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コラム:マクロン改革は「第2のルペン」を生むか=田中理氏
May 8, 2017 / 3:11 AM / in 7 months

コラム:マクロン改革は「第2のルペン」を生むか=田中理氏

[東京 8日] - 7日行われたフランス大統領選挙の決選投票は、親欧州連合(EU)派の中道・独立系候補エマニュエル・マクロン氏が、反EU派の極右・国民戦線のマリーヌ・ルペン候補を破り、第25代大統領の座を手にした。

昨年12月のオーストリア大統領選、今年3月のオランダ下院選、そして今回のフランス大統領選と、反EU派のポピュリスト政党の勝利が相次いで阻止され、これで欧州の政治不安は一服しそうだ。

追加支援協議が暗礁に乗り上げていたギリシャも、支援再開で近く合意に達しそうだ。秋のドイツ連邦議会選では、アンゲラ・メルケル首相の4選続投が有力視されている。仮にマルティン・シュルツ前欧州議会議長が率いる中道左派政党に第1党の座を奪われたとしても、親EU政権が誕生することに変わりはない。

ポピュリストの次の標的とされるイタリアでは、与党のお家騒動や予算審議日程もあり、総選挙は来年春の議会任期満了を待って行われる可能性が高い。今年最大の政治リスクを無難に通過したことで、欧州を巡る市場参加者の関心は欧州中央銀行(ECB)の緩和縮小(テーパリング)の行方にシフトしよう。

<イタリアの若き英雄は失意のまま退陣>

マクロン大統領の誕生により、フランスのEU離脱(フレグジット)の脅威は遠のいた。だが、決選投票でマクロン票を投じた有権者の多くは、必ずしも積極的に同氏を支持したわけではないだろう。

国民戦線は近年、党の「脱悪魔化(穏健化)」を進めてきたと言われているが、多くのフランス国民の間で極右へのアレルギーはなお根強い。大統領選でのルペン氏の過激な言説を耳にする機会が増え、改めて危機感を呼び起こされた有権者も多かったはずだ。

決選投票の投票率は75.2%と1969年以来の低水準にとどまり、白票・無効票を投じた割合も11.8%と異例の高さとなった。決選投票でマクロン氏に票を投じた有権者の間には、ルペン氏阻止を理由に投票したケースも多かったとされ、マクロン氏がフランス国民から全幅の信任を勝ち得たと言うのは難しい。

4月23日実施の第1回投票では半分近くの有権者が何らかの形で反EU的な政策を掲げる候補に投票し、半分以上の有権者が財政規律よりも所得再分配を重視する候補に投票した。マクロン氏がこうした現状不満層の期待に応えられるかは予断を許さない。

かつて混迷を深めるイタリア政局にキラ星の如く現れた首相がいた。昨年12月の憲法改正の国民投票が大差で否決され、失意のまま退陣を余儀なくされたイタリアのマッテオ・レンツィ前首相だ。

レンツィ氏は2014年に改革停滞と失業増に苦しむイタリアの難局を救う若手・改革派として華々しく登場した。議員経験のないフィレンツェ市長が党内の権力争いを勝ち抜き、マクロン氏と同じ39歳の若さで首相の座に上り詰めた。

「壊し屋」の異名を取る同氏は、政治安定と改革推進の障害となっていた議会制度改正に着手したが、強引な政権運営と長引く経済停滞に国民の間で不満が高まり、改革への理解を得られなかった。その間、イタリアでは反体制派の勢力が一段と拡大し、各種の世論調査では半数近くの国民が反体制派の政党を支持している。

イタリアの首相が上下両院の信任投票に常時晒されているのに対し、フランスの大統領には強力な政治権限が認められており、首相・閣僚の任命権や議会の解散権を持ち、明らかな義務違反を除いて罷免されることはない。マクロン氏はフランスに変革と希望をもたらす5年の猶予期間を得たことになる。

ただ、レンツィ氏が民主党というイタリア政界のメインストリーム政党内のアウトサイダーだったのに対し、マクロン氏はフランス政界の孤児。1年前に自身が旗揚げした政治運動「前進」は、政治経験をほとんど持たないボランティアに支えられた素人集団だ。議会基盤を有しないマクロン氏が大統領として改革を実行するには、6月11・18日の国民議会(下院)選挙で議会基盤を確保する必要がある。

