July 3, 2018 / 4:05 AM / 18 days ago

コラム:米欧貿易戦争、最悪のタイミングで到来=田中理氏

田中理 第一生命経済研究所 主席エコノミスト

 7月3日、第一生命経済研究所・主席エコノミストの田中理氏は、トランプ米大統領(写真)による自動車輸入の狙い撃ちは、景気減速を回避できるかの瀬戸際にある欧州経済にとって最悪のタイミングになりそうだと指摘。 写真はベルギーのブリュッセルで2017年5月撮影(2018年 ロイター/Eric Vidal)

[東京 3日] - 世界経済に影を落とす貿易戦争の脅威が新たな段階に入りつつある。米中間の報復合戦が現実味を帯びる中、トランプ米政権が次に照準を定めているのが欧州連合(EU)だ。

米国の貿易赤字総額に占めるEU向けの割合は2割弱と、中国に次いで大きい。米国政府はすでにEUからの輸入関税を鉄鋼で25%、アルミニウムで10%に引き上げた。EU側は世界貿易機関(WTO)に提訴するとともに、総額28億ユーロ相当の米国製品に対して最大25%の追加関税を課す報復措置を発動した。

英国のEU離脱選択や米国のトランプ政権誕生以来、EUは自由貿易の守護者を自任してはばからない。日本が当初考えられていた以上に早いタイミングでEUと経済連携協定(EPA)に署名する運びとなったのも、その副産物と言える。

ただ、安全保障上の脅威を理由に同盟国にまで輸入関税を課す米国の禁じ手を前に、普段であれば大人の対応を得意とするEUも、がっぷり四つで組み合う構えを崩していない。EU各国の貿易構造の違いやポピュリスト勢力の台頭を考えれば、EU内で米国との衝突回避に向けたコンセンサスを形成することは難しい。米欧間の貿易摩擦は報復の連鎖を招きかねない。

<過小評価されがちな貿易戦争の影響>

米国が新たな標的とするのが、EUからの自動車および自動車部品の輸入だ。自動車は米国の対EU向け貿易赤字の3割以上を占める最大の赤字品目だ。

米国の自動車関税2.5%に対し、EUは自動車に10%の関税を課している。秋の中間選挙に向けて、支持率回復に躍起のトランプ大統領にとって格好の攻撃材料となる。米国政府は自動車関連の輸入関税を20%に引き上げることを検討しており、早ければ7月下旬から8月上旬に調査を終了することを目指している。

EUの輸出総額に占める米国向けの鉄鋼・アルミニウム輸出の割合は0.2%未満にとどまるが、米国向けの自動車・同部品輸出は0.9%とこれを大きく上回る。EU諸国で米国向け自動車輸出が大きい国はドイツ(EU全体の57.4%)、英国(同17.4%)、イタリア(同10.5%)、スウェーデン(同3.9%)、スロバキア(同2.9%)の順となっている。

国内総生産(GDP)比でみた米国向け自動車輸出の割合が大きい国は、大手自動車メーカーの生産拠点となっているスロバキアの1.7%を筆頭に、最大の輸出国であるドイツ(同0.9%)、その後はスウェーデン(同0.4%)、英国(同0.4%)、イタリア(同0.3%)と続く。

実はこうした関税絡みの影響試算はエコノミスト泣かせだ。グローバル化が進んだ現在でも、一国の経済活動に占める貿易の割合(貿易依存度)はそれほど大きいわけではない。

関税の引き上げが輸出国に与える直接的な影響は、相手国での販売価格上昇に伴う輸出数量の減少と、売上減少を補うための輸出価格の引き下げという経路で現れる。輸出全体に影響を及ぼす相手国の需要や為替レートの変動と異なり、関税の対象品目は限られ、影響範囲も限定的だ。

EUにとって最主力の輸出品目である自動車といえども、直接的な影響は高が知れている。自動車は産業の裾野が広いことが知られているが、産業連関表などを用いて他産業への波及経路まで含めて考えたとしても、せいぜい成長率をゼロ・コンマ数%ポイント引き下げる程度の試算結果しか出てこない。

だが、現実の影響はこうした結果を上回る可能性がある。それは各国の景気サイクルが多くの場合、輸出を起点に形作られることや、世界経済の相互依存が高まった現在、一国経済への影響に基づく試算は過小評価されていると考えられるためだ。

グローバルなサプライチェーンを構築している自動車産業では影響が大きくなる。特に今回の局面では、欧州の自動車産業を取り巻く環境や景気サイクルを併せて検討する必要があるだろう。

<トランプ関税以前に欧州経済は瀬戸際>

すでにドイツに代表される欧州の自動車メーカーは、さまざまな逆風に見舞われている。2015年に発覚した排ガス不正問題を巡る検察の追及は最近でも続いており、ドイツの地方自治体がディーゼル車の都市部への乗り入れを禁止する動きが相次いでいる。

温室効果ガスの削減目標達成や環境規制強化への対応も迫られているし、巨大市場の中国でも自動車販売に陰りが出ている。米国に次ぐ輸出先である英国では、EUとの離脱協議を巡る不透明感が自動車産業にも影を落としている。

日本で取り上げられることは少ないが、ドイツを代表する企業景況感であるIFO指数には、業種別の細かい内訳が公表されている。自動車産業の6カ月先の業況判断や3カ月先の輸出判断は、足元で好不況の分岐点であるゼロを下回り、ここにきて一段と不透明感が増している。

ただ、過去に不安が広がった局面と比較した業況悪化の程度はまだ軽微で、米国の関税引き上げを完全に反映したものではなさそうだ。貿易戦争の激化によるドイツの企業マインドへの悪影響は、むしろ今後本格化することが予想される。

今年に入ってから各種の経済指標に急ブレーキがかかっており、欧州景気の先行きに不安が広がっている。ただ、これまで減速の要因として指摘されてきたのは、寒波による消費や建設活動の手控え、ドイツやフランスでの大規模なストライキなど一時的な要因が中心だ。

欧州ではここ数年、債務危機の克服や大規模な金融緩和に支えられ、潜在成長率を上回る高成長が続いてきた。生産設備や労働力の不足感が高まっており、供給制約が生産活動の停滞を招いている面もある。そもそも昨年後半にかけての成長ペースが出来過ぎで、このところの調整も巡航速度への軟着陸にすぎないとみられている。

現にドイツ景気の先行きを占うIFOの先行き業況判断は、昨年11月をピークに6カ連続で低下した後、最新の6月値では落ち込みを回避した。前月の落ち込みも小幅にとどまり、年明け以降の業況悪化が一服してきたとの安堵の声も聞かれる。

だが、トランプ大統領による自動車輸入の狙い撃ちは、本格的な景気減速を回避できるかの瀬戸際にある欧州経済にとって最悪のタイミングとなりそうだ。米欧貿易戦争の火蓋が切られた今、欧州がさらなる減速を免れるかはますます不透明とならざるを得ない。

田中理 第一生命経済研究所 主席エコノミスト(写真は筆者提供)

*田中理氏は第一生命経済研究所の主席エコノミスト。1997年慶應義塾大学卒。日本総合研究所、モルガン・スタンレー証券(現在はモルガン・スタンレーMUFG証券)などで日米欧のマクロ経済調査業務に従事。2009年11月より現職。欧米経済担当。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

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