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コラム:ドル人気の陰で育つ「ステルス円高」の芽=内田稔氏

[東京 30日] - 足元のドル円相場は、おおむね111円を挟んだもみ合いとなっており、方向感に乏しい。また、最近の特徴は、リスク回避の場面でも円高方向への反応が限定的となっている点だ。この背景は、リスク回避の場面で、円と並んでドルも強くなるためだろう。

 8月30日、三菱UFJ銀行・チーフアナリストの内田稔氏は、 ドル人気の陰に隠れ、やや見えづらいものの、名目実効ベースでじわりと進行する「ステルス円高」を警戒する必要があると指摘。写真は米ドルと日本円。シンガポールで2017年6月撮影(2018年 ロイター/Thomas White)

国際通貨基金(IMF)の試算によれば、2010年1月から2017年9月までの間、新興国の証券市場には約3666億ドルの資金が流入。そのうち1721億ドルが、米連邦準備理事会(FRB)の資産買い入れ効果だという。

そこで、MSCI新興国株価指数を構成する国々(中国除く)の外貨準備高をみると、その合計額は同じ期間に約4割増加している。周知の通り、外貨準備高の変動要因の1つは為替介入だ。資金流入による自国通貨高圧力を抑制するため、ドル買い自国通貨売り為替介入を行なった結果と考えられる。この外貨準備高の変化は、IMFの分析と整合的である。

一方、昨年10月以降、FRBは保有資産の縮小、すなわち資金吸収に着手した。当然、新興国から米国への資金還流が生じているとみられる。このため、新興国の株式や通貨が軟調に推移している場面では、その裏で米国への資金流入により、ドル高圧力が生じていると考えられる。これがリスク回避の場面で、円高とドル高とに挟まれ、ドル円の動きが鈍い背景だろう。

むろん、ドルが強い背景には、米国経済が好調を維持しているため、ドルの先高観が根強いことも一因とみられる。つまり、ドルは対円でこそ上値は重いだろうが、総じて底堅く推移する公算が大きい。

<実質金利上昇が招く円高圧力>

こうした中、円はスイスフランと並び、年初来、そのドルに対して上昇している数少ない主要通貨だ。これは、当然ながらその他多くの主要通貨に対し、円高が進んだことを意味する。

実際、国際決済銀行(BIS)が試算している円の名目実効相場をみると、8月17日時点で年初よりも約7.4%上昇している。こうした円高の一因は、リスク回避の局面で円が買われやすいためだ。

とはいえ、今年2月をピークにボラティリティー・インデックス(VIX指数)は低下傾向をたどってきた。米国の主要な株価指数も史上最高値を更新するなど、市場は決してリスク回避に傾いているわけでもない。円高の要因をリスクオフだけに求めるのは合理性を欠いていると言えよう。

その点、円高の背景として、日本のインフレ期待の低迷、すなわち実質金利の上昇が挙げられる。日本のブレークイーブン・インフレ率(10年物)は、今年1月をピークにじりじりと低下。日銀が7月末、金融緩和の枠組みを強化した後も一段と低下した。低金利政策の長期化だけをもって、インフレ期待は高まりにくくなっているのだろう。

加えて、円安予想の根拠として挙げられることが多い本邦勢の対外直接投資や証券投資も、実際にはそれほど円安効果を発揮できていないとみられる。なぜなら、こうした対外投資は、結局、世界最大規模の日本の対外純資産とそこから日本へと還流する配当金の増加を通じ、円高圧力となって跳ね返るためだ。

例えば、年間約20兆円の第1次所得収支のうち、直接投資収益の多くは円転されるとみられる。証券投資収益も半分程度は円転されると考えられる。つまり、全体の7―8割程度の円買い需要が生じる計算だ。これにそのほとんどが円転される貿易収支の黒字を合わせると、対外投資から生じる円売りのかなりの部分が相殺されている可能性が高いだろう。

国際収支から実際に生じる「エクスチェンジ(為替)」のバランスが、それほど円売り過多に傾いていなければ、先述した実質金利の上昇が、地味ながらも円高圧力となったり、円安を抑制する役割を果たすと考えられる。時折、投機筋の思惑で円安気味に振れることはあっても、持続的な円安トレンドは形成されにくいだろう。

<クロス円での円高に特に注意が必要>

このように、ドルも強いが円も強いため、当面、リスク回避の場面でもドル円は動きにくい一方、クロス円での円高には注意が必要だ。いわば、ドル人気の陰に隠れ、やや見えづらいものの、名目実効ベースでじわりと進行する「ステルス円高」を警戒しなければならない。

例えば、イタリアの財政拡張路線が嫌気され、独伊国債の利回り格差が広がる場面では、ユーロ円の下げ幅が広がる可能性は高い。英国が欧州連合(EU)との合意がないまま無秩序な離脱に向かうリスクへの警戒が高まると、ポンド円での円高進行にも注意を要する。

また、オーストラリアドルも、豪米政策金利がすでに逆転した状況の下では、コモディティー価格が一段と軟化すれば、2年ぶりの安値圏まで下落しても不思議ではない。何より、新興国通貨に対する円高はより顕著に進んでいる。8月にはブラジルレアル円が史上最安値を更新したほか、新興国通貨は対円で軒並み下落している。

では、ドル円は今後も安定した推移やドル人気を映じた円安を期待できるだろうか。確かに、緩やかな利上げ継続を示唆するFRBと、低金利を継続するとのフォワードガイダンスを導入した日銀との隔たりは大きい。

しかし、米国の利上げについては、2019年中にも打ち止めとなる可能性がささやかれ始めている。日銀は、金融緩和の副作用への配慮から、長期金利の弾力化を講じたとあって、追加緩和に動くとは考えにくい。つまり、両者のスタンスの隔たりは、おそらく今が最も大きいと考えられる。ここからさらに拡大するというよりは、むしろゆっくりと縮小していく可能性の方が高いだろう。

こうしてみると、ドル円相場の上下いずれのリスクが高いのかは、自明の理ではないだろうか。

*内田稔氏は、三菱UFJ銀行グローバルマーケットリサーチのチーフアナリスト。1993年、東京銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、一貫して外国為替業務に携わり、2012年より現職。J-money誌の東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では2013年から17年まで個人ランキング1位。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

(編集:麻生祐司)

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