June 8, 2018 / 9:59 AM / 6 months ago

コラム:イタリア問題の本質、恐れるべきは恐れそのもの=高島修氏

高島修 シティグループ証券 チーフFXストラテジスト

 6月8日、シティグループ証券チーフFXストラテジストの高島修氏は、今のイタリアはファンダメンタルズ的に通貨危機に陥る必然性はなく、万一のユーロ離脱となった場合にも本来は通貨暴落に見舞われる必然性もないと指摘。写真はローマのクイリナーレ宮殿(大統領官邸)にはためくイタリア国旗、5月撮影(2018年 ロイター/Tony Gentile)

[東京 8日] - 政治リスクの高まりを受け、イタリア市場は混乱に陥った。ただ、ファンダメンタルズ的には今、イタリアが危機に陥らなければならない理由は乏しい。恐れるべきはユーロから離脱するという政治判断だけだが、現在のところその可能性は低い。新しい政治環境に慣れるに従って、事態は沈静化に向かうだろう。

その間、ユーロは一時的に反発しようが、イタリア情勢が正常化し、市場がリスク選好を回復させれば、米連邦準備理事会(FRB)の金融引き締めを織り込む動きが再開。最近、金利差との相関を回復したユーロドルは改めて下落基調に復帰する可能性がある。

1ユーロ=1.20ドルを超える反発は当面難しく、その際には今回の1.15ドル台の直近安値を割り込む事態も想定しておきたい。

<経済リスクではなく政治リスク>

さて、今回のイタリア国債暴落で、2011年前後の欧州ソブリン危機の再来に警戒を強めた向きもあることだろう。ただ、ファンダメンタルズ環境については、当時と今は全く異なる状況にある。

ユーロ圏諸国の経常収支を見ると、1999年のユーロ導入後、2000年代に入ると、ドイツの経常黒字がすう勢的に拡大する中、フランスやスペイン、ギリシャなどの経常収支は悪化。イタリアも2011年には経済規模比4%に迫る経常赤字拡大となった。なお、スペインの経常赤字拡大は2008年に経済規模比10%近くまで、ギリシャは15%近くまで達した。

だが、欧州諸国はその後、財政再建のための景気抑制策を断行。輸入削減によりイタリアは経常赤字を解消し、今や経済規模比2%強の経常黒字を計上している。2009年に経済規模比5%近くまで拡大した財政赤字も現在は2%台まで削減されている。ちなみに、日本の財政赤字は経済規模比4%だ。

通常、経常黒字で財政赤字を抑制できている国が通貨危機に陥ることはない。では、そのイタリアが今回、「危機的」状態に陥ったのはなぜか。その理由は経済リスクではなく、政治リスクである。つまり、「五つ星運動」と「同盟」の連立政権が、欧州連合(EU)が求める財政規律を破り、最終的にはEUや通貨同盟から離脱するのではないかとの不安が市場の中で強まったためだ。

その根底にあるのは、統一通貨ユーロに残留するために、求められる財政再建努力やそのために経済成長が犠牲となっていることへの社会的・政治的なストレスの増幅だ。欧州諸国の失業率はおおむね2013―14年にピークをつけ、イタリアも2010年に8%台だった失業率は2014年前後に12%台まで上昇した後、足元は11%台まで緩やかに低下している。フランスでさえ失業率は9%台であることを考慮すると、イタリアの雇用情勢が突出して悪いわけではない。

だが、イタリア国民は慣れない景気抑制策が長引くことに年々ストレスを膨らませている。力強い成長を遂げるドイツを横目に、ユーロ圏内での「南北格差」の拡大にイタリア国民は不満を募らせ、皮肉にも今回、イタリア国内の地域格差という「南北問題」を乗り超えて五つ星運動と同盟が手を結ぶことになった。

上記の通り、イタリアが今、通貨危機に陥らなければならないファンダメンタルズ的な理由は見当たらない。だが、通貨同盟のような特殊な環境(通貨制度が構造的欠陥を抱えた状況)では、経常収支が黒字でも通貨危機は発生する。

過去に固定相場制を採用していた国で国際収支改善のための景気抑制策と失業率上昇に国内世論が耐え切れず、ペッグ切り下げや変動相場制に移行した事例と同じだ。今回、そこを市場に突かれているのだ。とは言え、現段階では、世論調査でも新政権がユーロ離脱を選択することを望むイタリア国民はまだ少数派にとどまる。筆者はイタリアのユーロ離脱が今、市場が織り込むべき具体的なリスクだとは思わない。

