July 4, 2018 / 2:23 AM / 3 months ago

コラム:「一触即発」の新興国市場、鍵握る邦銀マネー=大槻奈那氏

大槻奈那 マネックス証券 執行役員チーフ・アナリスト

 7月4日、マネックス証券の執行役員チーフ・アナリスト、大槻奈那氏は、邦銀を中心とする先進国金融機関の与信戦略次第では、新興国の数々の「バブルの塔」を廃墟としかねないと指摘。写真は、地上から見た「ブルジュ・ハリファ」。アラブ首長国連邦のドバイで2011年5月撮影(2018年 ロイター/Jumana El-Heloueh)

[東京 4日] - かつてアラブ首長国連邦のドバイで、「バブルの塔」と呼ばれた世界一の高層ビル「ブルジュ・ハリファ」が着工したのは、ミニバブル期の2004年。その後景気が後退し、2010年の完成当初は入居者募集に苦しんだ。

ところが、近年、新興国でこうした大規模建設計画が相次いでいる。2015年に発表されたエジプトの新都市構想には、約7兆円が投入される予定だ。また、今年2月にはベトナムで、ハノイの北側にスマートシティーを建設する計画が発表された。事業規模4兆円のこのプロジェクトには、日本企業や経済産業省も参画する。

サウジアラビア・リヤドで開催されたメガシティー建設プロジェクト「NEOM」の展示会で、2017年10月撮影(2018年 ロイター/Faisal Al Nasser)

さらに、昨年秋には、サウジアラビア、エジプト、ヨルダンの3カ国にまたがるメガシティー建設プロジェクトが明らかになった。「NEOM(ネオム)」と呼ばれるこのプロジェクトの総額は約57兆円と桁外れであり、孫正義会長兼社長率いるソフトバンクグループ(9984.T)も参加する。

こうした大型プロジェクトを支えているのは、低金利で行き場を失った銀行融資だ。2008年のリーマン・ショック以降の10年間で、新興国の債務は膨張の一途をたどっている。官民合計の民間負債総額(金融を除く)は5600兆円。その3分の2に当たる、3650兆円が2008年のリーマン・ショック後に積み上げられたものだ。

成長に見合った増加ならまだ分かる。だが、新興国の債務膨張のスピードは国内総生産(GDP)成長率を大きく上回っており、対GDP債務比率はリーマン・ショック時点の2倍近い190%程度まで上昇している。

しかも、これらのマネーは、ドル建ての借り入れが多い。プロジェクトなどでは海外の業者が主体になっているケースが多く、その支払いには基軸通貨が選ばれるためだ。通貨が暴落すればその分返済負担が重くなる構図である。ヘッジをしようにも、現地のマイナー通貨をヘッジするにはコストが高くつくため、それもままならない。

一方、市場は今のところ、そこまで動揺していないようにみえる。外貨準備の底堅さなどが緩和材料になっている。しかし、債務が急激に膨張しているため、対外債務に対する割合でみると、外貨準備は拡充しているとは必ずしも言えない。近年の経常収支の緩やかな改善も、あまりに急速に膨張した債務の前には力不足である。

トルコリラ(中央)とユーロ紙幣。ボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボで6月撮影(2018年 ロイター/Dado Ruvic)

しかも、最近の新興国に対する資金は、若干「ホットマネー」化してきている。アルゼンチン、トルコ、フィリピンなど多くの新興国で、対外債務全体に占める短期債務の割合が増加している。これらは、1年以内に期限が到来し、その時点の情勢次第で直ちに流出してしまいかねない、いわば「あてにならない資金」である。

<邦銀の新興国向け与信、一斉に慎重化の可能性も>

新興国を支える資金の流れが止まるリスクはどの程度あるのか。それをみる上で最も注目すべきなのは、邦銀マネーの動向だ。

邦銀の対外与信額は、2015年以降世界最大となっている。過去数年間、他国の金融機関が対外与信を絞る中でも一貫して貸出を拡大している。リーマン・ショック後の拡大幅は200兆円にも上る。国内にあまりにも投融資の機会が少なすぎたためだ。そのマネーが逆流し始めれば、海外の資金量、特に新興国の資金フローには大きなダメージとなり得る。

では、邦銀の当面の海外貸出戦略はどうなっているのか。海外貸出は、引き続き国内の低収益を補う最大のよりどころだ。しかし、それらのマネーが今後、新興国にも向かうかどうかは、微妙になっている。

背景としては、まず融資のターゲットが、新興国以外に移っていることが挙げられる。最近邦銀では、かつての通貨ショックのトラウマが残る新興国よりも、むしろ、米国などの高リスク企業へのハイ・イールド与信や、M&A(合併・買収)ファイナンスなどに注力している。これらも格付けで言えば「BB」 以下だが、政治情勢など読みにくい不確実性がある新興国に比べれば、まだ計算しやすいリスクである。

第2に、集中リスクへの配慮だ。国際決済銀行(BIS)では、ソブリン向け与信を銀行の大口与信規制に含めるかどうかを検討してきた。含まれることになれば、1社・1国に対する銀行の与信額は、自己資本(Tier1)の25%までに抑制しなければならなかった。結局、昨年12月に、引き続きソブリン向け与信は大口管理の対象には含めないということで決着した。しかし、こうした議論が提起されたことで、以前に比べて、ソブリンも大口与信管理の一貫として意識されるようになった。

金融庁が入るビル。都内で2014年8月撮影(2018年 ロイター/Toru Hanai)

さらに、昨年12月の金融庁の「検査・監督基本方針」によれば、今後、当局が一律のシナリオを設定して行うストレステストを検討するという。このような当局主導のストレステストは、欧米では一般的だが、日本ではまだ行われていない。他国の先行事例をみると、新興国リスクの顕在化は、地価・株価暴落というシナリオと並んで、最も重要な前提条件の1つだ。もしこのようなストレステストが実行されるようになれば、邦銀は一斉に新興国与信に慎重になる可能性がある。

リーマン・ショック以降のこの10年、各国当局は、景気回復のための低金利を続けてきたが、その結果、新興国への急速な資金流入を招いてしまった。遠くない将来、これらの巨額の借り入れが逃げ始めた場合の影響度は、過去に例をみない水準になる可能性がある。そのトリガーを邦銀マネーが引く可能性も排除できない。

仮に新興国に集まり過ぎた資金が流出し、新興国の国内金利が急激に上昇した場合、金融政策のかじ取りは極めて難しくなる。通貨防衛のためには、政策金利を引き下げることもできず、国内景気の悪化に拍車をかける可能性が高い。

邦銀を中心とする先進国金融機関の与信戦略次第では、新興国の数々の「バブルの塔」を廃墟としかねないだろう。

大槻奈那 マネックス証券 執行役員チーフ・アナリスト(写真は筆者提供)

*大槻奈那氏は、マネックス証券の執行役員チーフ・アナリスト兼マネックスユニバーシティ長。東京大学卒業。ロンドン・ビジネス・スクールで経営学修士(MBA)取得後、スタンダード&プアーズ、メリルリンチ日本証券などでアナリスト業務に従事。2016年1月より現職。名古屋商科大学大学院教授、二松学舎大学客員教授、クレディセゾン社外取締役、東京海上ホールディングス社外監査役を兼務。財政制度審議会財政制度分科会委員、東京都公金管理アドバイザリー会議委員などを務める。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

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