April 13, 2018 / 2:18 AM / 4 months ago

コラム:好況の日本、物価目標堅持で進む格差拡大の道のり=村田雅志氏

村田雅志 ブラウン・ブラザーズ・ハリマン 通貨ストラテジスト

 4月13日、ブラウン・ブラザーズ・ハリマンの通貨ストラテジスト、村田雅志氏は、景気拡大が続く中、日銀が物価2%目標を堅持すれば、経済格差も自ずと広がると指摘。都内で2016年2月撮影(2018年 ロイター/Thomas Peter)

[東京 13日] - 日本の企業景況感は、1980年代後半から90年代初頭のバブル期以来の高い水準にある。3月の日銀・全国企業短期経済観測調査(短観)では、中小企業の業況判断DI(良い-悪い)が、製造業でプラス15、非製造業でプラス10と、いずれも2桁のプラスを記録した。

中小企業は大企業や中堅企業に比べ景況感の改善が遅れがちで、水準も低い傾向にあるが、その中小企業においてですら、業況判断DIが、製造業、非製造業ともに2桁となるのは、1991年9月調査以来である。

労働需給は、バブル期と同程度に逼迫(ひっぱく)感が強い。失業率は1月に2.4%まで低下し、1993年4月以来の低水準。有効求人倍率は1月に1.59倍と、バブル期の最高(1.46倍)を超え、1974年1月以来の高水準に達した。日銀短観では雇用人員判断DI(過剰-不足)が、大企業でマイナス22と1992年3月調査以来、中小企業はマイナス37と1991年12月調査以来の大幅マイナス(不足感が強い状態)となっている。

労働需給の逼迫は、賃金の増加につながる。2月の現金給与総額は前年比1.3%増と、約1年半ぶりに2カ月連続の1%超えを記録した。賃金の増加ペースは企業収益に比べ弱いとの批判がつきまとうが、賃金は減少が続く局面から脱却し、増加局面に転じたとみていいだろう。

自然に考えれば、賃金の増加は、個人消費の増加につながる。個人消費の増加は、企業の設備投資意欲も刺激し、最終的には内需中心の景気拡大を促すだろう。景気拡大が続けば、労働需給もさらに逼迫する。この結果、賃金増加の動きが続くことになり、日本景気は内生的な好循環のもと拡大局面が長期化する可能性が高まる。2012年12月から始まった今回の景気拡大は、高度成長期の「いざなぎ景気」をすでに超え、2002年2月から73カ月間続いた戦後最長の景気回復が視野に入る。

<強じんになった日本企業のバランスシート>

しかし、日本景気の先行きに対する慎重な見方は根強い。景気拡大が長く続いたから、そろそろ景気拡大は止まるという見方は、直感的には理解されやすい。

過去の経験が人々の見方を慎重なものにしている可能性もある。バブル崩壊後の日本経済は1990年代後半にアジア危機と金融危機、2000年代初めにITバブル崩壊、そして2000年代後半にはリーマン・ショックと、数多くの大型不況を経験した。今はいいかもしれないが、どうせそのうち、またひどい目に遭うという見方は、人々の心にそれなりの説得力を与えるのかもしれない。

ただ、こうした感覚が人々の心に植え付けられる間、日本経済では企業のバランスシート調整が大きく進んだ。昨年末の日本企業(金融・保険を除く)は、自己資本比率が42.7%と1954年6月末の統計開始以来の最高を更新。保有現預金は196.1兆円と、9月末時点の199.6兆円から減少したものの、過去最高水準を維持している。バランスシート問題で苦しんだ日本企業は、今となっては、借金をしない、現預金を有効利用できていないなどと、バランスシート問題とは真逆の批判を受ける立場にある。

バランスシートがこれだけ強靱(きょうじん)なものとなれば、海外景気の悪化、需要の一巡などによる在庫調整、消費税率の引き上げといった負の外生的なショックが今後発生したとしても、日本企業は大きな雇用調整に踏み切らずに、こうした負のショックを乗り切るだろう。

リーマン・ショック時のように、金融市場で予期せぬ急変が大規模な負の外生ショックとなり、日本経済を襲う可能性はゼロではないだろう。しかし、20カ国・地域(G20)を中心とした世界の金融当局は、過去の教訓を踏まえ、規制を通じ金融システムの監督を強化している。リーマン・ショックのように、金融市場の急変が世界経済を危機的状況に導く事態に直面することはないと期待される。

