August 9, 2018 / 2:13 AM / 3 months ago

コラム:貿易戦争を乗り越える米中経済、日本への教訓=村上尚己氏

[東京 9日] - 前回7月11日付のコラムでは、関税引き上げの対象幅が広がり貿易戦争となっても、米国経済の成長が継続し得るとの見通しを述べた。

 8月9日、アライアンス・バーンスタイン(AB)のマーケット・ストラテジスト、村上尚己氏は、米中を中心に通商政策への懸念が晴れないままでも、世界経済の安定成長は2019年まで長期化する可能性があると指摘。写真はニューヨーク証券取引所で7月撮影(2018年 ロイター/Lucas Jackson)

7月にはトランプ米政権が新たな関税リストを発表。米中間の通商摩擦が一段と激化したが、米国株が上昇するなどリスク資産の多くは値を戻した。7月末に米国と欧州連合(EU)の間で通商政策がとりあえず合意に至ったこともあるが、米中が水面下で交渉を行っているとの思惑、さらには米国経済が依然好調を保っていることが、米国株式市場を支えるという構図が続いている。

2018年1月から7月末までの世界株式市場のパフォーマンスをみると、米国株式市場のアウトパフォームが目立ち、ほぼ一人勝ちの状況である。米国では、イノベーティブなインターネット関連サービスを提供する企業の株式市場に占めるウエートが他国よりも高い。これらの企業は、関税引き上げのリスクが高まっても、その影響は限定的だ。

そうした企業の株式がリスク資産の投資対象として選ばれやすいだろう。貿易戦争に起因する不確実性があっても、裾野の広さが米国株式市場を支えているということである。

<為替市場でも米国一人勝ち>

もちろん、強硬な通商政策を続ける中で、トランプ政権による減税や財政支出を受けて米国経済の高成長が続いていることも、株高を支えている。

言うまでもなく、米国は国内需要の規模が大きい。そのため、多くの企業の売上げ・利益が増え、貿易戦争に直面するグローバル企業の業績下振れリスクを相殺できている、ということだろう。

株式市場が米国のほぼ一人勝ちとなる中で、7月末時点で日本、欧州、新興国全体などの株式は総じて年初来のリターンが小幅ながらマイナスとなっている。そして、新興国の中でも、6月から中国、韓国などのアジアの株価指数の悪化が目立つ。貿易戦争を仕掛けている米国の株式市場は6月から7月に上昇したが、アジアの株式市場などは追随できないだけでなく、むしろ停滞している。

経済的には、貿易依存度が高いアジア新興国において通商摩擦の悪影響が大きい。中国も、600億ドルの輸入に対して新たな関税引き上げを公表したことで、1300億ドル規模の対米輸入のほとんどの品目に対して追加関税が適用されることになったが、少なくとも関税引き上げについては、中国の対応は限界に近づいているようにみえる。

米中関税引き上げの「最大値」がみえつつある中で、現在水面下で行われているとされる交渉や自国経済への悪影響などを勘案すると、今後、対象品目が削減される可能性もあるだろう。米中政治情勢を予想することは難しく、米中間選挙(11月実施)が近づく9月にかけて、株式市場が再び上下する可能性はあるが、通商摩擦のさらなる深刻化がないとすれば米国株式の年初来高値超えも十分あり得るのではないか。

米中による関税引き上げといった通商政策、投資制限政策などは、長期的にみれば自国経済に悪影響を及ぼす「悪手」ではある。軍事的な覇権を保つという米国の政治方針がより優先され、経済的に望ましくない政策が実現している。ただ、関税引き上げは長期的な悪影響をもたらすが、短期的には雇用・生産拡大などの効果もある。拡張的な財政政策の支えもあり、1―2年程度の時間軸では米国経済へのネガティブ要因は限定的にとどまるとみられる

また、関税引き上げに伴う輸入コスト上昇は、米連邦準備理事会(FRB)の利上げなどによるドル高によって、その影響をある程度和らげることができる。

なお、2018年の米国の一人勝ちは、為替市場でも観察されている。成長率が高まる中でFRBが利上げを続けていることを背景に、ドルは7月末時点で世界通貨に対して5%ほど上昇している。トランプ大統領による為替市場への言及などで、一時的なドル安をもたらす場面があるとしても、金利上昇やドル高が進む経済環境もまた変わらないと思われる。

<中国経済の安定成長は可能>

一方、中国については、前述した通り関税引き上げがほぼ限界に達していると思われ、政治的にも経済的にも立場は苦しいようにもみえる。

ただ、通商政策において中国の打つ手は限られるとしても、自国経済の成長を刺激する政策により、米国が仕掛ける貿易戦争の悪影響を緩和することは、一定程度可能だろう。

中国は資本移動が完全に自由ではなく、またインフレ率は低位で安定している。春先から大幅な通貨安に見舞われ、利上げを迫られている他の高金利新興国とは状況は異なると位置付けられる。

実際、中国人民銀行(中央銀行)は4月から預金準備率の引き下げなどの金融緩和によって、銀行に対する流動性供給を増やし、また社債市場のリスクプレミアムを和らげるなど、信用緩和政策を行っている。さらに、中国政府は7月、インフラ投資などの財政政策を拡大させる方針を打ち出した。

これらの政策が、経済成長率全体を押し上げるかどうかは、現状不透明な部分が大きいが、圧力を強める米国に対抗するために、中国経済を支える可能性があるのではないか。

ちなみに、当社の中国担当エコノミストは、今後、景気刺激策がスムーズに行われることが、中国経済の安定成長が続くために重要であるとし、これまでの金融政策などの対応に関して総じて前向きに評価している。

また、関税引き上げは広がっているが、経済成長率の想定については、年初からほぼ変わらない。そして、3月末以降の人民元安は、金融緩和と総じて整合的であると位置付け、緩やかではあるがさらなる人民元安があり得るとみている。

拡張財政で高い成長を謳歌する米国に続き、今後、仮に中国が成長下支えに本腰を入れ、拡張的な財政・金融政策を行えばどうなるか。米中を中心に通商政策への懸念が晴れないままでも、世界経済の安定成長が2019年まで長期化する可能性はあるのではないか。

米国の景気回復がリーマン・ショック以降10年近く続いてきた中で、財政・金融政策がその役割を終えたといった議論があることは承知している。だが実際には、インフレ安定の状況が続く中で、トランプ政権が通商政策を仕掛けたことによって、財政政策を含めた経済安定化政策の方向が、経済成長、金融市場のパフォーマンスを左右する状況に変わりつつあると認識すべきなのではないか。

それは、脱デフレの道半ばにある日本についても当てはまる可能性がある。2018年の日本の株式市場がさえない一因は、財政・金融政策がしっかりと機能していないことを意味するのかもしれない。

最後に言い添えれば、日銀が7月末に決めた新たな政策方針には、「金融緩和徹底」「金融引き締め」の双方の措置が取り入れられた。これは、経済や市場にはほぼ中立的な影響を及ぼすとみられる。

低インフレが問題となっている日本経済の状況を踏まえると、金融引き締めよりも、金融緩和強化あるいは拡張的な財政政策が必要だと筆者は考えている。

村上尚己氏(写真は筆者提供)

*村上尚己氏は、米大手運用会社アライアンス・バーンスタイン(AB)のマーケット・ストラテジスト。1994年第一生命保険入社、BNPパリバ、ゴールドマン・サックス、マネックス証券などを経て、2014年5月より現職。近著に、「日本の正しい未来 世界一豊かになる条件」(講談社刊、2017年11月)。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

(編集:麻生祐司)

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