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コラム:絶つべきV字回復への誘惑、需要喚起策の強行は逆効果=鈴木明彦氏

[3日 東京] - 景気動向指数研究会が7月30日に開催され、2018年10月が景気の山と認定された。回復期間は71カ月で終わった。あと3カ月で戦後最長の景気拡大となったはずなのに残念というところかもしれないが、今回の景気拡大期間の経済指標の推移をみると、後退していると言った方がよい時期もあり、戦後最長などと胸を張って言える状況ではなかった。

8月3日、景気動向指数研究会で、2018年10月が景気の山と認定された。都内で2018年10月撮影(2020年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

実際、8%への消費増税前の14年3月が山の候補になって、同研究会で検討がなされたこともあった。微妙な判定で山には認定されなかったが、そうなっていれば、16カ月間という短い景気拡大で終わっていたことになる。

<信頼を失った政府の景気判断>

いずれにしても、18年10月が景気の山となったことで、政府にとっては居心地の悪い状況が生まれる。

毎月の政府の景気判断を示す内閣府の月例経済報告において、今年2月まで続けていた回復という判断が間違っていたことになる。いくら当初の景気後退が緩やかであったとしても、これだけ長期にわたって逆方向の判断を続けたことは、政府の景気判断に対する信頼を喪失させる。

もっとも、経済分析のプロであるはずの官庁エコノミストが経済の変調に気が付かないはずがない。アベノミクスによって日本経済は拡大を続けており、それを前提に消費税率を引き上げるという官僚としての「使命感」に縛られてしまったのかもしれない。

今年4月になって、政府は景気が急速に悪化しているという判断を示すようになったものの、その理由を新型コロナウイルス感染の広がりに求めていた。しかし、18年10月が景気の山ならば、新型コロナのせいにはできない。

<今回の景気判断は信用できるか>

ところで、月例経済報告の景気判断は、6月が「下げ止まりつつある」、7月には「持ち直しの動きがみられる」と上方修正されている。これは信じていいのか。

政府の毎月の景気判断は、景気が悪化するときは遅れてしまう傾向があるが、回復時には遅れることはない。足元の判断の上方修正は、主要経済指標の動きを確認しながら、という政府の景気判断の基本スタンスからすると、やや前のめりかもしれないが、おおむね妥当な判断と考えてよいのではないか。

18年10月が景気の山であったとすると、そろそろ景気が回復してきてもおかしくない。中国はじめ世界経済が再加速する中、昨年10月の消費税率引き上げ後の景気の落ち込みが谷を形成する可能性もあったと考えられる。

そこに新型コロナウイルスの感染が起こり、世界的に経済活動の停止という事態に見舞われた。これが景気にどう影響したか。

まず、景気が急速に悪化し、景気後退の谷が非常に深くなった。主要経済指標が軒並み急落したことで、政府は景気回復の判断を撤回、景気の山を認定せざるを得なくなった。つまり、新型コロナウイルスの感染の広がりは、景気後退をもたらした直接の原因ではないが、すでに続いていた景気後退にダメを押したことになる。

景気底打ちのタイミングも後ずれするが、こちらは2四半期程度の先延ばしではないか。感染を抑え込んだという中国をはじめとして、日本も含めて世界的に経済活動が再開してくるにつれて景気も持ち直してくるのは自然な流れだ。

<景気はもう回復している>

経済指標の動きを確認すると、6月は輸出も生産も前月比では久しぶりに増加に転じている。一方、在庫は3カ月連続で減少しており、在庫調整の進展を背景に生産が持ち直し基調に転じてくる環境が整ってきている。4―6月期までの在庫循環図を見るとそうしたサインがすでに現れている。

8月17日に発表される4―6月期の国内総生産(GDP)成長率は大幅なマイナスを避けられないが、景気の急速な悪化を示す経済指標はそれでほぼ打ち止めになるのではないか。5月を底に経済活動が戻ってきているとすると、これから発表される経済指標は景気の持ち直しを示すものとなろう。

