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コラム:日銀損失が緩和継続を阻む日=村田雅志氏
September 15, 2016 / 2:32 AM / a year ago

コラム:日銀損失が緩和継続を阻む日=村田雅志氏

[東京 15日] - 日銀が2013年4月に量的・質的金融緩和(QQE)を導入してから、日銀が保有する長期国債(以下、保有国債)の含み損が拡大を続けている。今年1月末にマイナス金利付きQQEが実施されてからは、含み損の拡大ペースは加速。8月末には8.8兆円まで増加した。

これに対して、2015年度末(2016年3月31日時点)の日銀の純資産は3.5兆円。負債勘定に計上されている債券取引損失引当金(2.7兆円)を使ったとしても計6.2兆円にしかならない。保有国債の含み損を一気に解消しようとすると、債務超過になってしまう。

日銀は今後の金融緩和の軸としてマイナス金利の拡大を検討しているようだが、仮に資産買い入れ規模を縮小せず、マイナス金利を深掘りすれば、保有国債の含み損はさらに急ピッチで拡大することになる。兆円単位で発生した多額の損失が政治問題化し、日銀の意図せぬ形で金融緩和の足かせになる可能性も視野に入れておくべきだろう。

<含み損は年末に10兆円突破か>

日銀が毎月3回公表する「営業毎旬報告」によると、8月末時点で339.5兆円の長期国債を保有していることになっている。ただ、この金額は時価評価によるものではなく簿価である。日銀は金融緩和時に長期国債を償還時の金額(額面)を上回る価格で購入しているため、簿価と額面との間には差額(損失)が存在する。

日銀は2001年6月より「日本銀行が保有する国債の銘柄別残高」という名で額面ベースでの保有国債額を公表している。これによると8月末時点の額面ベースでみた保有国債額は330.7兆円。簿価との差額(8.8兆円)は、保有国債において日銀が抱える含み損である。

日銀の保有国債の含み損は、2013年末時点では2.7兆円に過ぎず、追加緩和が実施された後の2015年末時点でも5.9兆円だった。しかし、前述したとおり、今年1月にマイナス金利付きQQEが導入されると、含み損の拡大ペースが加速した。これはマイナス金利付きQQEによって日銀は以前よりも額面を大幅に上回る価格で長期国債を購入するようになったためである。

ちなみに、今年2月から8月の間に保有国債の含み損は平均して毎月3700億円ずつ増えており、このペースを機械的に当てはめれば、含み損は今年末に10兆円を超えることになる。

一部報道によると、日銀は9月20―21日に開く金融政策決定会合でまとめる異次元緩和の「総括的な検証」で、金融緩和の強化を継続し、縮小することはなく、今後の金融緩和の軸をマイナス金利の拡大に据える方針のようだ。仮に報道のとおりとなれば、保有国債の含み損の拡大ペースはさらに加速することになる。

ラフな前提をもとに試算すると、9月の決定会合で当座預金に適用されるマイナス金利が現在の0.1%から0.2%に拡大されれば、保有国債の含み損は来年末に18兆円程度と、現在から9兆円ほど拡大する。

日銀は保有国債から生ずる損失をまったく償却していないわけではなく、保有国債の償還期間に応じた形で毎年均等に損失を償却する「償却原価法」と呼ばれる会計基準をもとに保有国債の損失を償却している。たとえば一部報道によると、日銀は2015年度に保有国債に対し約8740億円の償却を実施(損失を計上)している。また、日銀は、債券取引による損失に対し引当金を適宜計上しており、2015年度は債券取引損失引当金として4500億円の引当金を積んでいる。

ただ、償却原価法による償却額は、マイナス金利付きQQEによる含み損の拡大幅をカバーしきれておらず、含み損が拡大する構図に変わりはない。含み損の拡大を防ぐべく、債券取引損失引当金を兆円単位で計上することも可能ではあるが、この場合、日銀の決算は大きく悪化する。現に4500億円もの債券取引損失引当金を計上した2015年度の日銀の当期剰余金(最終利益)は4110億円と、前期の1兆0090億円から急減した。

つまりマイナス金利付きQQEが続けられる以上、保有国債の含み損は拡大を続け、政府による資本投入がなければ、現在の会計制度においても日銀はいずれ債務超過に陥ることになる。債務超過に陥るタイミングは、引当金を計上するタイミングによる。

<問題は国民感情の悪化>

ところが、中央銀行の債務超過を問題視する必要はないとの考えもある。中央銀行だけでなく一般の企業が債務超過に陥っても、流動性が確保されている限り、すぐに破綻するわけではない。仮に流動性がひっ迫したとしても、中央銀行の場合、銀行券(現金)を発行することで流動性を生み出すことができる。

債務超過により中央銀行(ひいては現金)の信認が低下し、過度なインフレが生ずる、といったロジックも散見されるが、十数兆円程度の債務超過であれば、現実のものになるとは思えない。日銀が発行する銀行券(現金)は96兆円程度だが、日銀は発行銀行券をはるかに上回る342兆円程度の長期国債を保有している。つまり日本の銀行券の信認は、日銀の信用によるというよりも、保有する国債、つまり日本政府によると考えられる。

