August 25, 2015 / 3:05 AM / 2 years ago

コラム:米利上げが招く人民元追加切り下げ=河野龍太郎氏 

[東京 25日] - 8月11日以降の人民元切り下げをめぐって、専門家の様々な解説が各メディアに掲載されているが、少なくとも日本国内では納得のいく説明にお目にかかったことがない。

典型的な解説は以下のようなものだろうか。

中国の政策当局は一段の景気悪化を回避するため、人民元切り下げに動いたが、人為的な切り下げは人民元改革の流れに反し、中国政府が望む国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)通貨バスケットへの人民元採用を困難にさせると同時に、世界経済と国際金融市場に大きな悪影響を及ぼすため、今回は小幅な切り下げで断念するしかなかった――。

当たっている部分もあるが、全く的外れな部分もある。まず中国の景気について言えば、減速にもかかわらず、事実上のドルペッグを行っているため、近年のドルの増価に連動し人民元の実効レート上昇が続いており、そのことがさらに経済の足を引っ張っている。

例えば、2014年年初から人民元の実効レートは名目で10.2%、実質で9.0%も上昇している。中国の金融緩和や財政投融資策が十分な効果を発揮できていない理由の1つは、人民元の実質実効レートの上昇が景気刺激効果を相殺していることがある。

「人民元は輸出刺激のために割安に誘導されている」という認識がこれまで少なくなかったが、そうした状況は実は早い段階で解消されていた。IMFも「実質実効レートで見ると、過去1年間の顕著な上昇により、人民元レートはもはや過小評価ではない水準(2015年5月)」と認めている。2011年年初から実質実効レートの推移を見ると、人民元は29.6%も上昇している。一方、ドルは16.6%の上昇、ユーロは8.2%の低下であり、円は31.5%も低下している。

我々は現在、中国経済の悪化で訪日客が減るのではないかといった心配ばかりしている。もちろん、中国経済が相当に悪化すれば海外旅行どころではなくなり、訪日客は減るのだろうが、現在起こっていることの因果関係は逆ではないだろうか。

つまり、人民元高で中国から日本など海外に需要の漏出が起こっているため、それが中国経済の減速に拍車をかけている、と考えるべきだろう。

<人民元改革とも合致>

低調な中国経済、そして経済状況に対応した中国人民銀行の金融緩和と整合的な為替レートの動きは、本来、人民元安である。人民銀行は昨年11月以降、4度の利下げを行っているのだから、市場実勢は人民元安だったはずだ。しかし、対ドルでの人民元の安定を図るべく、経済ファンダメンタルズに比し人民元を高めに維持していた。それが実態である。

事実、中国の外貨準備残高は2014年後半以降、減少傾向にある。内需が弱く経常黒字も拡大傾向にあるため、本来なら外貨準備残高は大幅に増加するはずだが、それでも減少したのは人民元を高めに維持すべくドル売り・人民元買い介入を続けているためだ。実勢よりも割高な為替レートを維持する結果、資本流出が生じているのだ。

過去1年の累計で見ると、経常収支は2914億ドルの黒字だが、外貨準備残高は2994億ドル減っている。ユーロ安や円安によって、ドルベースの外貨準備が目減りしたとも考えられるが、それを最大限考慮しても(2006億ドル)、3902億ドルの資本流出が生じたと見られる。実に経常収支黒字の1.3倍に匹敵する相当な金額だ。

市場メカニズムに委ね、経済ファンダメンタルズに合致した人民元レートとするのなら、それは対ドルでの人民元安である。今回の人民元切り下げは、日本のマスコミでの論調とは裏腹に、実は人民元改革に合致したもので、SDRバスケット入りに矛盾する政策とは言えない(もちろん、真に試されるのは、中国の利上げ時に人民元高を甘受できるのかということだろう)。

実際、今回の人民元の中間値の決定方式変更に対し、2―3年後のフロート制移行への必要な第一歩として、IMFは歓迎の意を表明している。競争的切り下げという批判は全く聞かれない。

<景気低迷なら人民元切り下げ観測再燃>

市場実勢に合わせるのなら、むしろ今回の切り下げ幅は小さ過ぎるというべきかもしれない。

実は、最初の切り下げが行われた8月11日に、筆者は過去1年間の実質レートの上昇を相殺するため、短期的には最大で累計10%程度の切り下げが行われるのではないかと考えていた。今のところ実際に行われたのは13日までの3日間で累計4.6%にとどまる。

これは他国への配慮なのだろうか。もちろん、人民元を対ドルで大幅に切り下げると、多くの新興国にショックをもたらすため、配慮があった可能性もあり得るが、国内経済への配慮が主たる理由だった可能性も考えられる。

例えば、継続的な人民元の対ドルでの切り下げ観測が広がれば、資本流出圧力が高まり、株式市場に一段の売り圧力をもたらすリスクがある。株安による実体経済への悪影響がさらなる資本流出圧力をもたらすスパイラルに陥るかもしれない。

少なくとも現段階で中国の株式市場では、日本のような通貨安=株高の構図は観測されていない 。もちろん、もうこれ以上、人民元が下がることはないと皆が確信するほどの大幅な切り下げが行われれば、資本流入が始まり、リスクアセットは大幅に上昇するが、それほどの人民元の切り下げとなると、今度は他国への悪影響が大きくなる。