今後、大規模な負の外生ショックはなく、海外景気の悪化といった一般的な外生ショックのみが発生するとすれば、日本企業は大規模な雇用調整に踏み切ることなく、個人消費の底割れも回避されるだろう。個人消費が安定的に推移すれば、企業の設備投資意欲が大きく後退することもなく、外生ショック効果の一巡とともに、日本経済は自律的な回復をみせ、景気後退は短期かつ浅いもので終わるとみられる。日本経済は、短期的には循環的な景気変動が生じるのだろうが、中期的には緩慢なペースかもしれないが拡大を続けると予想される。

<通貨ストラテジストの肩書きが消える日>

この見方が正しいとすれば、中期的にみた賃金増加は続くことになり、最終的には物価も上がることになる。しかし、賃金増加にせよ物価上昇にせよ、それらは均質で一様なものではなく、大きな格差を伴ったものになるだろう。労働市場や財・サービス市場での需給動向の違いは、経済の発展とともに大きくなったからだ。

例えば2月の有効求人倍率は、全体では1.58倍だが、職業別にみると、建設躯体工事が10.46倍であるのに対し、一般事務は0.44倍と格差が大きい。少子高齢化で肉体労働をいとわない働き方を提供する労働者が少なくなる一方で、IT技術の進化で特殊な技術や知識が不要になった事務処理の労働需要が減るのは当然のことだ。

大手衣料品通販サイト企業が、高度の技能を有する技術者を最高年収1億円で採用すると発表し話題となった。一部からは同社の募集を売名行為の一種と見なす見方もあるようだが、人工知能(AI)など高度の知識を有するITエンジニアは世界的にも数が少ない。高度な技術を持つエンジニアを駆使し、さらなる成長を求める企業にとっては、年収1億円を支払ってでも優秀とされる従業員を確保することには一定の合理性があるといえる。

今後も、労働者が企業をはじめとする社会に提供する価値・分野によって、労働需給のバラツキは大きくなり、賃金格差も広がるだろう。例えば通貨ストラテジストという肩書きを持つ労働者は、SNSなどを通じて景気や金融市場に関する意見が容易かつ無料で誰もが手に入れることができる世界においては、賃金増加が期待しにくくなり、そう遠くない将来、肩書きそのものが消失する事態に直面するかもしれない。

需給の偏りが大きいのは、労働者だけでなく財やサービスも同じで、結果として物価上昇ペースのバラツキも大きなものになる。例えば家賃は、景気拡大が中期的に続いても、緩やかな低下傾向に歯止めがかからないだろう。

住宅ストックは、バブル崩壊後から過剰感が強まっていることが指摘されているが、5年前の2013年時点ですら、日本の総住宅数は6063万戸と、総世帯数(5245万世帯)を818万(総世帯数の15.6%)も上回っている。その後、住宅着工件数は消費税率の引き上げで2014年度に大きく減少したものの、2015年度以降は低金利を背景に賃貸住宅を中心に増加。住宅ストックは2013年から、さらに拡大したとみられ、住宅の過剰感は解消されるどころか高まっている。一方で、賃貸住宅需要が強い若年労働者人口は減少が続いており、民間家賃が低下を続けるのは自然である。

住宅だけでなく外食や衣服でも同じことがいえる。2月の消費者物価指数(CPI)を中分類でみると、外食は前年比プラス0.6%と伸びは緩やかだ。しかし外食の内訳をみると、回転寿司は2.3%、焼き肉は1.5%と伸びが加速する一方で、宅配ピザはマイナス2.2%と18カ月連続の前年割れ。既存の大手外食チェーンでは値上げが遅々として進まず、一部店舗で集客に苦労する一方、新規性の高いメニューを提供する店舗や、健康志向や滞在の心地よさを高めた店舗は、たとえ高価格であっても数多くの顧客を集めている。

秋冬物の衣服価格は、婦人用ワンピースが前年比プラス8.4%、スカートがプラス6.3%と高い伸びになったが、量販店でも売られる婦人用シャツ・セーターはプラス0.5%。男性スーツでは、普通品がマイナス1.8%と6カ月連続の前年割れとなる一方で、中級品はプラス5.7%と2カ月連続で5%を超える伸びとなった。外食、衣服ともに、需給の偏りが価格の違いとなって表れている。

