裁、都内で2014年11月撮影(2018年 ロイター/Toru Hanai)

結果として長期金利の居どころを実際に上方シフトさせながら、円高・株安を招かずに済んだ。今後は経済・物価情勢次第であり、金融政策の自由度を確保するという、見事な出来栄えだ。

筆者は、今回の施策をハト(緩和の長期化)とタカ(長期金利の上方シフト、副作用に配慮)の競演と受け止めたが、市場での先行きの見方は割れたままであり、コンセンサスは固まっていない。それでも、この2週間弱で金融市場局が指値オペを打たなかったこと、臨時オペで金利上昇抑制の意向を伝えたことなどから、当面の長期金利は0.10%前後の水準での推移となりそうだ。

7月会合前には長期金利の誘導目標引き上げの観測も飛び交ったが、物価見通しを下方修正しながら、政策金利の一部である長期金利を引き上げれば、見通しと政策運営に整合性はなく、2%の物価安定目標の意義が問われてしまう。その点を明確化し、さらには物価目標を諦めていない姿勢を示すため、日銀はフォワードガイダンスを導入したと言える。

ただし、今回のフォワードガイダンスは一見、強力だが、文章が妙に長くて分かりにくい。確かに2019年10月の消費増税の影響まで考えると、短くとも2020年春、2年ぐらい先まで、長短金利は現状水準を維持と受け止められるのは自然だろう。

しかし、文章が簡潔にできないのは、ボードメンバー9人の妥協の産物だからだ。過去の発言から、コミットメントに一番のこだわりがあるのは若田部昌澄副総裁だろう。反対が多くならないようにまとめ上げた、事務方の苦労が垣間見える。

黒田東彦総裁は定例会見で「ほとんどの不確実性が海外」と指摘した上で、「2019年10月の消費税率引き上げの影響を例示的に示す」という考え方をほのめかした。一部に消費税にこだわったメンバーがいたと推察されるが、賛成したメンバー全員がそれだけにこだわっているわけではなさそうだ。

なお、8日に発表された7月会合の「主な意見」では、フォワードガイダンスの導入を条件に、賛成したメンバーが2人いることは読み取れたが、具体的な議論は明らかにならなかった。その一方で、雨宮正佳副総裁は2日の講演後会見で、フォワードガイダンスについて質問され、「消費税率引き上げの影響を含めた不確実性も含めて、経済・物価情勢をどう判断するかがポイント」「カレンダーベースの約束ではないと位置付け」と回答。経済・物価情勢を判断して決定するため、あらかじめその期間は決めていないことを示唆した。

市場では「当分の間」の解釈も分かれるが、金融政策の効果発現のタイムラグや、経済・物価情勢を丹念に点検することを踏まえると、筆者はとりあえず、半年という期間は重要な節目と考えている。

<フォワードガイダンスという着ぐるみ>

筆者は前回7月12日付のコラムで、大規模な金融緩和(長短金利操作付き量的質的金融緩和)の副作用として、1)金融機関の収益減少が長期化することに伴う金融システム不安、2)財政規律の低下、3)市場機能の低下、の3つを挙げた。その上で、1点目と2点目が構造的要因であるのに対して、3点目はオペ運営の見直しにより早めに対応できる部分と指摘した。

まさに今回、その対応を決めたのだが、昨夏以降、政策の微修正に取り組むべきとの意見を書き続けてきた筆者にとっては、考えていた政策修正(長期金利の引き上げ)の姿とは明らかに異なる。それでも日銀が7月に急いだのは、9月の自民党総裁選後は動けなくなるとの読みや、為替が円高方向に進行していないタイミング、物価上昇に対する自信のなさではないかと推察する。

将来において、理想的な日銀の枠組み変更はマイナス金利と長短金利操作を同時撤廃することだ。しかし、足元の物価動向は2%の物価安定目標にはほど遠い。4―6月分のコアコアCPI(消費者物価指数、生鮮食品およびエネルギーを除く総合)の低迷により、日銀は「物価上昇が視野に入る形で、政策修正をする」という通常コースを進むことを、断念せざるを得なくなった。

よってフォワードガイダンスの着ぐるみをまといながら、まずは市場機能の改善を図ることにした。日銀は当面、金融市場調節の弾力化のもと、国債買い入れオペを淡々と減額していくことになろう。海外発の金利上昇時に、オペ運営の真価が問われる。

このフォワードガイダンスの曖昧さこそ、自らを守り、政策運営の自由度を確保するための日銀の戦術だ。そうしなければいけないのは、過去にトラウマがあるからだ。

振り返れば、1)2000年8月のゼロ金利解除決定から、わずか7カ月後の2001年3月に再びゼロ金利政策に追い込まれたこと、2)2006年3月の量的緩和解除、7月のゼロ金利解除後、8月の「CPIショック」(基準改定)でコアCPI(生鮮食品を除く総合)が再び前年比マイナスとなり批判を受けたこと、3)2007年8月の「パリバ・ショック」を受けて追加利上げを断念したことなどを経験してきた。

日銀内には、いつの間にか利上げに対して、不可逆的な抵抗感がついてしまったように思われる。それでもタカのDNA(遺伝子)は持っていて、マクロプルーデンス(金融システムの安定策)もしっかり取り組まなければいけない。

苦肉の策として、経済・物価情勢次第でどちらにも行けるように、あえて曖昧な時間軸にするしかなかったと思われる。長く日銀と市場に関わっている方々なら、なぜこの複雑な戦術が取られるのか理解できるはずだ。

<限られた政策修正のタイミング>

今後の政策修正に向けては物価動向が重要であることは変わらない。その一方で、緩和長期化に伴い、金融機関の収益減少という副作用が大きくなっていく状態も続く。

7月の声明文には、「金融政策運営の観点から重視すべきリスクの点検」が新たに盛り込まれた。金融市場調節の弾力化は市場機能を改善できても、金融仲介機能や金融システムの安定には力が及ばないものだ。

10月発表の金融システムレポートは副作用の検証で、重要な役割を果たすだろう。構造的要因に加え低金利環境の継続による累積的な変化、収益力の下押し圧力について、どのような判断が示されるのか、分析が待たれる。これを踏まえて新たな情報発信が始まるのか(昨秋はリバーサル・レート)、10月は重要な会合になると予想する。

前向きに受け止めれば、オペ運営の弾力化はつなぎの措置だ。今後の経済・物価情勢が悪化しなければ、次なる政策修正の機会に望みが残る。筆者は副作用に配慮し、コアCPIが前年比プラス1%近辺で推移している来春までに、機動的な政策運営をすべきと考えている。

日銀は新たな情報発信により地ならしを進め、長期金利の変動幅上限を経験した後、スムーズに長期金利を引き上げるのが理想的な形だろう。

2019年は日本における政治イベントがめじろ押しだ。4月の統一地方選挙、5月の新天皇即位・改元(4月末に今上天皇退位)、6月の20カ国・地域(G20)首脳会議(日本が議長国で大阪開催)、7月の参議院選挙、10月の消費税引き上げと続く。来年1―3月期が限られた政策修正のチャンスとみている。

岩下真理氏(写真は筆者提供)

*岩下真理氏は、大和証券のチーフマーケットエコノミスト。三井住友銀行の市場部門で15年間、日本経済、円金利担当のエコノミストを経験。2006年1月から証券会社に出向。大和証券SMBC、SMBC日興証券、SMBCフレンド証券を経て、18年1月より現職。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

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