June 14, 2019 / 3:18 AM / 7 days ago

コラム:対中貿易戦争で「米国勝利」は希望的観測か=鈴木明彦氏

[14日 東京] - 「米中貿易戦争は世界経済にとって大変困った問題だが、この際アメリカに中国をたたいてもらいたい」と思っている人は少なくないのではないか。実際、オフレコの懇談ではこの思いを口にする人が結構いる。

 6月14日、「米中貿易戦争は世界経済にとって大変困った問題だが、この際アメリカに中国をたたいてもらいたい」と思っている人は少なくないのではないか、と鈴木明彦氏は指摘する。

米中貿易戦争が続けば、日本企業に限らずグローバルに活動している企業は、いつどこで関税が上がるか分からないし、突然ある会社と取引してはいけないと言われるかもしれない。世界各地に生産拠点を展開し、最も効率的なサプライチェーンを構築することによって成長してきた企業にとって、極めて深刻なビジネス環境の悪化だ。先を読めなくなった企業の活動が委縮すれば、世界経済の潜在成長力は確実に低下する。

一方、中国では知的財産権がきちんと保護されず、先端技術やノウハウが流出しているのではないかという話はよく聞く。尖閣諸島を巡る問題で緊張が高まった2010年に、中国が日本に対するレアアース(希土類)の輸出を制限したことも記憶に新しい。

中国が、米国のことを保護主義的だと批判し、自分たちは世界貿易機関(WTO)の自由貿易のルールを尊重すると言っても、額面通りに受け取る人は少ないだろう。

こうした状況を考えれば、冒頭に述べたやや複雑な思いも分からないではない。ただ、その場合の大前提は、米中貿易戦争は米国が優位であり、中国はいずれ妥協せざるを得ない。つまり、最後には米国が勝つということだ。しかしこの想定は、そうあってほしいという希望的観測にすぎないのではないか。

<米国輸出の方が減っているという「不都合な真実」>

なぜ米国の方が強いと言えるのか。米国は中国から年間5400億ドル(約58兆5000億円)を輸入していて、そのうち2500億ドル相当に25%の高関税をかけており、残りの約3000億ドル弱にも高関税の適用を検討している。

一方、中国は1500億ドルしか輸入しておらず、高関税(5、10、20、25%の4段階)を適用しているのは1100億ドルと米国より少ない。残りは400億ドルにすぎず、中国の打つ手は限られるというわけだ。

しかし、より多く輸入して貿易赤字が大きい国の方が、貿易戦争では有利という説明に説得力はない。実際、米中間の貿易取引ではどちらも輸出が減っているが、米国から中国への輸出の方が大きく減っている。

中国が輸入している大豆や液化天然ガス(LNG)は他国からの輸入に代替可能だ。人民元の下落が関税引き上げの影響を緩和していることも考えられる。さらに、中国は米国製品の不買運動も含めて米国と戦う手段を持っている。

<国民の戦う意欲では中国に軍配>

米中対立が単なる貿易戦争ではなく、先端分野の技術覇権や安全保障を巡る戦いだという認識は正しい。

トランプ米大統領は、「米国に支払われた関税は製品コストにほとんど影響を与えておらず、ほとんど中国が負担してきた」とツイッターに投稿している。もしそうならば、輸入関税の引き上げは中国からの輸入削減を目指すというよりも、中国企業にダメージを与えるのが目的だったということになる。

米国は、中国が米国の覇権に挑戦することをあきらめさせ、経済規模で米国が中国に抜かれることを阻止したいようだ。だから、通信機器大手の華為技術(ファーウエイ)をはじめとして中国の先端的な企業の活動を規制し、封じ込めようとしているのだ。

しかし、貿易戦争から覇権を巡る戦いへと戦争が拡大しても、中国の戦う意欲は衰えない。報道によると、中国は、ハイテク分野などでの独自技術の輸出を制限する制度や、レアアースの輸出規制を検討しているようだ。こうした対抗策は、米国の封じ込め策に比べるとあまり効果がないかもしれない。それでも戦わなければいけないという中国の意志は固い。

習近平国家主席は、共産党が1934─36年に国民党軍から逃れて行軍した「長征」を引き合いに出して、米中貿易戦争の持久戦への備えを呼び掛けている。当時と今では国民の気質も変わっているだろうが、それでも戦う気持ちはまだ中国人の方が勝っているのではないか。

<米国は中国を分かっていない>

戦争に勝つには相手のことをよく知らなければならないが、米国は中国のことが理解できてないのではないか。最近になって米国は、WTOに中国が加盟して豊かになれば、民主化や自由化が進むと思っていたのは誤りだった、などと言っている。しかし、30年前に天安門事件まで起こして民主化を弾圧した中国が、所得水準が上がってきたから民主化を進めるとは到底思えない。中国を自由貿易の枠組みに入れて、ビジネスチャンスを拡大するための方便だったのかもしれないが、それにしても認識が甘い。