<年金生活者や低賃金労働者のエンゲル係数は上昇へ>

こうした状況が今後も続くとなると、日銀金融緩和の出口戦略を巡る不透明感は高いままとならざるを得ない。日銀の黒田東彦総裁は9日、再任にあたっての記者会見で、強力な金融緩和の継続によって2%の物価安定目標の実現に全力で取り組むと明言。金融政策の正常化に向けたプロセスは、いずれ検討しなければならないだろうとしつつも、物価2%目標がしっかりと達成されるとはっきりする時点まで、現在の緩和は続けていく意向を示した。

日本のコアCPI(生鮮食品を除く総合)は2月時点で前年比プラス1.0%と、目標とする2%の半分。日銀はコアCPIの前年比が2019年度ごろには2%程度に達するとの見方を示しているが、日銀の片岡剛士審議委員が指摘するように、今後、コアCPIの前年比が2%に向けて上昇率を高めていく可能性は低いとみる市場関係者は多い。

コアCPIの前年比が2%に向かう形で加速しなければ、日銀は、これまでと同様に、物価2%目標の達成時期を先送りし、金融緩和を続けることになる。ドル円相場では、日米の金融政策格差が意識され、下値の堅い展開が続くと予想される。

ドル円下落リスクの低下は、日本企業の輸出採算性を維持するほか、輸入物価の上昇期待を通じ国産品需要を高める。ドル円相場が大きく下落しないことで、消費者マインドの悪化も回避されると期待でき、最終的には日本景気の先行き期待も維持されるとみられる。

しかし、日銀がコアCPIという単一の指標をターゲットと位置付け、コアCPI前年比2%上昇を目指し続けることは、物価上昇ペースのバラツキに対して目をつぶり続けざるを得ないことを意味する。例えばコアCPIの18.6%を占める家賃が、今後も低下し続けると予想されるのであれば、物価2%目標を実現するには、家賃以外の品目の物価が2%以上のペースで上昇する必要がある。

むろん、全体でみて賃金増加が続くのであれば、たとえ他品目の物価が2%以上のペースで上昇したとしても、消費の拡大基調も、ある程度は維持されると考えることも可能だ。景気拡大が続く中、建設や運輸といった肉体労働を提供できる労働者や、高度なIT技術を有する技術者は、数%程度の物価上昇を吸収できる賃金増加を手に入れるだろう。

こうした労働者は、賃金増加が続くことで、生活必需品以外の支出も増加させ、物価上昇圧力が高まる可能性すらある。すでに教養娯楽サービスは2月に前年比プラス2.0%と、消費税率が引き上げられ前年比が高まった時期(1997年4月から98年3月と2014年4月から15年3月の計24カ月間)を除けば、1993年12月以来の高い伸びに加速した。内訳をみると、宿泊料は5.2%、外国パック旅行費は8.8%、文化施設入場料は6.5%と、高い伸びを記録している。

しかし、賃金増加ペースにバラツキがある以上、すべての消費者が2%を超えるペースで上昇する物価を受容できるわけではない。年金生活者や賃金増加ペースが非常に緩やかな労働者は、物価上昇に対応すべく、生命維持に必要な食糧支出を優先し、生命活動に直結しない支出に対しては節約志向を強めるだろう。こうした消費者では、エンゲル係数が上昇を続けることになる。

このような状況は、いわゆる経済格差問題として広く社会に共有され、政治の場では社会問題の1つとして議論されるだろう。議論の一環では、日銀の2%物価目標への固執が経済格差を助長しているとの批判が強まる恐れもある。日銀法第2条では、「当銀行(日本銀行)は、通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする」とあるからだ。

ただ、物価2%目標を設定してからの日銀は、物価2%目標の達成が国民経済の発展に資するとの立場を崩しておらず、経済格差への対応は政府の役割であるとの認識を示すと思われる。日銀からボールが投げられた政府は、経済格差是正のため所得再分配政策を強化することを今後、検討することになるだろう。

もっとも、現時点で決まっていることは、今年10月に生活保護受給額が段階的に引き下げられ、2019年10月には逆進性が高いとされる消費税率が引き上げられることだ。政府主導で経済格差の対応が早急になされるわけではない。景気拡大が続く中、日銀はこれまでと同じように物価2%目標の達成を目指し、経済格差も広がるのが、当面の日本経済の様子となりそうだ。

村田雅志 ブラウン・ブラザーズ・ハリマン 通貨ストラテジスト (写真は筆者提供)

*村田雅志氏は、ブラウン・ブラザーズ・ハリマンの通貨ストラテジスト。三和総合研究所、GCIキャピタルを経て2010年より現職。近著に「人民元切り下げ:次のバブルが迫る」(東洋経済新報社)

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

(編集:麻生祐司)

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