August 7, 2018 / 2:04 AM / 9 days ago

コラム:二兎追う日銀政策、地銀は息を吹き返すか=大槻奈那氏

[東京 7日] - 「複雑すぎて理解できない」――。日銀が7月30―31日の金融政策決定会合で決めた新たな措置に対する、某個人投資家の感想だ。

 8月7日、マネックス証券の執行役員チーフ・アナリスト、大槻奈那氏は、 日銀が意を決して正常化に向かうまで、地銀は後ろ向きの経営戦略を余儀なくされそうだと指摘。写真は都内の日銀本店前で、2011年4月撮影(2018年 ロイター/Yuriko Nakao)

5年前、フリップチャートを掲げつつ、2年でマネタリーベースを2倍、2%の物価上昇、と誰にでも分かる指針を示した黒田東彦日銀総裁の姿はそこにはない。

日銀による今回の新たな措置「強力な金融緩和継続のための枠組み強化」は、物価上昇の弱さと銀行への副作用というジレンマに対し、二兎を追う政策であり、結果として決定打に欠ける内容となった。

<貸出業務は限界ギリギリ>

確かに銀行に対してはさまざまな配慮が見られ、市場はいったん好感した。しかし、実情はそんなに甘くはない。

今年2月、地銀の貸出金利が史上初めて1%を切った。都市銀行はすでに2016年12月にその憂き目に遭っている。そして、利ざやの低下はまだあと1、2期は続くというのが大方の見立てだ。

こうした厳しい環境を受け、東証一部に上場する邦銀の時価総額合計額は7月以降、米JPモルガン・チェース1行の時価総額を下回っている。

2010年ごろの利回りは、今の倍程度あった。従って、人件費も今より相当多く支払えたし、1件貸倒が発生しても、正常な貸出が50件あればその年間金利収益で損失はカバーできた。それが今や、正常先が100件ないと1件の貸倒を賄えない計算だ。地銀の1支店当たりの貸出額は平均285億円だから、3億円の貸出先が1件倒産しただけで、その店の貸出業務は赤字になりかねない。

こうした低利にあえいでいるのは地銀だけではない。地方には、地銀に加えて、信金・信組、労金、農林系金融機関などがひしめく。これら合計で780兆円の金融システムの貸出金収益は、この10年で8兆円失われている。にもかかわらず、銀行の店舗は200店舗、職員数は1.7万人増えている。

<欧州銀より邦銀が苦しい訳>

それにしても、マイナス金利で先行する欧州の銀行に比べて、なぜ邦銀の苦しさが目立つのか。

実は貸出増加のペースは、欧州がマイナス金利を導入した当時よりも邦銀の方が早い。マイナス金利導入から2年後までの累計で、邦銀は6.5%貸出を増加させたが、欧州では平均1.6%しか伸びていない。

しかし金融機関に対する副作用は日本の方がはるかに大きい。これは、邦銀の貸出スプレッドの低さのせいだ。日本の貸出スプレッド0.9%に対し、欧州主要国では1.5%程度と高い。余裕のない日本は、固定費を賄うため、薄利多売するしかない。もともと「オーバーバンキング」と言われる地銀間の競争に、低金利が拍車をかけた。

過度な競争の結果、日本では、中小企業への貸出スプレッドが極めて低くなってしまった。大企業と中小企業の貸出金利差は日本では0.16%程度と極めて小さい(2017年度の大手行の平均)。これに対して、完全に横比較はできないが、経済協力開発機構(OECD)が示す主要国の中央値は0.88%とはるかに高い。

競争の激しい金利を引き上げるのは難しいことから、銀行は、中小企業に対し、金利以外のメリットを要求しようとする。例えば、貸出の一部を預金に残すという「歩積両建預金」を依頼したり、さまざまな商品をあっせんしたりする。しかしこれも、当局から「優越的地位の濫用」と言われかねないため、思うに任せない。

<長期金利レンジ拡大の影響は限定的>

このように極めて厳しい収益環境は、今回の日銀の施策でどの程度救われるのか。

まず、貸出収益への影響についてはごく小さいだろう。銀行の貸出で、長期金利の影響を受け得る貸出は、2―3割とわずかである。このため、例えば0.1%の中長期金利の上昇で増加する貸出金収益は、おおむね250億円程度にとどまる。これは全国銀行の税引き前利益の1%にも満たない。

次に、トレーディング収益については、多少はプラスに働くかもしれない。仮に、銀行の国債保有残高がマイナス金利導入前の水準に戻るとすると、金利収入は全国銀行ベースで500億円程度増加する。

しかし、ボラティリティーが上昇することで、リスクも上昇する。国債運用のボラ上昇を生かして本業の苦しさを埋めるというのは、地銀の地元重視の経営戦略に沿っているとは思えない。

<当分は「出ずるを制する」しかない>

一方、日銀は、フォワードガイダンスで低金利を維持すると示した。このため、政策調整後、邦銀貸出のベース金利となる東京銀行間取引金利(TIBOR)もプライムレートも全く動いていない。銀行の金利環境は、これ以上の悪化はないとは思われるものの、当分大きな改善も期待薄だ。

では地銀はどうすればいいのか。マイナス金利導入以降、不動産業向け融資、カードローン、アパートローン、外債投資など、収益拡大策を打つたびに、ことごとく当局から制約を受けてきた。ならば、当局をうならせるようなイノベーションが可能かというと、もともとコモディティー性が高い金融の世界ではそれも難しい。

だとすると、結局、IT化による人員の配置転換や経営統合などによって、経費をいかに節約するかの勝負になる。日銀が意を決して正常化に向かうまで、地銀は、残念ながら、後ろ向きの経営戦略を余儀なくされそうだ。

大槻奈那氏(写真は筆者提供)

*大槻奈那氏は、マネックス証券の執行役員チーフ・アナリスト兼マネックスユニバーシティ長。東京大学卒業。ロンドン・ビジネス・スクールで経営学修士(MBA)取得後、スタンダード&プアーズ、メリルリンチ日本証券などでアナリスト業務に従事。2016年1月より現職。名古屋商科大学大学院教授、二松学舎大学客員教授、クレディセゾン社外取締役、東京海上ホールディングス社外監査役を兼務。財政制度審議会財政制度分科会委員、東京都公金管理アドバイザリー会議委員などを務める。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

(編集:麻生祐司)

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