<イタリアリラ復活でも暴落は杞憂か>

興味深いことは、購買力平価などから試算するに、万一のイタリアのユーロ離脱と「リラ」復活の際に求められる通貨下落幅が思いのほか小さくて済むのではないかと思われることだ。

ユーロが誕生した1999年1月を基準月にとったイタリアリラのドイツマルクに対する購買力平価を計算すると、その時のコンバージョンレートは1独マルク=990伊リラであり、その後、両国ともユーロに参加し、自国通貨を放棄したため、「実勢レート」は今日までその時のレートが継続している。

これに対して、現在、消費者物価で見た購買力平価は1070リラ前後、生産者物価で見た購買力平価は1000リラ前後である。

つまり、生産者物価ではリラにはほとんど割高感はなく、消費者物価でも割高感は1割未満だ。2012年前後にリラの割高化はピークに達し、その後はイタリアのデフレ政策を受けて、緩やかに割高感を解消させてきている。ユーロ圏の平均に対して同じようにイタリアリラの購買力平価を求めると、消費者物価で2%ほど割高にすぎず、生産者物価ではむしろ2%程度の割安との試算が得られる。

こうした定量分析の観点からは、万一のユーロ離脱の場合にも、復活する「イタリアリラ」が暴落しなければならない必然性は実は乏しいのだ。2011年前後の欧州危機の時にギリシャが3割以上も割高化していたこと、つまり万一のユーロ離脱の場合には「ギリシャドラクマ」が大幅に下落しなければならないと考えられたこととの大きな違いだ。

<ルーズベルト大統領の金言>

もちろん、市場は万一のイタリアのユーロ離脱(現状はテールリスクとの位置付け)のときには相当なショックを覚悟すべきだとは思う。

なぜなら、過去にユーロ離脱という事例がないため、実際にそのような事態になった場合に、どのようなことが発生するか予想がつかない。つまり、市場は計量的に計測できる「リスク」ではなく、計測不能な「不確実性」の問題に直面するのだ。このような場合、市場は「最悪の事態」に備える必要性に迫られるため、本来は織り込む必要のない大幅なリスクを織り込むことになるからだ。

問題なのは、そうした事態に備えて、先週前半のようなイタリア国債などの激しい下落が継続してしまうと、それを保有するイタリアの民間銀行のバランスシートが毀損(きそん)。信認の低下が、2011―15年のギリシャ危機の際に体験したような、預金者による銀行取り付け(それに伴うドイツなど国外金融機関への資金シフト)を誘発しかねないことだ。

通貨同盟に参加しているユーロ圏諸国の場合、最終的には中央銀行による流動性供給に制約のない日本や米国などとは異なり、通貨発行権を欧州中央銀行(ECB)に委ねている。そのため、預金の払い出しが行き詰る恐れがあり、苦肉の策としての疑似通貨の発行などを経て、そうしたパニックが自己実現的にユーロ離脱を招く可能性があるのだ。

世界恐慌と第2次世界大戦を戦った米国のフランクリン・ルーズベルト大統領は1933年の就任演説の冒頭で「我々が恐れるべきものはただ1つ、恐れそのものなのである」と語った。

今、この格言が最も求められる国はイタリアだろう。繰り返しになるが、今のイタリアはファンダメンタルズ的には通貨危機に陥る必然性はなく、万一のユーロ離脱となった場合にも本来は通貨暴落に見舞われる必然性もない。

ユーロ離脱となった場合にはイタリアの通貨や国債が暴落すべきとの先入観こそが最も危険な要素であり、不要にそうした根拠の乏しい妄想に火をつけさえしなければ、イタリアが不本意にユーロ離脱に追い込まれることもないはずだ。恐れるべきは恐れそのものだ。

高島修 シティグループ証券 チーフFXストラテジスト(写真は筆者提供)

*高島修氏は、シティグループ証券のチーフFXストラテジスト。1992年に三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入行し、2004年以降はチーフアナリスト。2010年シティバンク銀行入行、チーフFXストラテジストに。2013年5月より現職。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです筆者の個人的見解に基づいています。

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