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コラム:通貨安競争、伊勢志摩合意で終止符を=河野龍太郎氏
March 1, 2016 / 8:52 AM / 2 years ago

コラム:通貨安競争、伊勢志摩合意で終止符を=河野龍太郎氏

[東京 1日] - 年明け以降、国際金融市場の激しい動揺が続いている。事の本質は、中国をはじめとする新興国や資源国において、大規模な過剰設備と過剰債務が生じていることにあるが、現在の国際環境下では、その解消の道筋が見えないのである。

新興国や資源国の減速を補うべく成長の加速を期待し得る主体は今やどこにも見当たらない。むしろ先進国の一部は、通貨高を通じ新興国の過剰の調整負担が自らに降りかかるのを避けるべく、一段と極端な金融緩和に踏み出している。

しかし、調整負担が一部に集中すれば、市場はそれらの国々の金融システムや為替制度の健全性、持続性に疑いを強め、国際金融市場の動揺も収まらない。国際金融市場の安定化、ひいては世界経済のソフトランディングには、国際的な政策協調が不可欠だ。それでは、国際協調はどうあるべきか。それが今回のテーマである。

<世界経済史に残る「安倍合意」のチャンス>

2月26―27日に中国・上海で開かれた主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議では、実際に政策の国際協調が議論された。通貨安競争の回避や財政出動などが謳われたが、G20は参加国があまりに多く、そもそも実質的な拘束力のある合意は期待しにくい。

例えば、マイナス金利政策は通貨安政策とは各国から見なされておらず、デフレ脱却のツールとして諸外国から理解を得られていると日銀は主張している。同様に欧州中央銀行(ECB)も3月の追加緩和を難しくするような声明文には反対。中国も自国の問題を世界経済低迷の元凶と扱うような議論を端から受けつけなかった。各国の金融当局者や財政当局者は、対外的な要因から自国政策に足かせをはめられるのを極度に嫌う。G20の声明文は、抽象的な一般論にとどまった。

では、どうすればよいのか。有効な国際協調合意が成立するチャンスは、今年5月に日本の伊勢志摩での開催が予定されている主要7カ国(G7)サミットとなろう。ここで安倍晋三首相が、事前に中国政府を取り込み、議長国として以下の合意を目指すべきだ。合意が実現すれば、「伊勢志摩合意(安倍合意)」として世界経済史に残る功績となり得る。

具体的には、まず、世界的なディスインフレ環境の下、米連邦準備理事会(FRB)が、国内のインフレが高まらない限り、利上げを中断する方針を明確にすることである。国内均衡を目指し米国が利上げを継続する構えを見せれば、バブル崩壊によってドルベースの過剰債務を抱える新興国、資源国の調整は困難を極め、同時にドル高進展が人民元問題を深刻化させる。

FRBの利上げ中断は、当面の国際金融市場の安定には不可欠な要素だろう。国際金融市場の混乱を受け、米国のクレジットスプレッドも拡大傾向にあり、自国にも悪影響を及ぼし始めている。

一方、日銀とECBは追加緩和を自制し、ある程度の通貨高を甘受する必要がある。資源輸入国である日本経済や欧州経済は、コモディティー価格下落の最大の受益者であり、両経済の経常収支黒字は大幅に増加している。日欧経済が、執拗(しつよう)に通貨高を拒み続けることが、世界経済に与えるストレスは小さくない。

また、経済に依然、大きな負の需給ギャップを抱えるユーロ圏はまだしも、日本経済は14年の年初以降、完全雇用にあり、人手不足に悩む状況にある。国内均衡の観点からも、ある程度の通貨高を拒否する理由は乏しい。2%インフレの早期実現が遠のくという懸念はあるが、日銀の追加緩和が中国当局を人民元の大幅切り下げに追い込み、世界経済が大混乱に陥れば、2%インフレどころか再びデフレに舞い戻ることにもなりかねない。

