[東京 22日] - ドル円相場は1月末の日銀マイナス金利導入にもかかわらず急落を続け、2月11日には一時110円台まで円高が進んだ。その後は持ち直しの動きも見られたが、依然残る円の割安感やグローバルな不確実性の高まりを踏まえ、年内95円程度までの円高を想定している。
そもそも年初から10円以上の急激な円高が進んだのはなぜか。周知の通り、円は安全資産として世界的なリスクセンチメントの動向に左右されやすい。すなわち、リスクオフ局面では円高圧力が強まる傾向がある。
また、2012―14年の円安の結果、円はかなり割安な水準に達していた。円の実質実効為替レートは昨年6月にプラザ合意以来の円安水準に達し、購買力平価で見た割安感が強まっていた。
加えて、アベノミクス当初に大幅な悪化を示していた貿易収支も、昨今の原油安でほぼ赤字が解消されている。結果、所得収支黒字の拡大もあって、経常黒字は11年の震災前の水準を回復している。
さらに、日銀の金融緩和効果に対する疑念が生じた。昨年12月の緩和補完措置や今年1月末のマイナス金利導入にもかかわらず、円高が止まらなかったためだ。つまり、きっかけさえあればいつ円高に火がついてもおかしくなかった。
<リスクオフがきっかけで円高加速>
このように円高の条件がそろった状況下、ついに円高のきっかけが訪れた。2月に入り、欧州銀行部門への懸念や米連邦準備理事会(FRB)の利上げ観測後退が顕在化したのだ。これらが、従来からくすぶっていた中国の資本流出・人民元安や原油価格下落に新たな材料として加わったことで、リスクオフの流れが加速した。
海外投資家も円高見通しに転じており、米商品先物取引委員会(CFTC)が発表している建玉報告によれば、非商業(投機)部門の通貨先物ポジションは今年に入り、12年後半以降で初めての円買い超に傾いた。
中国・新興国の景気減速といった問題は構造的で早期解消が期待しづらく、今後も円高圧力を加え続けよう。しかも、過去を振り返ると、円安トレンドから円高への転換は急速に進む傾向が強かった。円の割安感が大きく、世界的なリスクセンチメントが悪化する局面ではそうしたトレンドが顕著で、現状はまさにその双方が当てはまると言えよう。
こうした状況を踏まえ、筆者はドル円が年内95円程度まで円高が進むと予想している。購買力平価に基づく中長期フェアバリューも95―100円程度となっている。
<グローバルリスクと政策当局のせめぎ合い>
この見通しには双方向のリスクがある。中国経済の急減速や地政学リスクの高まりなどで、一層深刻なリスクオフとなった場合、さらに円高が進む可能性は否定できない。12―14年の円安局面と異なり、グローバルな逆風の中での日銀緩和が円高を抑制する効果も限定的となろう。
一方、日本を含む各国政策当局が金融市場の混乱をただ静観するとは考えにくい。実際、今週末に中国・上海で開かれる20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議に向けて政策協調の可能性が焦点となっている。
ただ、主要国中央銀行のバランスシートがすでに高水準にあり、その多くがマイナス金利導入に踏み切っているほか、財政状況も全体的に厳しいなか、政策余地の限界に対する市場の疑念を払拭(ふっしょく)できるかが注目される。
むろん、主要国の政策協調が、投機筋のショートカバーを誘発する形で、リスク資産の反発をもたらす可能性もあろう。一部の国からは、新興国の資本規制を求める声さえ聞かれる。しかし、世界経済の基調的な減速や一部新興国の債務問題などへの本質的な解決策になるとは考えにくく、政策の限界を改めて露呈し、中長期的には市場の変動を高めることになるのではないかとの懸念は拭えない。
世界的なリスク動向と当局対応のせめぎ合いがテーマとなるなか、今年のドル円相場は変動の大きい展開が見込まれる。
*門田真一郎氏は、バークレイズ銀行の為替ストラテジスト。2008年にバークレイズ証券株式会社に入社し、調査部で銀行戦略調査および外債ストラテジーを担当した後、2013年から現職。海外拠点の為替・金利・経済チームとのネットワークを活かし、為替市場見通しのほか海外経済・政治動向などについて幅広い情報提供を行っている。米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)経済学部卒。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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