July 2, 2018 / 8:34 AM / 11 days ago

コラム:1930年代再来は杞憂か、貿易戦争4つのシナリオ=山田修輔氏

山田修輔 バンクオブアメリカ・メリルリンチ チーフ日本FX株式ストラテジスト

 7月2日、バンクオブアメリカ・メリルリンチのチーフ日本FX株式ストラテジスト、山田修輔氏は、貿易戦争において日本株が漁夫の利を得ることはもちろんのこと、相対的勝者となることも難しいと指摘。写真はトランプ米大統領、米ワシントンで6月撮影(2018年 ロイター/Yuri Gripas)

[東京 2日] - トランプ米大統領は1日、米メディアのインタビューで、カナダやメキシコと進める北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉について「選挙まで待ちたい」と述べ、結論を11月の米中間選挙後に先送りする意向を示した。

こうした中、6日には知的財産権侵害に対する制裁措置として米国が中国輸入製品340億ドル相当に追加関税を発動する予定である。

周知の通り、貿易戦争は日本経済と企業収益の成長という建設的なマクロ見通しに対する最たるリスク要因だが、紆余曲折を経て、足元で現実化する恐れが強まっている。7月は、文字通り、貿易戦争が勃発するか否かの「分水嶺」となりそうだ。

そこで本稿では、貿易戦争が起きた場合の日本経済、市場への影響を検討してみたい。

<日本株、漁夫の利は望み薄>

まず市場について言えば、貿易戦争において日本株が漁夫の利を得ることはもちろんのこと、相対的勝者となることも難しい。日本株の中では、自動車セクターが明らかな負け組となろう。

為替市場では、貿易戦争開戦となれば新興国通貨に対してドル高が進行する公算が大きい。論拠は、1)米国関税上昇の修正圧力としてのドル高、2)リスクセンチメント悪化に伴うドル高だ。ここで留意する点は、金融市場で「リスクオフ=ドル高」と解釈される地合いができていることである。

他方、日本円はファンディング(調達)通貨として、少なくとも一時的には全体的なドル高の流れに乗れず、クロス円はもちろんのことドル円にも下押し圧力がかかる展開を想定する必要がある。市場が米連邦準備理事会(FRB)の利上げ織り込みを後退させる事態に陥れば、ドル円下落は加速し得るだろう。

<懸念される日銀の緩和手段枯渇>

むろん、相対的な観点では日本株が貿易戦争に対して耐性を有するとの指摘もある。トランプ政権は日本を標的としておらず、日本経済の貿易依存度も低い。安倍政権は安定しており、経済ショックに対して財政によるマクロ政策対応が可能とみられている。だが、筆者はこの見方に対して懐疑的だ。

確かに、トランプ政権がこれまで主な標的としてきたのは中国、NAFTA加盟国のカナダ・メキシコ、欧州連合(EU)だが、保護主義的な姿勢が強まる中で、日本が例外であり続ける妥当性は見当たらない。

元来、日本の対米交渉力は同じく米国と同盟関係にあるEUに劣るとみるべきだろう。日本は経済力と軍事力においてEUに劣後し、日本の外交安全保障における対米依存は国際政治の舞台で際立っている。米国の対北朝鮮戦略の枠組みにおいて圧力をかける段階では日本の戦略的価値は高かっただろうが、米朝首脳会談を終えた今、その価値は低下している恐れがある。

また、日本の貿易依存度の低さに着目した楽観論も禁物だ。なるほど、国内総生産(GDP)統計上、日本経済は相対的に閉鎖的である。輸出の対GDP比は17%と、米国(12%)より貿易依存度は高いが、ユーロ圏(28%)や中国(19%)の数字を下回る。しかし、この統計は貿易戦争による日本株への潜在的影響を過小評価している。

日本貿易振興機構(ジェトロ)によれば、日本の上場企業の海外売上は着実に増加しており、現在は総売上の半分以上を占める。MSCI日本株指数における海外売上比率は40%超と、同種の欧州指数における同比率を下回るものの、米国指数および中国指数を大幅に上回る。

人口動態により国内の成長機会がいや応なしに制約される中、海外売上は日本企業の成長の源泉である。企業収益と輸出の密接な連動性はその点を浮き彫りにしている。

加えて、日銀の金融政策手段の枯渇も気掛かりだ。安倍政権の支持率はここ1カ月で回復してきており、確かに政権運営は欧州諸国と比較すれば安定している。しかし、FRBをはじめとする海外中銀が徐々に政策を正常化する中で、日銀の金融緩和手段の欠如は日を追うごとに深刻化している。これでは、仮に貿易戦争激化で景気が悪化した際に迅速な財政出動が行われたとしても、その効果を相殺してしまうかもしれない。

実際、金融緩和手段の欠落により円はリスクオフで買われる通貨となっている。貿易戦争はドル高要因となり得るが、それ以上に円高要因となり、ドル円とクロス円を押し下げる要因となるだろう。