もちろん、為替市場には行き過ぎが付き物であり、行き過ぎに対しては協調で行動を取る用意があることを示しておく必要はあるだろう。中国は、こうした日米欧からの一定のサポートを得た上で、対ドルでの人民元の大幅切り下げを回避し、資本規制の強化も辞さない覚悟を示すことが不可欠である。改革とは逆行するが、大幅な人民元の切り下げを回避しつつ、通貨高の痛みを和らげるため、緩やかな切り下げを可能にする資本規制が必要となる。

一方、財政政策については、あくまで信認に足る長期的な財政再建の道筋を立てた上で、当面の景気減速を和らげるため、財政に比較的余裕のある国から、ある程度の景気刺激策を講じることも必要となるだろう。単なる一時しのぎで追加財政を発動すると、各国の既得権益層と結びつき、国際金融市場の混乱を大義名分に、大盤振る舞いの財政が繰り返されるだけに終わる。

17年4月に予定されている日本の消費増税については、予定通り実施し、景気に大きな落ち込みが予想される場合には、それを相殺すべく追加財政を検討すべきである。消費増税の先送りで大幅な日本国債の格下げとなれば、国債金利が上昇しなくても民間部門の資金調達に悪影響が及ぶ。

リーマンショック後、新興国バブル、資源バブルを作ることで世界経済は回復してきたが、今やバブルは全面崩壊した。国際協調は、要するに、バブル処理の国際的な負担の分かち合いであり、政治的な国際合意は当然にして容易ではない。しかし、世界経済にはすでに大きな構造的な過剰問題と為替レートのミスアライメント(均衡為替相場からの著しいかい離)が発生しており、本連載でかねて述べている通り、これらは中国など新興国や資源国の政策の誤りだけによるものではない。アグレッシブな金融緩和を行い新興国バブルや資源バブルの種をまいた米国も責任を取る必要がある。

また、日銀やECBの金融緩和の成功の証とされていた日欧の株高も、実はファンダメンタルズが悪化していたにもかかわらず、ドルに対し固定的な為替レート制を維持していた中国の犠牲の上で成り立っていた部分が少なくない。各国の政策当局者が協調して目指すべきは、世界経済をソフトランディングに向かわせた上で、いかにして中長期的に不均衡を縮小させるかである。

もちろん、日本が多少なりとも通貨高を甘受する姿勢を示すことは、これまでのアベノミクスからの大きな方針転換であり、短期的には日本株にも一段の下押し圧力がかかるかもしれない。しかし、国際金融市場が安定に向かえば、長い目で見て、日本が得るものは小さくない。一方、このまま日銀がマイナス金利政策を追求していけば、アベノミクスは、近隣窮乏化政策の典型として、そして世界経済を泥沼の通貨安競争へ突き進ませたとして、世界経済史に記録されることにもなりかねない。安倍首相の君子豹変に期待したい。

<各国が行動様式を変えなければ1930年代の繰り返しに>

もっとも、仮に上述した国際協調政策が採用され、世界経済がソフトランディングするとしても、それで全ての問題が解決されるわけではない。

国内均衡と矛盾する政策が採用されることで、とりわけ米中では、新たな不均衡が生じるリスクがある。まず、世界的にディスインフレ傾向にあることを前提にすると、米国では利上げ中断が生み出す過剰流動性が株式市場や住宅市場に流れ込み、新たなバブルが醸成される可能性がある。米国の株高や住宅価格の上昇に連れ高する形で、金融緩和環境が続く日欧でも、そうした動きが観測される可能性がある。

中国については、追加財政で景気がある程度支えられるとしても、それによって資源配分が歪み、潜在成長率の低迷が続く恐れがある。また、人民元の大幅切り下げを回避するための資本規制それ自身も、当然にして市場規律を損ない、資源配分に悪影響をもたらす。