中国の政策当局はアベノミクスに倣って、通貨安が株高につながることを当初は期待していたのかもしれない。反対に株安が生じたため、軌道修正し、切り下げを小幅にした可能性もある。

では、人民元の対ドルでの切り下げは、これで一段落したのだろうか。中国の経済状況次第だが、もし低迷が続くのなら、対ドルでの人民元切り下げ懸念は今後も再燃する可能性が高い。

重要な点だが、今後、米国の利上げが始まれば、それに伴いドル高が生じる。人民元の対ドルレートを維持しようとすれば、人民元の実質実効レートは一段と上昇、それが中国経済への強い下押し圧力となる。前述した通り、対ドルレートを維持するには、ドル売り・人民元買い介入が必要になるが、そのこと自体が人民元の流動性を吸収することになり、景気抑制効果をもたらす。金融緩和や財政投融資策を発動しても、割高な人民元となれば景気刺激効果は減殺される。

もちろん、今後、米国の利上げがそれほど進まず、またドルもそれほど増価しないということなら、対ドルでの人民元切り下げの必要性も小さくなる。あるいは、今後、中国政府が大規模な財政投融資策を打ち出し、中国経済が早期に回復に向かうのなら、同様に切り下げの必要性は小さくなる。政治闘争が続く中、政権基盤を強化するため、習近平政権が大規模な財政投融資策を発動する可能性は決して小さいとは言えないだろう。

ただ、腐敗撲滅キャンペーンの影響で現場が相当に委縮しており、財政投融資策が発動されても、執行が滞る可能性がある。また、中国経済の潜在成長率が大きく低下し、深刻な過剰ストック問題を抱えていることを考えると、財政投融資策が息切れすれば、経済は直ちに足踏みする。そうなれば、対ドルでの人民元切り下げ観測が再燃し、新興国の金融市場を中心に再び動揺が生じるかもしれない。

<問題の根は人民元のドル連動>

さて、中国経済が脆弱性を抱える中で、ドルに対し固定的な為替レート制を続けることは、米国の金融引き締めの効果を中国経済が輸入するということである。人民元の対ドルレートを切り下げると、デフレ圧力を各国に輸出するという話ばかりが行われているが(それは正しい)、一方でもし経済の低迷にもかかわらず、中国が人民元のドル連動を続ければ、そのことも大きなデフレ圧力をグローバル経済にもたらす。そして、中国向け輸出の減少やコモディティー価格の下落という形ですでにそれは生じている、というのが筆者の見方である。

理論的に考えれば、中国は明らかにドルの最適通貨圏ではないにもかかわらず、そうであるかのような為替政策を取っているため、米中の景気循環の方向性がかい離した際、ドル連動を止めるにしろ続けるにしろ、大きな問題が発生する。

そして、米連邦準備理事会(FRB)が米国の中央銀行だけでなく、あたかも世界の中央銀行のごとく、間接的にせよコモディティー価格を大きく左右しているのは、世界で2番目の経済大国となった中国が、ドル連動制を取っていることが大きく影響している。

実は、こうした現象は今に始まったわけではない。2007―08年のコモディティー価格急騰の際も、メカニズムは基本的に同じだ。国際金融危機に直面し、FRBはアグレッシブな金融緩和を開始したが、ドルに対し固定的な為替レート制を新興国が採用していたため、FRBの金融緩和効果が新興国に波及、先進国が金融危機に直面していたにもかかわらず、新興国の旺盛な需要によってコモディティー価格が急騰した。今度はFRBの引き締めが、固定的な為替レート制を通じ新興国の需要を抑制し、コモディティー価格を下落させている。

だとすると、FRBの利上げのインプリケーションは何か。幾度か利上げを行えば、その引き締め効果が新興国や資源国で強く現れるため、グローバルでインフレが抑えられ、結果的にFRBはそれほど引き締めを行う必要はないのだろうか。むしろ数度であってもFRBの継続利上げが新興国、資源国経済を混乱に追いやるため、世界経済が不安定化し、利上げが中断されるということかもしれない。

米国のグローバル企業を見ると、新興国ブームや資源ブームで潤っていた企業ばかりであり、米経済への影響も小さいとは言えない。世界経済の不安定性が増せば、一転、FRBはむしろ利下げに追い込まれる可能性もある。もちろん、その場合、日銀を含め主要国の中央銀行も自国通貨の大幅増価を回避するため、追加緩和に追い込まれる。

ところで、リーマンショック後、FRBのアグレッシブな金融緩和の効果が、中国をはじめとする新興国の固定的な為替レート制を通じて波及し、それが新興国ブームや資源ブームを作り出した。そのお陰で、米国をはじめ先進国経済は瀕死の状態からかなり早い段階に立ち上がった。しかし、そのブームは終わり、多くの新興国、資源国はすでに苦境に陥っている。一方で、自国経済が回復に転じた米国では、早晩、FRBが利上げを開始する。そのことは、新興国や資源国の苦境をさらに深刻化させる。

新興国、資源国だけが苦しい時代が続くのか、あるいは新興国や資源国が大きく落ち込むことで、先進国経済も再び苦境に陥るのか。早ければ来年の世界経済の論点になると思われるが、この点については改めて論じたい。

*河野龍太郎氏は、BNPパリバ証券の経済調査本部長・チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入行し、大和投資顧問(現大和住銀投信投資顧問)や第一生命経済研究所を経て、2000年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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