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コラム:天気とサッカーと英EU離脱問題=田中理氏

[東京 19日] - 欧州連合(EU)残留・離脱を問う国民投票を6月23日に控え、英国の世論は真っ二つに割れている。15日に正式なキャンペーンが開始され、残留派と離脱派の論争は熱を帯びるばかりだ。

 4月19日、第一生命経済研究所・主席エコノミストの田中理氏は、EU残留・離脱を問う英国民投票は僅差での決着が予想されているため、投票日当日の天候やスポーツイベントなども投票率の変動を通じて結果を左右し得ると指摘。提供写真(2016年 ロイター)

金融市場参加者の間では「英国民投票は無視できないテールリスクだが、さすがに離脱はしないだろう」との見方が引き続き支配的なようだ。各種の世論調査は離脱票と残留票が拮抗しているが、調査対象者の15%程度がまだ態度を決めかねている。

2014年のスコットランドの住民投票では、直前の世論調査で離脱派が残留派を逆転したが、態度保留者が無難な現状維持(残留)を選択したことで、最終的な投票結果は残留票が大きく上回った。しかも、昨年の総選挙でも事前の世論調査が実際の投票結果と大きく食い違ったため、世論調査の精度を疑問視する声も聞かれる。さらには、一貫して残留派の優勢を示唆するブックメーカーの賭け率に注目すべきとの見方も浮上している。

調査手法によって世論調査にはクセがある。昨年秋以降の世論調査を集計したところ、インターネット上で調査票に回答する「オンライン調査」では残留票と離脱票が拮抗しているのに対し、オペレータや自動録音メッセージに電話で回答する「電話調査」では残留票が15%ポイント程度リードしている。

英国では連日のように国民投票に関する世論調査が発表されているが、その8割超がコストの安いオンライン調査で、自ずと拮抗している調査結果が目に付くことになる。また、態度保留者の割合を比較すると、電話調査(約10%)の方がオンライン調査(約17%)に比べて少ない。

そこで、残留をメインシナリオに据える識者の多くは、「態度保留者の割合が少ない電話調査の方が実際の投票結果に近く、電話調査の結果を重視すべき」と主張する。さらに、国民の関心を集める今回の国民投票では、投票所に足を運ぶ有権者の割合(投票率)が高くなるとみられ、このことも残留派に有利に働くとの論調が多い。

こうした主張は一見もっともらしく聞こえるが、以下のように反論することも可能だ。質問者と直接会話する電話調査では、回答者が自分をよくみせようとの心理が働き、社会的に望ましいと考えられる回答(ここでは残留)を選びやすい。

また、実際には態度を決めかねている調査対象者も、何らかの意思表示をする無言の圧力を感じるため、電話調査の態度保留者の割合が小さく出る。こうしてみると、残留派が優勢とする電話調査の結果はやや割り引いてみた方が良さそうだ。

結局のところ、どちらの世論調査の結果を信じるべきか明確な決め手に欠け、世論調査の結果は拮抗しているとしか言いようがない。さらに、一般に投票率が低いのは若年層と労働者階級だが、前者は残留支持の割合が多く、後者は離脱支持の割合が多い。投票率が上がった場合、残留派に有利に働くとは限らない。

<投票日の天気予報は「時々にわか雨と雷雨」>

ここまで世論が拮抗していると、様々な要素が投票結果に影響を及ぼしかねない。いくつか具体的に考察してみよう。

投票当日の天候は投票率に影響するとみられる。6月は英国で最も晴天率が高く、日照時間が長いことが知られている。投票日程はこうした点を考慮して決まったことは言うまでもない。ちなみに、天気予報サイト「AccuWeather.com」の19日付けの長期予報によれば、投票当日のロンドン(有権者の約12%が居住)の天候は「平年並みの気温、曇りと晴れを繰り返し、時々にわか雨と雷雨」とある。

