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コラム:通商摩擦頼みの円高ストーリーを疑え=村田雅志氏
2017年3月8日 / 07:50 / 8ヶ月後

コラム:通商摩擦頼みの円高ストーリーを疑え=村田雅志氏

[東京 8日] - 米通商代表部(USTR)は1日、2017年の通商政策年次報告書を議会に提出した。この報告書は、毎年3月1日までに議会に提出することが法律で義務付けられたもので、貿易赤字削減を目指すトランプ政権の通商政策方針を示した公式文書となる。

報告書の内容は、トランプ政権の基本スローガンである「米国第一」の考えを通商政策にも適用したものとなっている。報告書の冒頭では、通商政策の基本目標は、全ての米国民にとってより自由でより公正な形での貿易を拡大することであると明言。その手段として、多国間交渉よりむしろ二国間交渉に注力し、目標が達成されない場合には通商協定を再交渉・修正するとしている。

また、報告書では通商政策の優先事項として、1)国家主権の保護、2)米国通商法の厳格な執行、3)海外市場を開放するためのレバレッジの利用、4)新しくより良い通商協定の交渉、の4項目が表明されている。

各項目の内容を整理すると、トランプ政権は、米国の貿易赤字削減を目指し、世界貿易機関(WTO)での決定よりも米国の国内法を優先し、アンチ・ダンピング課税やセーフガードといった貿易救済措置を駆使し、二国間交渉を活用する意向にあると解釈できる。

<政策目標はドル安ではなく貿易赤字縮小>

米国家通商会議(NTC)のナバロ委員長は6日、貿易赤字の縮小が経済成長につながると述べ、米国が巨額の貿易赤字を計上している国として中国、日本、ドイツ、メキシコを名指しした。その上で、日本については「極めて高い非関税貿易障壁がある」と指摘している。

ロス米商務長官は7日、1月の米貿易赤字が約5年ぶりの高水準となったことを受けて声明を発表し、数カ月内に好ましくない貿易合意を再交渉し、貿易の実行に新たなエネルギーを注ぎ込むと表明。自由で公平な貿易という目標を達成する上では貿易不均衡の是正(米貿易赤字の削減)が重要な一歩になると指摘した。

エコノミストや経済学者などからは、保護主義的な通商政策は、最終的には自国の不利益にしかならず、他国経済の混乱も引き起こす結果になるから回避すべきとの指摘がなされている。しかし、外部者が自然科学的なアプローチで事の真偽を示し、政策当局者の考えを正そうとしても、政策当局者の中で信念や思い込みが強ければ、政策に大きな影響力を及ぼすことも難しくなる。

否定的な意見・見方が長期にわたり数多く示されていても、アベノミクスが4年以上も続けられているように、トランプ政権はさまざまな指摘・批判を浴びながらも保護主義的な通商政策を続けると見込むのが現時点では妥当と思われる。

4月には麻生太郎副総理とペンス米副大統領をトップとする経済対話の初会合が開催される。一部からは、1980年代から90年代半ばの日米通商交渉を引き合いに、トランプ政権が米貿易赤字の削減を目指し、日本に対し、さまざまな圧力をかけ、結果として円高・ドル安が進むとの見方が示されている。

しかし、今から20年以上も前の事例を根拠に、経済対話が円高・ドル安につながるとする見方には無理な飛躍があるように思える。菅義偉官房長官は、トランプ大統領が日本の為替政策を通貨切り下げだと批判したことについて強く否定し、会見やインタビューなどを通じ円相場の安定が極めて重要だと繰り返し述べている。安倍晋三政権は円相場の安定を非常に重視していると考えられ、経済対話でも円高圧力が強まらないよう細心の注意を払うと思われる。

前回のコラム(2月16日付「トランプ円高は妄想、側近論文にヒント」)でも指摘したように、トランプ政権側も、経済対話の目的が米貿易赤字の削減にある以上、円高・ドル安の進展を強く望むとは思えない。自動車を中心とした対米輸出の自主規制や米国への生産移転(直接投資)の促進、米農産物の輸入拡大などといった対米貿易黒字(米国から見た対日貿易赤字)の削減策が日米間で合意されれば、米国側が円高・ドル安を望む必要がなくなる。

<国境調整税導入の現実味>

下院共和党が昨年提案した国境調整税の導入が、米貿易赤字の削減につながる可能性もある。国境調整税は、昨年の米大統領選に向けて公表された改革案の1つで、米国で使用あるいは販売する輸入部品や最終財を税控除の対象から外す一方、輸出で得た収入は課税対象の所得から除外する仕組みとなっている。

これにより米国内での生産は、米国外での生産より有利になると考えられ、結果として輸出増・輸入減を通じ米国の貿易赤字が縮小すると期待される。トランプ大統領は当初、輸入品に対し高い関税を適用する国境税を主張し、下院共和党案に対しては複雑すぎると批判していたが、最近では国境調整税を容認する姿勢を示している。

ただ、国境調整税は、輸出企業に対し有利に働く一方で、輸入企業には不利に働くことが一目瞭然だ。輸出比率の高い製造業など米企業25社超は、米国製連合(American Made Coalition)を立ち上げ、国境調整税の導入を支援しているが、小売関連企業200社超からなる小売業リーダーズ協会は、国境調整税の導入に反対する声明を発表するなど、国境調整税に対する米産業界の評価は二分している。

こうしたことから、国境調整税の早期導入は難しいとの見方が強まっているが、下院共和党、トランプ政権ともに、輸入品に例外品目を認めるといった譲歩を絡めながらも、国境調整税の導入を目指し続けるだろう。国境調整税の導入で見込まれる税収増は10年間で1兆ドル超と言われており、財政赤字の拡大を抑制しつつ大規模な減税の導入を目指すトランプ政権や共和党にとって国境調整税の導入は魅力的だ。

経済対話によって日米通商交渉の合意が近づき、国境調整税の導入期待が高まれば、対米貿易黒字(米国から見た対日貿易赤字)が縮小するとの見方から、ドル円相場は円安・ドル高圧力が強まりやすくなるだろう。トランプ政権の保護主義的な通商政策が、円高につながると安易に信じ込むのは控えた方が良さそうだ。

*村田雅志氏は、ブラウン・ブラザーズ・ハリマンの通貨ストラテジスト。三和総合研究所、GCIキャピタルを経て2010年より現職。近著に「人民元切り下げ:次のバブルが迫る」(東洋経済新報社)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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