<30年代の再来はテールリスクか>

さて、次に市場への影響について、貿易戦争の今後のシナリオ別にもう少し細かく考えてみたい。当社セクターアナリストの試算から判断すると、米中貿易戦争のみを通じた日本経済へのマクロレベルの影響は限定的となる見込みだが、それでも貿易戦争の程度によって、市場への影響は大きく変化することになりそうだ。以下、4つの主なシナリオ別に考察したい。

●シナリオ1:現状維持

米国が対中追加関税の規模を現在検討中の500億ドル規模にとどめる。NAFTA再交渉は合意には至らないが、11月の米中間選挙後まで当面は他国に対する関税引き上げが見送られる。

このシナリオでは、市場のマクロ見通しに甚大な影響は出ないが、長期的な不確実性により下振れリスクは残る。日本株とドル円の急回復は見込み難い。

●シナリオ2:貿易戦争が収束

米国が中国やEUとの通商交渉、そしてカナダ・メキシコとのNAFTA再交渉で夏までに合意する。よって、対日貿易摩擦も生じない。

このシナリオは今年度の日本経済にとって建設的であり、ドル円と日本株にとっては短期的にポジティブとなる。ドル円は112円、日経平均株価は2万3000円程度への回復が見込まれる。株式市場では、輸出関連と(景気の変動によって業績が上下しやすい)シクリカル銘柄、特に自動車株が当面回復すると想定される。

●シナリオ3:貿易戦争が激化

米国が対中追加関税の規模を500億ドルから2000億ドルに引き上げ、自動車関税を広範に25%に引き上げる。

このシナリオは、関税引き上げの規模によっては日本経済にマクロレベルの影響を及ぼし得る。当社の分析では、25%の自動車関税は日本のGDP成長率を0.5―0.8%押し下げるとみている。

ちなみに、自動車部門は昨年度に14兆円の貿易黒字を生み出しており、対米黒字の大半を占めている。日本車に対する直接関税(米通商拡大法232条に基づく米国の自動車関税)に加え、NAFTA域内のサプライチェーンを踏まえると、NAFTAを巡る動向も重大な影響を及ぼし得る。

当社の担当アナリストによる試算では、米自動車輸入関税が広範に25%まで引き上げられた場合、今年度の自動車メーカーの当期利益は計2.3兆円(38%)押し下げられ、カナダとメキシコからの輸入のみを対象に25%まで引き上げられた場合、計1兆円(17%)押し下げられる。また、自動車セクターは為替感応度が高く、貿易戦争の深刻化によるマイナス影響が増幅され得る。

このシナリオ3では、ドル円は短期的に105円までの下落を想定する。1株当たり利益(EPS)への影響は少なくともマイナス9%となる試算が弾かれているが、企業利益はGDPが示唆する以上の打撃を受ける可能性が高い。日経平均株価は2万円割れとなる公算だ。株式セクター内では、自動車セクターへの打撃が最も大きくなる。

●シナリオ4(テールリスク):1930年代の再来

日本を含む各国が国内産業保護のため関税を引き上げ、1930年代の「ブロック経済」に似た状況が再来する。

経済協力開発機構(OECD)の推定によれば、主要各国の関税が一律10%引き上げられた場合、平均すると2001年の世界貿易機関(WTO)譲許税率(加盟国が約束する関税率の上限)水準への引き上げに相当し、日本のGDP成長率は1.7%押し下げられる。

ドル円の下落幅については想定が難しいが、リスク回避と米利上げ織り込み大幅後退を背景に100円割れをひとまず想定する。この場合、東証株価指数(TOPIX)構成企業のEPSは平均20%弱押し下げられ、日経平均株価は株価収益率(PER)が5%低下する前提で考えて1万7000円まで下落する展開が想定される。

政策当局は財政拡張と金融緩和で対応しようが、金融政策が尽きている日本は後塵を拝すだろう。ただし、市場経済への甚大な影響に鑑みると、政策当局者がこのシナリオを回避するインセンティブは強いため、あくまでテールリスクと見なしたい。

日本は今のところ米国の保護主義の標的となっていないものの、貿易戦争の激化は日本株にとっては最大の下方リスクである。円のファンディング通貨としての地位は、このリスクに対する日本株の感応度を高める可能性がある。

山田修輔 バンクオブアメリカ・メリルリンチ チーフ日本FX株式ストラテジスト(写真は筆者提供)

*山田修輔氏はバンクオブアメリカ・メリルリンチのチーフ日本FX株式ストラテジスト。PIMCOをはじめとして米国の金融機関でマクロ経済、市場分析に従事し、2013年より現職。2005年マサチューセッツ工科大学(MIT)学士課程卒、2008年スタンフォード大学修士課程卒。CFA協会認定証券アナリスト。石川県小松市出身。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

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