そもそも、こんな難しい理屈を持ち出さなくても、一般の多くの方々が、日銀の財政状況を適宜確認し、債務超過など財政状況の悪化を理由に現金を我先にと手放し、不動産や貴金属の購入に走るとは直感的に考えにくい。

こうしたことから、日銀政策委員の多くは、保有国債の含み損が拡大することを多少は認識しながらも、さほど気にせずにマイナス金利の拡大を軸とした金融緩和の強化に勤しむのだろう。たとえ債務超過になったとしても、日本政府が資本投入すれば債務超過は解決するし、政府と中央銀行を一体化して考えれば、債務超過には陥らない。中央銀行の独立性については、デフレ脱却という目的のために、この際だから脇に置いておこう。

とはいえ、日銀がすでに事実上の債務超過状態にあり、いずれは債務超過に陥る、もしくは債務超過を解消するために日本政府から十数兆円規模の資本投入を必要とすることが、金融緩和の足かせになる可能性には注意が必要だろう。ここで考えるべきことは、金融政策やインフレ期待などといった難しい議論ではなく、中央銀行の多額損失に対する国民感情が悪化し、政治問題化する可能性である。

<政府が日銀に緩和修正を迫る可能性>

スイス中銀は2011年9月、スイスフランの上昇を防ぐため、対ユーロでの上限を1ユーロ=1.20スイスフランと設定。外国為替市場で無制限のスイスフラン売り・ユーロ買い介入を開始した。しかし、同中銀は2015年1月、この上限策を即時中止した。

理屈の上では、中央銀行は外国為替市場で自国通貨売り介入を無制限に続けることができる。外貨準備を必要とする自国通貨買い介入と違い、通貨発行元である中央銀行は売り介入に必要な自国通貨を無制限に発行できるからだ。

それにもかかわらずスイス中銀が無制限の自国通貨売り介入を中止したのは、介入継続で外貨建て資産が急激に拡大し、スイスフラン高による評価損のリスクが急速に高まったためと言われている。スイス中銀が保有する外貨建て資産は2010年末の2038億スイスフランから2014年末には5100億スイスフランへと2.5倍に拡大。潜在的な評価損の恐れを背景にスイス中銀に対する批判が強まっていた。

翻って日銀が異次元緩和を理由に十数兆円もの損失を計上し、日本政府から資本投入を求める図式が、国民から強い批判につながる可能性を完全に否定することは難しい。政府と中央銀行を一体化して財務状況を考えたとしても、日銀は新発債価格よりも高い価格で買い入れている以上、損失が完全に中立化されることはなく、含み損ほどではないにせよ損失は発生する。損失は税金という形の国民負担となるが、損失の反対側にある利益は、広く国民に配分されるわけではなく、日銀に国債を売却する市中銀行に集中する。

金融機関への公的資金投入は、1990年代のバブル崩壊後、多くが政治問題となった。1995年には住宅専門貸付会社(住専)7社の不良債権処理のために6850億円の公的資金の投入が国会に提出されたが審議は紛糾した。2003年に経営難に陥った大手銀行は、債務超過と判断されず、既存株主は株式を保有したまま(いわゆる株主責任を問われぬまま)公的資金の投入が決まり、マスメディアを中心に当時の政権に対する批判が強まった。

日銀は市中銀行と違い、一般の方々が日々の生活で利用する組織ではないため、日本政府による日銀への資本投入に対する国民感情は、市中銀行への投入とは違うとの意見もあるようだ。しかし、感情というものは、得てして理屈によるものではなく、その時の状況など非合理的な要素で決まることも多々ある。日本政府が国民負担(税金)によって日銀を救済することに対し、国民の多くが納得もしくは無関心でいるとは言い切れない。

日銀が多額の損失を生んだのは、マイナス金利付きQQEをはじめとする異次元緩和によるもので、異次元緩和を主導した総裁・副総裁を任命したのは、当時の政権・与党である。日銀執行部だけでなく政府に対しても日銀の多額損失に対する責任を問う声が強まる可能性もある。

日銀に対する国民からの批判が強まっても、中央銀行が独立的な組織である以上、日銀は批判に臆することなく金融緩和の強化を推進することも理屈の上では可能だろう。しかし、政府から資本投入を受ける図式を日銀自らが認めてしまえば、日銀は政府の支配下にあると見なされ、中央銀行の独立性は雲散霧消する。

国民感情を無視することが難しい政府が、日銀に対し異次元緩和の修正を迫ることも完全には否定できない。その時、日銀執行部が政府からの圧力にどのように対処するかは興味深い。

*村田雅志氏は、ブラウン・ブラザーズ・ハリマンの通貨ストラテジスト。三和総合研究所、GCIキャピタルを経て2010年より現職。著書に「名門外資系アナリストが実践している為替のルール」(東洋経済新報社)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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