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コラム:マイナス金利、20の疑問(上)=河野龍太郎氏
2016年2月16日 / 07:08 / 2年後

コラム:マイナス金利、20の疑問(上)=河野龍太郎氏

[東京 16日] - 相場の乱高下を見て、日銀は青ざめていることだろう。15日は株価・ドル円ともに反発したものの、黒田日銀総裁が効果を豪語していたマイナス金利政策は先週を通じて為替市場や株式市場で全く効かず、1月29日のマイナス金利導入前と比べて、円高・株安が大きく進んでいる。

これまでの量的質的緩和(QQE) も実物経済にはほとんど効かなかったが、バーチャルな世界と化していた株式市場では多少の効果が見られていた。もちろん、リフレ派の論理からすれば、金融緩和の効果がないのではなく、金融緩和の度合いが足りなかった、ということになるはずである。もし黒田日銀体制の考え方がリフレ派の理論に基づくのなら、付利の引き下げは効果が現れるまで、あるいは限界に達するまで、続けられると考えるべきだろう。

また、日銀がリフレ派に占拠されていなくても、大衆民主主義のもとで、有効な手段が尽きてしまったと中央銀行は簡単には言えないだろうから、多少大きくても副作用には目をつむって、政策の限界まで突き進む可能性がある。現に先週の金融市場は、株安・円高が続くなどマイナス金利政策の効果に対しては強い疑念を示す一方で、さらなる追加緩和を織り込んで10年金利は一時マイナスの領域まで低下している。

では、日銀はどこまで付利を引き下げるのか、次の引き下げはいつで、どのようなペースで実施されるのか。また、そもそもマイナス金利政策は日本経済に対して景気刺激的なのか景気抑制的なのか。以下、筆者のもとによく寄せられる質問に答える形で、上下2回に分けて、日銀マイナス金利政策の是非を考察したい。

――関連記事:マイナス金利、20の疑問(下)=河野龍太郎氏

<量的ターゲットは徐々にフェードアウトへ>

Q1)黒田日銀はなぜマイナス金利政策を導入したのか。

黒田総裁が付利の引き下げを選択したのは、緩和のEXIT(出口)コストの増加や技術的な実行可能性の観点から、量的ターゲットの拡大が限界に近づいていたためである。

長期国債の購入増額は20兆円程度であれば、実施可能だったと思われるが、数年後には技術的に継続困難となる恐れがある上、政策の打ち止め感がマーケットで広がる懸念があったため、適切ではないと判断したのだろう。もし金融緩和があるとすれば、それは付利下げという、筆者の読み通りだった。

また、上場投資信託(ETF)や不動産投資信託(REIT)の購入額を増やさなかったのは、現状の日銀の自己資本の水準から、これ以上のリスクテイクが困難になっていたためである(もちろん、金融システム危機を誘発するような株価大暴落が生じた際には、事後的な政府の資本注入を前提に、ETFやREITの購入を増額する可能性はある)。

Q2)事実上の金利ターゲットへの移行か。

日銀は、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和の導入」と称しているが、今回の決定は事実上の「金利ターゲット」への移行である。公式に量的ターゲットの旗を降ろしていないのは、これまでの政策の枠組みを否定することになりかねないからだ。

黒田総裁は、量的ターゲットを再び引き上げることを排除していないが、その可能性は極めて小さい。今後、追加緩和が実施される場合、長期国債の購入額、およびマネタリーベースの拡大目標は、従来の年80兆円のままで、付利がさらに引き下げられることになる。

Q3)マイナス金利政策は世界の潮流か。

中央銀行にとって、これまでの長い経験から、金利と経済物価の関係を語るのは比較的容易だが、マネタリーベースと経済物価の関係を明確に語るのは難しい。ゼロ金利制約に直面した各国の中央銀行は、2001年の日銀の量的緩和以降、量的拡大を模索してきたが、十分な効果は得られなかった。

一方、近年の欧州の経験から、効果は不確実であるとはいえ、一定程度であればマイナス金利政策が実行可能であることが発見された。イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長も将来のマイナス金利政策の可能性を排除していない。今後の大きな潮流は、量的ターゲットから金利ターゲットへのシフトだと見られる(量的緩和は時代のあだ花として終わるのだと筆者は常々考えている)。とはいえ、後述する通り、そのことはマイナス金利政策が常に有効であることを意味するわけではない。

また、今回、日銀が一気にレジーム転換しなかったのは、伝統的なマネタリスト・アプローチにシンパシーを持つ2名のリフレ派のボードメンバーへの配慮も少なからずあったと思われる。票決は5対4のぎりぎりで、彼らの1人でも反対すれば、過半数を得ることはできなかった。こうした点から、筆者は従来から、付利引き下げ政策への転換の際はQQEのバージョンアップ版になると予想してきた。

Q4)付利の引き下げ幅はなぜ10ベーシスポイント(bp)ではなく、20bpだったのか。

欧州中央銀行(ECB)は金融機関への悪影響などを考慮し、慎重に預金金利の引き下げを進めており、毎回、下げ幅は10bpと今のところ小幅である。10bpの引き下げ幅には、政策反応関数から導かれた頑強な経済的根拠があるわけではない。非伝統的な金融政策に明確な政策反応関数は存在しないというのが、大方の中央銀行関係者の認識ではないだろうか。

日銀の20bpの下げ幅についても、頑強な経済的根拠があるとは思われない。ただ、黒田総裁は逐次投入を強く嫌っている。とりわけ為替レートへの働きかけを意識しているのなら、ECBよりも大きな引き下げ幅が効果的だと考えているのではないか。日銀は、今後も10bpではなく、20bpの引き下げを続けると見られる。あるいは、円急騰や株価暴落に対し、さらに大きな下げ幅で対応するのだろうか。