また、今回の国民投票は、英国に在住するコモンウェルス(インドやオーストラリアなど、英国の旧植民地だった53の独立国で構成される連邦)の出身者にも投票権がある。移民の増加が社会問題化した以降、コモンウェルス出身者のビザ取得要件が厳しくなっている。入国審査手続きもEU加盟国のパスポート保持者のような専用レーンは存在しない。一部のコモンウェルス市民はEU市民に比べて冷遇されているとの不満を抱えており、離脱支持に回る可能性がある。

こうした層が世論調査で正しく捕捉されているかは不透明だ。英テレグラフ紙によれば、英国在住のコモンウェルス市民は約89万人、コモンウェルス生まれの英国籍取得者は約130万人とされ、約4600万人の有権者の5%近くを占める。

キャメロン英首相が率いる残留キャンペーンは、貿易取引の縮小や多国籍企業の海外移転など、離脱時の経済的な損失の大きさを強調することで、残留支持を訴える。投票を前に金融市場に動揺が広がれば、残留派に有利に働く。ドイツやフランスの政府高官から最近相次いで、離脱時の対EU関係(単一市場へのアクセス)の再交渉が容易でない旨の発言が聞かれるのも、残留派への形を変えた側面支援と考えられる。

他方、主に保守党内のEU懐疑論者が率いる離脱キャンペーンは、離脱時も何らかの形で単一市場へのアクセスを確保することが可能とし、むしろ移民やテロに対する脅威を国民に訴える。このまま夏場に向けて欧州の難民危機が鎮静化に向かわなければ、EUの国境管理への不安が投票行動にも影響を及ぼしかねない。

英国でも最近、テレビ討論会が投票結果に与える影響が高まっている。英国放送協会(BBC)は投票日までに3回のテレビ討論会(5月19日、6月15日、6月21日)を予定している。どちらの陣営がより多くの態度保留者を抱え込むかが勝敗を左右しそうだ。

<6月末には音楽・サッカーの一大イベントも>

パナマ文書の波紋も無視できない。英世論調査会社イプソスモリによれば、投票方針を左右する重要人物として最も名前が挙がるのは、離脱派のジョンソン・ロンドン市長(32%)を抑え、残留派のキャメロン首相だ(44%)だ。疑惑浮上後に首相の支持率が急落しているほか、残留支持で共同戦線を張る労働党が疑惑追及に意欲をみせている。キャメロン首相への不信感の高まりや残留キャンペーンの足並みの乱れが、有権者の投票行動に影響を及ぼす恐れがある。

投票日には2つの大きなイベントが予定されている。1つは6月22日から26日に英国南西部で行われるグラストンベリー音楽祭だ。世界最大の野外ロックフェスで毎年15万人以上の集客を誇る。恐らくリベラルな若者(主に残留支持)が多く参加する音楽祭は、ロンドンから車や電車で3―4時間の田園地帯で開催される。フェスの参加人数は有権者の0.3%程度とそれほど大きいわけではないが(投票当日の参加者はさらに小さい)、世論調査が拮抗しているだけに無視はできない。

むろん、フェス参加者の全員が英国民ではないだろうし、フェス会場と投票所をはしごすることも可能だろう。念のため、英国にも不在者投票制度があることは付け加えておく。

また、投票日はフランスのパリ郊外で開催される「ユーロ2016」サッカー欧州選手権とも重なる。英国からは、イングランド、ウェールズ、北アイルランドの3チームが出場する。幸い投票当日はグループリーグが終了した翌日で試合は予定されていない。サッカー観戦に釘付けとなり、投票所に行きそびれる事態は避けられそうだ。ただ、英国のEU残留よりも代表チームの活躍に関心を持つ熱狂的なファンが観戦疲れで投票所に足を運ばないことも考えられよう。

注目の投票日まで残すところ2カ月余りとなった。「さすがに離脱はしない」と決め込むには、不確定な要素が余りに多すぎると考えるのは筆者だけだろうか。

*田中理氏は第一生命経済研究所の主席エコノミスト。1997年慶應義塾大学卒。日本総合研究所、モルガン・スタンレー証券(現在はモルガン・スタンレーMUFG証券)などで日米欧のマクロ経済調査業務に従事。2009年11月より現職。欧米経済担当。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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