マクロ経済のボラティリティーを抑えるべく、ソフトランディングを志向することは政策的には妥当だが、それは、あくまで副作用を伴う「時間を買う政策」に過ぎない。ソフトランディングを好感し、先進各国で株高が続けば、政策当局はそれに慢心して必要な改革が止まり、結局さらに大きな問題を抱え込むのがこれまでの経験だったことを肝に銘じておく必要がある。

国際協調政策が、結果的に、超低金利と拡張財政の長期化・固定化に終われば、収益性の低い分野に経済資源が向かうだけで、世界経済の潜在成長率のさらなる低下は免れない。それゆえ、「伊勢志摩合意(安倍合意)」では、長期的な目標として各国が潜在成長率引き上げのために構造改革を推し進めることを約束することが重要だ。

ただ、それだけでも十分ではない。同時にグローバリゼーションの下での新たなルールとして、以下の2点も合意に盛り込むことが重要である。

第1に、基軸通貨国や準基軸通貨国は、他国への影響が余りに大きなアグレッシブな金融政策は自制すること。第2に、規模の大きくなった新興国については、完全なフロート制に向け為替レートの柔軟化を着実に進めていくことである。

振り返れば、10年の米国の量的緩和第2弾(QE2)以前は、日米欧の中央銀行の間で、大幅な通貨の減価につながるアグレッシブな金融緩和は行わないという紳士協定が存在していた。それが破られ、いつの間にか、通貨切り下げ合戦が繰り広げられているように思われてならない。

近年、G7では、為替レートの決定は市場メカニズムを尊重し、介入は極力回避した上で、各国の金融政策は国内の物価目標の達成のために割り当て、為替レートをターゲットとすべきではないというのが表向きの合意となっている。

13年2月のG7の声明文では、こう謳われていた。「我々、G7の財務大臣・中央銀行総裁は、我々が長年にわたりコミットしている、為替レートは市場において決定されるべきこと、そして為替市場における行動に関して緊密に協議すべきことを再確認する。我々は、我々の財政・金融政策が、国内の手段を用いてそれぞれの国内目的を達成することに向けられてきていること、今後もそうしていくこと、そして我々は為替レートを目標にはしないことを再確認する」(財務省訳)。

しかし、これは実質的には、インフレ目標を掲げた上で、為替レートを明示的なターゲットにしていなければ、通貨安につながるアグレッシブな金融緩和を問題視しないという解釈に変質している。当初、主要先進国がこうした合意に達したのは、経済規模が大きくなっているのにもかかわらず、固定的な為替レートを維持して競争力を維持しようとした中国への対抗策という側面が大きかった。

ところが今や中国の固定的な為替レート制だけでなく、主要国のアグレッシブな金融緩和が、世界経済や国際金融市場に大きな歪みをもたらしているのは明らかだろう。筆者は、09年後半から、FRBのアグレッシブな金融緩和が、固定的な為替レート制を介して新興国バブルや資源国バブルをもたらし、それがいずれ世界経済を揺るがすことになると懸念していたが、案の定、その予想は的中してしまった。

各国が行動様式を変えなければ、同じことが繰り返され、グローバリゼーションの下で、先進各国の金融緩和はますますアグレッシブになり、その副作用も増幅されていくだろう。今や金融機関の収益を蝕み、金融仲介機能を損なうマイナス金利の領域に入ってしまった。その結果、最後には各国がますます内向きとなり、反グローバリゼーションを掲げる政治勢力が支持を広げていく恐れがある。これでは、1930年代の繰り返しとなる。

金融政策はあくまで国内均衡を目標に据えた自律的なものであるべきだが、基軸通貨国や準基軸通貨国は、他国に大きな影響をもたらすほどのアグレッシブな金融緩和には自制的でなければならない。世界経済と国際金融市場の安定化のために、「伊勢志摩合意(安倍合意)」として、是非とも安倍首相から各国首脳に提案すべきである。

*河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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