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コラム:マイナス金利でも円安進行は期待薄=山田修輔氏
2016年2月8日 / 07:38 / 2年前

コラム:マイナス金利でも円安進行は期待薄=山田修輔氏

[東京 8日] - 日銀の「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」導入を受けて、円相場は乱高下している。今年は「円安派」と「円高派」に割れているが、日銀のサプライズ演出後も、二派のバランスは大きく崩れてはいないようだ。

ちなみに、筆者は「円高派」であり、今回のマイナス金利導入決定直後には、ひとまず円高の方向性を維持との見通しを示した。

もちろん、利下げという政策は通常であれば通貨安につながる公算が大きく、マイナス金利で何も変わらないと言い張るつもりはない。だが、以下に示すように、2016年という時間軸では「円高シナリオ」は大きく崩れないと考えている。

<リスクオフの円買いを抑制する効果はあり>

市場で起こった「とりあえず円安」の反応は、金利差拡大のインプリケーションで説明できる。日銀のマイナス金利導入により、短期金利の低下が予想される。また、投資家がイールドを追求する中、長期金利にも低下圧力がかかる。

歴史的に見ると、日米短期金利差とドル円の関係は0.1%ポイントの金利差に対して最大1―2%の変動となっている。日銀の利下げを受けて、金利差が最大20ベーシスポイント(bp)拡大すると推測すれば、1ドル=118円台から121円台という短期的な反応は妥当だ。

「量的・質的金融緩和」の限界が意識され始めている日銀政策が「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」へ移行したことで、確かに緩和余地を与えたし、円はユーロをはじめとするマイナス金利通貨と同じ土俵に立った。リスクオフの局面で、質への逃避フローが円に集中する流れを限界的に抑制する効果はあろう。

ただし、欧州を前例として、「日銀もあと数回利下げを遂行する余地があり、日銀限界説を打ち消す」と、断じるは時期尚早だろう。日本のマイナス金利の費用対効果を見極めるまでは、日銀の現実的な追加利下げの余地は見えてこない。少なくとも、スウェーデンのような欧州小国の金利水準(マイナス1.1%)を、指標と見ることは難しい。

<内需喚起なければ通貨安競争につながる恐れ>

今回の追加緩和の理由について、日銀は原油価格の一段の下落と、金融市場の不安定な動きによりデフレマインドの払拭(ふっしょく)が遅延するリスクを挙げている。為替レートへの直接的な言及はないものの、「金融市場の不安定な動き」とは、特に円高進行を指していると推測される。

マイナス金利が付されるのは、これから積まれる当座預金の一部であるため、実体経済への影響は不確かだが、市場にとっては限界的なコストが重要なので、金利水準には影響する。筆者は黒田プットの水準が1ドル=115円前後であるとこれまで推測してきたが、今回の緩和はそれを再確認させるものである。

しかし、それでも中期的な円安トレンドは再開しないと考える。論拠は以下の通りだ。

まず、今回の利下げが実体経済に大きな影響を与える可能性については、筆者は懐疑的だ。日本の銀行貸出は預金の8割弱にとどまっている。その大きな原因がローン需要の不足にあるとすれば、貸出金利の低下に対してどの程度信用創造が生まれるのだろうか。円高阻止によるインフレ期待低下の抑制効果は見込めるものの、インフレ期待を底上げできるか疑問である。

現に、債券市場で観測される期待インフレ率は上昇していない。為替レートが中期的に下落するには往々にして実質金利差の拡大が必要なため、今回の利下げが継続的な円安トレンドにつながる公算は小さい。

確かに、円金利が低下することで、運用収益には圧力がかかるので、円債から外債をはじめとする他資産へのポートフォリオリバランスのインセンティブは高まるだろう。ただ、昨年後半から収益性より安全性が重要な投資テーマとなっており、円高圧力をかけてきた。積極的なリスクテイクが加速する環境ではないため、「株より債券」「高金利より米債」「ヘッジ無しよりヘッジ付き」と、安全性が優先されるだろう。

また、円安に伴って日本株がいったん上昇しても、今回の緩和により日本の貸出や総需要が底上げされなければ、日本発のリスクセンチメント改善持続は期待しにくい。むしろ、円安が進行することで、アジア通貨に下押し圧力がかかり、通貨安競争に拍車をかけるリスクもある。

昨年後半からの「アジア通貨安、コモディティー安、株安」というネガティブな環境が再現すれば(ドル高に苦戦する米国経済の体力を考慮すれば)、日米金利差にはむしろ縮小圧力がかかることが予想される。

むろん、利下げが通貨安競争につながるか否かは、利下げにより対外的不均衡が調整されるか、拡大するかによるだろう。ただ、相対的に日本経済が安定しており、円が過小評価されている中、日本の需要喚起の効果が薄い利下げは、やはり通貨安競争につながる可能性を秘めているのではないか。

<極端な円高発生時には日銀緊急会合の可能性も>

さて、2014年10月の追加緩和に続き、今回も「完全なサプライズ緩和」となったことで、いったん後退していた「黒田日銀はサプライズ狙い」説が改めて確認された。為替レートへの感応度の高さも再確認されており、今後ドル円が115円台に突入、もしくは実効レートがさらに上昇した場合、市場は自然と追加の利下げを織り込んでいくだろう。

サプライズオプションを切ったことで、今後数カ月はサプライズ演出で緩和効果を増幅させるのは難しくなった。「中央銀行に逆らわない」は、14年までの投機筋の掛け声だったが、15年後半から明らかに潮目が変わってきている。その中でのサプライズが果たして短期戦術としても効果的であるかは、議論が分かれるところだろう。

また、付利を引き下げたことで、金融機関が日銀の国債買い入れオペに応じるインセンティブは低下し、日銀の量的ターゲット達成能力が疑われる危険性がある。中銀バランスシートの拡大は金融政策かい離の1つの指標となってきた。国債買い入れが札割れし始めると、日銀の政策フレームワークの不確実性が増加し、リスクセンチメントを冷やす公算が大きい。

加えて、歴史的低水準にある金利をさらに押し下げることで、ボラティリティー急上昇のリスクが高まっている。短期的に金利市場がドル円にとっても大きなリスク要因となろう。

マイナス領域への利下げは今後、日銀が円高に対抗する政策オプションを与えた。しかし、根本的な実体経済やリスクセンチメントへの影響は軽微であると考えられ、持続的な円安トレンドにはつながらないだろう。

また、金利ボラティリティー上昇、金融緩和の持続性、通貨安競争という、ドル円にとってのリスクを強めた側面がある。人民元下落を起点とした「新興国・コモディティー通貨安、原油安」という次元の高い調整圧力に、日本の金融政策で本質的に抗うことは困難だ。円高圧力がかかりやすい構図を転換することは難しい。極論を言えば、「円高派vs円安派」の違いは、日銀うんぬんではなく、外部環境の見方の違いではないか。

プラザ合意のような大規模な政策協調合意がなされなければ、ドル円については当面、引き続き円高リスクが高いし、金利ボラティリティー上昇につられて、ドル円のボラティリティーにも上昇圧力がかかろう。極度な円高が発生する状況では、緊急の日銀金融政策決定会合が開催されるリスクも念頭におきたい。

*山田修輔氏はバンクオブアメリカ・メリルリンチのチーフ日本FXストラテジスト。PIMCOをはじめとして米国の金融機関でマクロ経済、市場分析に従事し、2013年より現職。2005年マサチューセッツ工科大学(MIT)学士課程卒、2008年スタンフォード大学修士課程卒。CFA協会認定証券アナリスト。石川県小松市出身。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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