経済活動の落ち込みが急激かつ大幅であったので、水準で見ると景気は非常に悪い。一方、回復の動きは出ており、方向としては景気はすでに良くなっている。夜明け前が一番暗いという言葉があるが、今は「夜が明けても真っ暗」という状況だろう。しかし、夜が明けたのは間違いない。

<L字ではないがV字でもない>

景気が回復しているのだから景気の先行きはL字型ではない。しかし、V字型でもない。ウイズコロナの時代には、日本の強さをしばらく封印せざるを得ないからだ。

3密を避ける新しい生活様式のもとでは、客が集まることによって売り上げを増やすことが歓迎されない。ニーズを捉えると同時に密になることを防ぐというのは工夫が必要だ。薄利多売ではなく厚利少売で稼がなければいけないが、これは簡単ではない。

インバウンドが増える中で高く評価されるようになった、心のこもったおもてなしもしばらくは控えざるを得ない。感染を防ぐための対策はおもてなしと相反する面がある。

新型コロナを契機にテレワークが一気に広がったことは悪い話ではない。しかし、日本の弱い部分が少しは欧米に追い付いてきたということであり、成長を促進する日本の強さとまでは言えない。

家でも職場でも仕事をできるということが、通勤時間を減らして生産性の向上につながるという見方もあるが、コロナ対策で半強制的に在宅勤務を強いられているのであれば、生産性の向上につながるとは考えにくい。ましてや、出社する人が減るのだからオフィスは狭くてよいと、スペースコストを削減するだけでは競争力が高まらない。

これまでの日本的な強さを発揮することが許されない状況では、V字回復は期待できない。夜が明けても日が高く上ることもなく、白夜のような景気が続きそうだ。なかなか上がらない太陽を少しずつ高くできるように新しい成長モデルを作り出していくことがこれからの課題となる。

<最大のリスク要因とは>

そんな悠長なことを言っていたら立ち行かない人や会社が出てくる。感染防止も大事だが、経済も大事だ、という指摘はその通りだ。しかし、経済活動の停止によるダメージを癒すのは社会保障の観点からの対策にすべきだ。

実際には、本当に困っている人にお金を支給するというのは難しい。また、こうした対策は、一人当たり10万円の特別定額給付金がそうであったように、膨大なコストがかかる。必要であっても躊躇(ちゅうちょ)する。それに比べれば呼び水的な需要喚起策は少ない予算で済むかもしれない。しかし、人々の不安が残るうちはV字回復が難しく、無理をすれば感染リスクが広がる。

景気の先行きにとって一番のリスク要因は、新型コロナの感染が拡大してくることだ。まさに今そういうことが起きようとしている可能性がある。もっとも、緊急事態宣言も解除されており、感染が拡大してくるだけでは、景気にそれほど影響はない。

景気の下押し圧力が高まってくるのは、感染の拡大を理由に再び経済活動の自粛を行うようになった時だ。しかし、経済重視という言葉に惑わされて、本当に必要になった時に経済活動の制限を避けることは賢明ではない。

経済活動をそのまま続けたり、ましてや政策的な需要喚起策などを強行したりしようとすれば、感染者が爆発的に拡大し、結果として経済活動が一段と冷え込んでしまう。これが最悪のシナリオだ。

そうなってしまうと、景気はちょっとやそっとでは持ち直してこない。景気回復にとって一番のリスク要因はV字回復の誘惑ではないか。

(本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています)

*鈴木明彦氏は三菱UFJリサーチ&コンサルティングの研究主幹。1981年に早稲田大学政治経済学部を卒業し、日本長期信用銀行(現・新生銀行)入行。1987年ハーバード大学ケネディー行政大学院卒業。1999年に三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2009年に内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、2011年に三菱UFJリサーチ&コンサルティング、調査部長。2018年1月より現職。著書に「デフレ脱却・円高阻止よりも大切なこと」(中央経済社)など。

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