米国はもうだまされないと言っているが、今でも中国のことが分かっていないようだ。新聞報道によると、先月来日したトランプ大統領は安倍首相に「シンゾー、聞いてくれ。中国には困った。全然言うことを聞かない」と語ったという。関税を引き上げて脅せば中国が簡単に妥協すると思っていたのであれば、大きな間違いだ。中国は、メキシコやカナダのように経済成長のほとんどを米国向け輸出に依存しているわけではない。また、日本や韓国のように安全保障で米国に依存しているわけでもない。

中国は、1940年当時の日米関係に学んでいるはずだ。当時、米国はオランダ、英国、中国と一緒になって、石油など戦略物資の輸出を禁止するなど、日本に対する包囲網を形成した。資源のない日本で石油の供給が途絶えてしまうことは致命的ともいえる。いま米国が行っているハイテク分野での封じ込めが果たしてどれほどの効果を持つのかよく分からないが、中国から見ると想定の範囲内の出来事だったのではないか。

<「韜光養晦」は新たなステージに>

「韜光養晦(とうこうようかい)」は、中国を改革開放に導いた鄧小平が後継者に託したと言われる外交方針、あるいは遺訓とされている。その意味は、鷹が爪を隠すように、野心や力を表に出さず、低姿勢で臨むといったものだ。鄧小平が亡くなったのは1997年だが、当時はまだ中国は経済大国ではなく、韜光養晦の教えを守ることがWTOへの加盟につながり、大国への道を歩むことになる。逆に米国は中国の低姿勢にだまされたのかもしれない。

米国はもうだまされないぞと思っているだろうが、韜光養晦には「その時期が来るまでは」という意味合いもある。すでに大国となった中国はもう爪を隠す必要はない。今の中国は、「米国に勝つのは難しいが、負けない」という自信を持っているのではないか。

米ソの冷戦は終わったが、米中の新たな冷戦が始まったようだ。米国は、第2次大戦後は西側のリーダーとして東西冷戦を戦い、冷戦を制して世界の覇権国になった。その米国に、中国という新興国が挑もうとしている。米国は、中国に強い態度で迫り、封じ込めて、今のうちに覇権国への道をあきらめさせなければいけない、と思っているだろう。

しかし、中国の視点に立つとまったく違う発想となる。米国はここでも中国を理解できていない。中国には紀元前から中華民族による王朝があり、その後もほとんどの時代において世界第1位の大国であり、最先端の技術や武器を持っていた。中国から見れば、200年余りの歴史しかない米国の方が新興国だ。米国が中国のプライドを傷つけるような強硬な態度をとるほど、中国は反発する。

<中国の陣営の方がまとまっている>

冷戦の当事者である米中の陣営を比べると、中国側の方がまとまっているのではないか。米ソの冷戦時代にはあまり中国と仲がよくなかったロシアは豊富なエネルギー資源を武器に中国との連携を深めている。中東は、イスラエル寄りの姿勢を強める米国と距離を置き始め、協調減産などを通して同じ産油国であるロシアとの関係が密になっている。

多くの新興国にとってシルクロード経済圏構想「一帯一路」を通して中国から提供されるお金は魅力的だ。借りすぎには注意しないといけないが、欧米と違い、中国ならば、国が非民主的であることを理由に資金を打ち切られることはない。中でも資源が豊富なアフリカには一帯一路のネットワークが急速に広がっている。

これに対して米国側のまとまりはいまひとつだ。そもそも、米国は戦後自らが作り上げたWTOの意義を否定して、自分の同盟国であっても関税引き上げをちらつかせている。これでは、知的財産権の保護などで中国に問題ありと思っている同盟国であっても同一歩調は取れない。ファーウエイとの取引停止を求める要請に対する対応も足並みがそろっているとは言えない。加えて安全保障面でも欧米の間ですきま風が吹き出している。

米国側の絆が緩んできていることを、喜んで見ているのは中国であり、ロシアであろう。米中の対立は冷戦の様相を呈してきたが、前回の冷戦のように米国が勝つとは言えない。米中貿易戦争をはじめとする米中の対立が持久戦となるのはもちろん、最後は中国が勝つという結果になっても、決して「想定外」とは言えないのではないか。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

鈴木明彦氏 研究主幹 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(写真は筆者提供)

*鈴木明彦氏は三菱UFJリサーチ&コンサルティングの研究主幹。1981年に早稲田大学政治経済学部を卒業し、日本長期信用銀行(現・新生銀行)入行。1987年ハーバード大学ケネディー行政大学院卒業。1999年に三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2009年に内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、2011年に三菱UFJリサーチ&コンサルティング、調査部長。2018年1月より現職。著書に「デフレ脱却・円高阻止よりも大切こと」(中央経済社)など。筆者のツイッターアカウントはこちら

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編集:宗えりか

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