「前進」は全577選挙区で候補者を擁立するとしているが、現時点で発表した候補者はわずか14人にすぎない。立候補の届け出は5月14―19日に迫っており、十分に吟味した候補者の選定作業が行われているのかも不安が残る。「前進」の候補者は、半分が政治経験のない一般市民で、他党に所属したままでの出馬は認められない。

政党助成金のない「前進」は政治資金も限られる。議員経験のない立候補者が半分を占めるとなれば、各選挙区で効果的な選挙戦を展開できるかにも不安が残る。現職議員や長年その選挙区で政治活動をしてきた他候補と対峙した場合、マクロン大統領の政治組織と言うだけで、十分な票を集めることができるかは不透明だ。

<マクロン改革が国民戦線を利するリスク>

大統領選の第1回投票結果を見ると、マクロン候補が最多票を獲得した選挙区は、従来、社会党が地盤としていたところが多い。社会党の地盤を受け継ぐ形で「前進」がそれなりの議席を獲得することは十分に考えられる。ただ、共和党や国民戦線など保守地盤の強い選挙区では苦戦を強いられよう。

「前進」の獲得議席が議会の過半数に届かない場合、1)党存亡の危機にひんしている社会党がマクロン支持に回り、「前進」を中心とした中道左派政権を発足する、2)共和党や社会党の中道系議員がマクロン支持で結集し、新たな中道政権を発足する、3)共和党が首相や重要閣僚ポストを条件に協力し、共和党主導の政権を発足する(大統領の出身政党と議会の多数派が食い違う「コアビタシオン」の状態)の3つのシナリオが考えられる。

1番目と2番目のケースではマクロン氏は自身の掲げる政策を遂行しやすいが、共和党が議会の多数派を占める3番目のケースでは、共和党寄りの政策への軌道修正を余儀なくされよう。公務員の大幅削減、付加価値税(VAT)の引き上げ、年金支給開始年齢の引き上げ、解雇規制の緩和など、フランソワ・フィヨン候補が掲げていたような政策メニューが盛り込まれた場合、マクロン支持に回った従来の社会党支持層や、ルペン候補やメランション候補を支持した現状不満層の失望を招く恐れがある。

いずれのケースでも、独立系候補として大統領に就任したにもかかわらず、結局は主流派政党に支えられているとして、ルペン候補やメランション候補の支持者から批判を浴びせられることになりそうだ。

レンツィ氏は改革を可能にするため政治基盤を強化しようとしたが、失敗して退陣に追い込まれた。もしマクロン氏が自身の政治基盤を強化しようと、選挙制度改正に乗り出した場合、どういった事態が想定されるだろうか。政治が一部の専門家(政治エリート)に独占されているとの批判に応え、マクロン氏が市民参加型の政治を目指していることは、「前進」の候補者の半分が政治経験を持たないことからもうかがえる。

公約にはっきり明記されてはいないが、2大政党に有利な2回投票制を改め、比例代表的な選挙制度の導入を検討する可能性もある。比例代表制で行われた1986年の国民議会選挙では、国民戦線が過去最多となる35議席を獲得した。2回投票制で行われたそれ以外の選挙で、国民戦線が獲得した議席は最大で2議席にとどまる。マクロン氏が自身の議会基盤を強化したつもりが、次の選挙で国民戦線の議席獲得を容易にしかねない。

フランスやEUの未来を一身に背負って誕生したマクロン新大統領。その期待が失望に変わるとき、マクロン氏は「レンツィ2世」となりかねない。そして、大衆の怒りに向き合わなければ、5年後に「第2・第3のルペン」の脅威に直面することになる。

*田中理氏は第一生命経済研究所の主席エコノミスト。1997年慶應義塾大学卒。日本総合研究所、モルガン・スタンレー証券(現在はモルガン・スタンレーMUFG証券)などで日米欧のマクロ経済調査業務に従事。2009年11月より現職。欧米経済担当。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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