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コラム:米物価に不穏な兆し、ドル安示唆か=門田真一郎氏
2017年8月17日 / 08:10 / 3ヶ月後

コラム:米物価に不穏な兆し、ドル安示唆か=門田真一郎氏

[東京 17日] - 2011年から続いた長期ドル高トレンドは2017年初頭をピークに反転した。ドルの実質実効為替レートは2011年5月の底から2016年末までに4割近く上昇し、1990年代の長期ドル高に匹敵する上げ幅となっていたが、今年に入ってからは約8%下落し、ここ数カ月間は下落ペースが加速していた。

足元の下落の背景には、米国と他の主要国の金融政策見通しの格差縮小があった。実際、市場が今後1年間に想定する米連邦準備理事会(FRB)の利上げ幅が5月末の40ベーシスポイント(bp)から足元25bp程度に低下する一方、カナダ、オーストラリア、英国、スウェーデンなど他の主要先進国で利上げ観測が高まったほか、欧州中銀(ECB)の政策についても従来ほどハト派的ではなくなるとの期待が強まった。

今後ドルが高値圏で持ちこたえるのか、または早期に長期ドル安トレンドに本格突入するのかを占う上で、米金融政策の重要性が増している。

<物価下振れの原因を巡る議論が活発化>

FRBは6月米連邦公開市場委員会(FOMC)の四半期経済予測で年内に1回、2018年に3回の追加利上げを行う見通しを示していた。しかし、低調な米国の物価動向がこうした政策引き締め見通しにリスクを投げかけている。

実際、米国のコア物価は年初から急減速しており、FRBが政策上重視するコア個人消費支出(PCE)デフレーターも1月の前年比プラス1.9%に対し6月時点で同1.5%と2%目標から再び遠ざかっている。

こうした中、8月16日に公表された7月分のFOMC議事録では、低インフレを巡る議論の活発化がみられた。大半のFOMC参加者は「最近のインフレ減速の大半は個別要因によるもの」であり、「今後数年間に現在の低水準から持ち直し、中期的に2%目標で安定する」との認識を示しているものの、現在の想定よりもインフレが長期にわたり、2%目標を下回り続ける可能性や物価見通しのリスクが下振れ方向に傾いているとの懸念も示された。

最近の低インフレ・低失業の共存の理由としては、「資源圧力に対する物価の感応度の低下、自然失業率の低下、労働供給余力が失業率以外の労働市場指標でより良く測定できる可能性、労働市場引き締まりに対する名目賃金・物価の反応のラグ(遅れ)、テクノロジー発達で拍車がかかるビジネスモデルの革新とグローバル環境の変化を通じた価格設定力への制約」が挙げられた。さらに、フィリップス曲線の枠組みが「物価予測にさほど有用ではない」可能性も指摘されるなど、根本的な物価観を巡る議論も目立った。

FOMCは現時点で物価予測の枠組みに関するコンセンサスに至ったわけではないとみられるものの、こうした議論は政策反応関数の潜在的な変化を示唆している。これまでFOMCは失業率低下で確認される供給余力の縮小が将来的な物価上昇につながるというフィリップス曲線の枠組みの下で利上げを正当化してきたが、政策決定上の重点が供給余力からインフレ慣性や実現インフレ率にシフトする場合、今後の利上げペースは現在の想定を下回る公算が大きい。

<住居費鈍化でコア物価の足取り不安定に>

では、米国の物価低迷はいつまで続くのだろうか。市場でも広く認識されている通り、足元の物価減速は今春の携帯電話サービス価格急落などの一時的な個別要因による部分が大きく、こうした影響は来年前半にも剥落する見通しだ。よって、インフレは来年初め頃まで低迷を続けるものの、その後は徐々に持ち直していくと考えられよう。

しかし、中期的に懸念すべき兆候も現れつつある。それは今次景気拡大局面のコア・インフレ加速の屋台骨だった住居費が鈍化し始めたことだ。

住居費の前年比上昇率は2012年以降、全体のインフレを平均1.4%ポイント上回る形でコア・インフレをけん引してきた。こうした背景には、金融危機以降の米国ではサブプライム問題に絡む住宅差し押さえによって、持ち家比率が住宅バブル崩壊前(2004年)の70%近くから64%程度まで急落し、持ち家促進策の実施前の1990年代半ばの水準まで戻したことがある。この結果、持ち家を失った人々が賃貸物件へ転入したことで賃貸物件空室率が低下する中、家賃を中心とする住居費に上昇圧力がかかっていた。

加えて、若年層の借家志向や高齢化に伴う住居のダウンサイジング(広い持ち家から適度な広さの賃貸物件への移動)といった構造要因も賃貸需要を押し上げた。実際、2015―16年は950万の新規世帯が形成されたが、そのうちの大部分(約860万世帯)が借家入居世帯だった。

しかし、賃貸物件の供給拡大が続く中、昨年末を境に賃貸物件空室率が上昇に転じるとともに、家賃の上昇率も頭打ちとなった。家賃の先行指標であるREIS賃料データも先行き一段の減速を示唆している。労働市場の引き締まりがなかなか賃金上昇圧力につながらない中、家賃上昇率が一段と減速した場合、コア物価は中期的にも不安定な足取りを余儀なくされよう。

さらに、金融危機以降に平均してマイナス推移を続けている財価格の動向も焦点となろう。財価格はグローバルなトレンドの影響を受けやすく、足元では再び世界的なインフレの下振れ基調が強まっていることが懸念される。

筆者が計算している世界のインフレ・サプライズ(各国物価の市場予想からのかい離)は年初に数年ぶりの小幅なプラス(インフレ上振れ)に転じていたが、足元では再び大幅なマイナス(インフレ下振れ)に逆戻りしている。年初来のドル安が一定程度の押し上げ要因となるものの、財価格インフレについても楽観的な見方は難しい。

<米金融政策正常化のドル高効果は限定的>

筆者はFRBが9月FOMCでバランスシート縮小の決定を行った後、12月に25bpの追加利上げに踏み切ることを現時点では基本シナリオとしている。バランスシート縮小については、7月FOMC議事録でも「大半」が「翌会合(9月)」での判断を主張しており、同時期に期限を迎える債務上限問題でよほどの混乱がない限り実施される可能性が高いとみる。

ただ、バランスシート縮小自体はペースや時期も含め広く市場に織り込まれており、米金利やドルを押し上げる影響は限定的だと考えている。一方、物価下振れが継続した場合、年内の追加利上げが見送られるリスクや、来年の利上げが現時点のFRBの想定ほど実施されないリスクがある。市場の利上げ期待はそこまで高くないものの、物価基調の一段の悪化は長期ドル安トレンドへの早期の本格突入を後押しする材料となろう。

*門田真一郎氏は、バークレイズ証券のシニア為替・債券ストラテジスト。2008年にバークレイズ証券に入社し、銀行戦略調査および外債ストラテジーを担当、2013―16年にバークレイズ銀行で為替ストラテジストを務めた後、16年から現職。海外拠点の為替・金利・経済チームとのネットワークを活かし、為替市場見通しのほか、海外経済・政治動向などについて幅広い情報提供を行っている。米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)経済学部卒。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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