Q5)量的緩和策とマイナス金利政策は矛盾しないのか。

付利の引き下げは、金融機関が日銀に国債を売却し日銀当預残高を積み上げるインセンティブを低下させるため、政策の方向性としては確かに矛盾する。ただし、当座預金へのマイナスの付利を考慮しても魅力的となる価格(つまり、マイナスの利回り)で日銀が買い取るなら、理論上、金融機関は日銀への長期国債の売却を続ける。

現実には金融機関が売り渋り、長期国債の買い入れオペにおいて将来、札割れが頻発する可能性は否定できず、今後、一段と付利が引き下げられれば、その可能性は増す。その際、日銀は、マネタリーベースの拡大目標の達成に必ずしもこだわらない姿勢に転じると見られる。つまり、今後、量的ターゲットそのものは徐々にフェードアウトしていく可能性がある。

Q6)マイナス金利が適用される準備預金の割合は。

各金融機関の2015年の年間平均残高に相応する日銀当座預金については、従来通り0.1%の付利が適用される。さらに、所要準備額に相当する残高や貸出支援基金残高に相応する準備額などにはゼロ金利が適用される。日銀は、これまでのQQEでの量的ターゲット拡大に協力した金融機関には、十分な配慮をしたと言える。

また、今後の資産買い入れの継続で日銀当座預金残高が増加するにつれ、適宜、ゼロ金利の対象となる残高(マクロ加算残高)が増加する。このため今後も、マイナス金利が適用される残高は、一部にとどまる。金融機関の業績への悪影響がかなり考慮されている。

<日銀が新たな通貨戦争の口火を切った可能性も>

Q7)マイナス金利政策の国内経済への刺激効果は。

長期金利はもとより極めて低位にあり、さらなる低下が企業の投資行動に与える効果はかなり限界的なものにとどまる。国内の設備投資が伸びないのは、生産年齢人口の減少という構造的な要因に加えて、新興国バブル、資源バブルの崩壊によって企業の成長期待が下方屈折しつつあることが原因なのであって、資金コストが高いからではない。むしろ、マイナス金利は、銀行収益への悪影響を通じ、金融仲介機能を損ない、経済に負の影響を与える懸念もある。

前述した通り、日銀は付利を三階層方式とし、マイナス金利の適用を準備預金の一部に抑え、銀行収益への悪影響を極力抑制しているが、市場金利は全体として一段と低下している。一方、預金金利の引き下げ余地は極めて限られており、銀行の利鞘には一段の縮小圧力がかかる(日本では、家計部門から預金口座維持手数料を徴収するのは、政治的に困難である)。

また、一部の投資信託会社がMMF(マネー・マネージメント・ファンド゙)の募集停止や繰り上げ償還を決定しており、金融サービスへの悪影響はすでに現れている。

Q8)理論上もマイナス金利政策は景気抑制的か。

金融緩和とは、主に銀行業の資本コストの引き下げを通じて、借り入れコストの低下した家計や企業に支出増を促す政策である。超過準備にマイナス金利を課すことは、金融機関のコストを増やし、企業や家計にコストが転嫁される可能性があり、理屈上は、景気抑制的に作用する。静学的なモデルで考えると、マイナス金利は景気刺激的ではなく、景気抑制的に働く。ゼロ金利制約というのは、物理的に名目金利をゼロよりも低くできないというより、景気にプラス効果を持つ領域の下限がゼロということだと思われる。

ただし、以下述べる通り、マイナス金利とすることで、もし通貨の急上昇や大幅な株安を回避できるのなら、マイナスよりプラス効果が大きくなる可能性は十分あり得る。

Q9)マイナス金利は通貨安誘導を通じ大きな効果が得られるのか。

マイナス金利政策によって、内外金利差が拡大し、それが自国通貨安をもたらすのなら、ある程度の景気刺激は可能かもしれない。今回の決定は、円高回避と株安回避が、日銀の主たる目的だったと考えられる。貸し出し増による企業や家計の支出増という経路を黒田総裁が強調するのは、海外からの円安誘導への批判を避けるためである。

ただし、現在の不安定な世界経済、国際金融市場の情勢を踏まえると、為替レートへの効果も期待し難い。実際、マイナス金利政策の導入直後こそ円安、株高に振れたものの、足元では導入前よりも円高、株安となっている。

Q10)マイナス金利導入後、円高になったのはなぜか。

ゼロ金利に達すると有効な金融政策の経路は、主に通貨安を通じたものとなるが、通貨安の効果はグローバルではゼロサムである。日銀やECBが通貨高の回避を狙って付利を引き下げることは国内均衡の観点から見れば妥当だとしても、効果がゼロサムであるなら、通貨高となった他国で悪影響が現れる。

実際問題として、ドルに対し固定的な為替レート制を採用する中国の人民元問題をこじらせる。今回の国際金融市場の動揺の原因の1つは、人民元の大幅切り下げ観測が強まったことにあるが、人民元が割高になったのは、米国の利上げ観測に伴うドル高だけではなく、通貨安を狙った日銀やECBの金融緩和も背景にある。日銀のマイナス金利政策の採用後、先週、円高が進展したのは、市場がこうした構図を見透かしていたからだろう。

今回の日銀の追加緩和は人民元問題をこじらせている。日銀の決定後、市場ではECBの追加緩和への期待値がさらに高まり、米国についても、景気が悪化する場合には、マイナス金利を導入する可能性を意識し始めている。日銀が新たな通貨戦争の口火を切った可能性がある。

*後編はこちらです。

*河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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