June 22, 2018 / 7:33 AM / a month ago

コラム:円高に導く「しつこい引力」、日米金利差を凌駕=内田稔氏

内田稔 三菱UFJ銀行 チーフアナリスト

 6月22日、三菱UFJ銀行チーフアナリストの内田稔氏は、対外金利差が拡大する中でも円安が進まない一因に、100円割れに位置する購買力平価から生じている「しつこい引力」が影響している可能性もあると指摘。写真は都内にある日銀貨幣博物館で2009年10月撮影(2018年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

[東京 22日] - 2018年の折り返し地点が近づく中、年初来の対ドル変化率をみると、円が最強となっている。数多くの副作用を伴う異次元緩和を続ける日銀と、金融政策の正常化を進める米連邦準備理事会(FRB)との金融政策スタンスの違いはかつてないほど大きい。それにもかかわらず、円安が進まないのはなぜだろうか。

まず、対外金利差拡大が円安材料としてさほど機能していない点が挙げられる。現在、日米の長期金利差が約2.9%であるのに対し、ドル円の1年物インプライドボラティリティー(予想変動率)は8%台だ。よほどリスクを好む投資家でない限り、これはリスクに見合う十分な期待リターンではない。

従って、外貨建て資産への投資は、為替ヘッジ付きが主流だ。もちろん、米ドル建て資産に投資する際の為替ヘッジコストは3カ月物で年率換算約250ベーシスポイント(bp)まで上昇したため、ヘッジ比率が低下する過程で一定の円売りは生じたはずだ。

一方、ユーロの為替ヘッジコストは20bp程度の受け取りとなっており、ユーロ建て資産に対するヘッジ率は上昇したとみられる。実際、大手生保各社の決算書を集計すると、ドルのヘッジ比率がやや低下したものの、ユーロのヘッジ比率が高まった結果、2016年度から17年度にかけて全体のヘッジ比率は若干上昇した。つまり、一般的に指摘されるほど、円投を伴う対外証券投資フローが活発化しているわけではない。

事実、マイナス金利政策の導入が決まった2016年1月29日に121円台まで上昇したドル円は、その後、乱高下しながらも緩やかな円高傾向が続いている。日本の対外金利差の拡大は、今後の円安進行期待を刺激する1つの材料だが、経常収支黒字国通貨である円を持続的に押し下げるほど、リアルな円売りが出続けるわけではないのだろう。

加えて、今年2月にみられた通り、米金利が上昇し、金利差が拡大する場合でさえ、それが株式相場の下落や新興国市場の不安定化を招くと、かえってリスク回避の円買いを誘発する点にも要注意だ。

<伝統的な2つの円高要因>

その経常収支は、昨年度約21.7兆円の黒字を記録するなど拡大傾向にある。活発な対外直接投資や対外証券投資を受けて、日本の対外純資産は昨年末時点で約328兆円と、2位ドイツの約261兆円に大差をつけて世界最大の規模を維持。そこから日本へ還流する配当金や利息の増加が経常黒字の拡大を促している。

経常黒字の全てが円転されるわけではないが、潜在的な円高材料であることに異論はなかろう。しかも、足元では米国の物価上昇圧力が増す一方、日本の物価の伸びは鈍ってきた。理屈の上では、このインフレ格差の分だけ、ドル円にはずしりとドル安円高圧力が加わってくる。

日本も安定的にデフレを脱したとはいえ、インフレ圧力が米国をしのぐとは考えにくい。結局、地味ではあるが、ドル円はいまだに日米間の経常収支の不均衡とインフレ格差といった伝統的な2つの円高要因に直面したままだ。

<そもそも非現実的な「120円」>

ドル円の適正水準を考える上で参考となるのが相対的購買力平価だ。起点次第で恣意性が生じる問題はあるが、世界銀行は国際比較プログラムの下で、広範囲に及ぶ商品やサービス価格を反映した、いわば究極の絶対的購買力平価を公表している。

最新データである2011年の107.454円を起点とすることにより、前述の恣意性はかなり排除される。実際、国際通貨基金(IMF)はそれを踏まえて昨年末の購買力平価を100.66円、経済協力開発機構(OECD)が98.24円とそれぞれ算出。平均すると99.45円だ。

この購買力平価から短期的な相場動向を論じるつもりはないが、一方でこの購買力平価から2割を超えるドル高円安水準へと乖離した局面が2回しかないことは事実である。1回目は1980年代半ばだが、プラザ合意(1985年)によって、その後、ドル円は購買力平価を超えるドル安円高へと急落した。

2回目はドル円が125円台まで上昇した2015年6月にかけての局面だ。当時は、実質実効相場を挙げ、一段の円安進行に懐疑的な見方を示した黒田東彦日銀総裁の国会答弁を契機にドル円はその後、下落。結局はそこがアベノミクス下でのドル円のピークとなった。

購買力平価から1割程度の乖離はいくらでも生じるだろうが、2割超えは実際には起こりにくいか、起こった場合の持続性も乏しい。そう考えるとドル円が今後、仮にドル高円安に進む場合であっても、115円を超えて120円に近づくハードルは極めて高いだろう。

また、金利差が拡大する中でも円安が進まない一因に、この100円割れに位置する購買力平価から生じている「しつこい引力」が影響している可能性もあるだろう。

<トランプ大統領の保護主義は円高要因か>

さて、今後の相場を展望する上では、やはりトランプ米政権の保護主義が気になるところだ。足元では米中間の交渉も激しさを増しており、こうした圧力の矛先が日本に向けられる可能性は低くない。

本来、米国の貿易赤字(日本の貿易黒字)の縮小はドル高円安要因だ。ただし、トランプ政権は、今年2月の大統領経済報告に、経常収支不均衡を是正する重要なメカニズムの1つを為替相場の調節であると明記。加えて、日本の自動車市場が米企業にとって閉鎖的との文言まで加えてきた。確かに、国別でみれば日本は米国にとって3番目の貿易赤字相手国であり、予断を許さない。

ここで、興味深いのは、IMFが年1回発行する対外収支不均衡の分析レポート(External Sector Report)にて示される各国通貨の評価だ。この中でIMFは2016年の実質実効相場でみて、人民元をおおむね適正と評価したのに対して、円は平均7%、韓国ウォンは平均10%も割安と評価した。偶然かは分からないが、足元の米中貿易摩擦において、少なくとも表立って人民元相場が議論されている様子はうかがえない。

一方、韓国は先の米韓自由貿易協定(FTA)再交渉の際、付帯協定として通貨安誘導を禁じる「為替条項」を突き付けられた経緯がある。これらを踏まえると、7月とされる日米間の新たな通商協議「FFR」の場で円相場や日銀の金融政策が議題にあがる可能性は排除できない。

こうしてみると、ドル円は昔ながらの日米間における経常収支の格差とインフレ格差というドル安円高の重しを背負ったままであり、足元の金利差によっても、それを跳ね返すことは難しいようだ。

むろん、購買力平価よりも1割程度の円安水準を維持しているのは、日銀の金融緩和が円高へのブレーキ役になっているからだろう。しかし、日銀の金融緩和は、副作用が累積していくと日銀も認めている通り、未来永劫続くわけではない。投資家にせよ、事業法人にせよ、この粘着性のある日本の円高リスクと今後とも常に向き合っていく必要がある。

内田稔 三菱UFJ銀行 チーフアナリスト(写真は筆者提供)

*内田稔氏は、三菱UFJ銀行グローバルマーケットリサーチのチーフアナリスト。1993年、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、一貫して外国為替業務に携わり、2012年より現職。J-money誌の東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では2013年から17年まで個人ランキング1位。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

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