August 27, 2019 / 1:39 AM / 23 days ago

コラム:自由貿易は「強者の論理」から「競者の論理」へ=鈴木明彦氏

[27日 東京] - 第2次世界大戦後の日本経済の発展は、米国が主導したグローバルな自由貿易の広がりがなければ実現しなかっただろう。その米国が自由貿易に背を向け、世界貿易機関(WTO)の存在すら否定しかねない状況となってきた。日本は、保護主義的流れを押しとどめ、自由貿易を守るために立ち上がらなければいけない、ということになる。

 第2次世界大戦後の日本経済の発展は、米国が主導したグローバルな自由貿易の広がりがなければ実現しなかっただろう。その米国が自由貿易に背を向け、世界貿易機関(WTO)の存在すら否定しかねない状況となってきた。日本は、保護主義的流れを押しとどめ、自由貿易を守るために立ち上がらなければいけない、ということになる。今後の展望について鈴木明彦氏の見解(2019年 ロイター/Lucas Jackson)

しかし、「自由貿易を推進すれば世界全体の成長力が高まる」という経済学的主張や「自由と民主主義は守らなければいけない」という理念だけでは、自由貿易を推進することはできない。自由貿易では競争力の高い産業が発展する一方で、弱い産業は縮小し淘汰(とうた)される。内心、「自由貿易は強者の論理だから好きではない」と考えている人は少なくない。

歴史を振り返れば、自国の利益になる自由貿易を推進してきたのは圧倒的な競争力を持った覇権国だ。また、自由貿易の中身も時代とともに変わってきた。そうした事実を認識しないと、新しい時代の自由貿易を推進することはできない。

<19世紀型と20世紀型自由貿易の違い>

世界に先駆けて産業革命を進めた英国は、世界の工場としての高い競争力を背景に自由貿易を推進した。当時、小麦の輸入を制限していた穀物法が穀物やパンの価格上昇を招き、さらに貿易の停滞が工業製品の輸出にもマイナスに働くと考えられた。1846年の穀物法の廃止は、英国が自由貿易にかじを切った象徴的な出来事とされている。当時は、工業国が農産物輸入の自由化に踏み切ることが自由貿易の第一歩となった。

もっとも、19世紀型自由貿易は植民地主義と一体だった。1840年に始まったアヘン戦争は、中国に武力で開国を迫り、植民地化するという強者の論理だった。戦争後に結ばれた南京条約は、外国との交易を独占していた仲買商を廃止し、貿易を自由化する一方で、中国には関税自主権が認められない不平等なものであった。英国は自由貿易を推進するという名目で、植民地を広げながら自国の工業製品の市場を確保していった。

20世紀型自由貿易は、19世紀型自由貿易が関税引き上げ競争とブロック経済化に終わってしまった反省に立って、米国が主導した。米国は1899年に中国に対する門戸開放宣言を発表した。これは、欧州列強や日本による分割が進んでいた中国の主権尊重と中国内の港湾の自由使用(門戸開放・機会均等)を主張するものであり、米国の自由貿易の始まりと位置付けられている。

もっとも、その狙いは中国大陸の権益確保で出遅れた米国が、何とか中国市場に参入しようとしたことにある。20世紀型自由貿易も新たに強者となった者の論理として始まった。

20世紀に入って、2度の世界大戦で国土が戦場となることなく戦勝国となった米国は、経済・軍事大国として西側陣営のリーダーとなる。また、圧倒的な工業競争力を背景に戦後の自由貿易を推進することとなった。

米国は、西側世界の経済的枠組みとして、国際通貨基金(IMF)・関税及び貿易に関する一般協定(GATT)体制を作り、そこに参加する国々の合意の下、全世界的に関税を引き下げて自由貿易を推進した。

この枠組みがうまく機能した要因として、1)圧倒的な競争力を持った米国は自由貿易を推進することによって世界市場をものにできるという強い動機付けがあったこと、そして2)超大国になった米国には強力なリーダーシップを発揮して自由貿易を推進する力があったこと──が挙げられる。

さらに3)として、2度の世界大戦のような大きな戦争がなく、世界経済が安定的な成長を続けたことは幸いだった。自由貿易は、競争力の強い国と弱い国の格差を広げるが、世界全体の成長率が高まることによって競争力が弱い国でも所得が増えて、格差拡大に対する不満が軽減された。

<20世紀型の限界が見えてきた>

しかし、こうした要因が当てはまらなくなってきた。まず、米国以外の国々の競争力が高まり、米国製品が競争力を持つ分野が縮小してきた。恒常的に貿易赤字が続くのであれば、米国に自由貿易を推進しようという意欲が無くなる。

また、GATT、さらにその跡を継いだWTOの参加国が増加し、新興国の発言力が増して米国の意向が簡単に通らなくなってきた。米国は、WTOを支えるどころか、その存在すら気に入らなくなり、二国間主義に走っている。

さらに、世界的に高齢化が進み、経済成長力が低下している。パイの拡大が小さくなれば、競争力の弱い国の不満が高まり、保護主義的な政策が広がってくる。豊かな国であった米国ですら格差の問題で揺れている。

米国を抜いて世界一の輸出大国となった中国は、自分たちが自由貿易を推進すると言っている。しかし中国がやろうとしていることは、「一帯一路」という自分たちのルールが適用されるネットワークを広げることだ。米国に代わって多国間交渉で自由貿易を推進する気はなさそうだ。

<21世紀型を考える>

米中の貿易戦争はできれば回避したかったが、一度始めてしまった戦いは当分続くと考えた方がよい。一方、第2次世界大戦後の自由貿易の枠組みが機能しなくなっていたことも事実であり、今はこれからの自由貿易はどうあるべきか考える時だろう。

21世紀型自由貿易は関税率の引下げよりも、ルールの整備が重要になる。20世紀の貿易自由化によって関税の引き下げはかなり進んだ。国ごとに見ると高い関税が適用されている品目は残っているが、ここから先の関税の引き下げが貿易を促進させる効果は限定的ではないか。

むしろ、安全保障上の脅威、知的財産権保護のためと理由をつけて、関税を大幅かつ簡単に上げてしまうことが今の問題だ。関税率の操作を交渉の手段とすることを防ぐルールの強化が必要だ。

また、関税に限らず、投資活動、サービス取引、知的財産権保護、電子商取引など様々な分野でルールを整備していくことが重要なテーマとなる。21世紀型自由貿易は、「自由」というより「ルールに基づく」貿易と考えた方がよさそうだ。

ルールによる競争環境の整備を進めることによって、自由貿易は「強者の論理」から「競者の論理」に変わってくる。圧倒的な競争力を持つ国が先頭に立って自由貿易を推進するという過去のスタイルはふさわしくない。みなが納得するルール作りは難しいが、ルールより力を前面に出した米中が貿易戦争を続けている時でも、力よりルールという考えを共有できる国が集まって、新しい自由貿易のとりでを築いていかなければならない。

そのためには、機能不全に陥っているWTOの改革が避けられない。特に、紛争解決機能の強化はすぐに取り組むべき課題となるだろう。20世紀型自由貿易は米国が力で推し進めたものだが、そこで生まれたWTOは力よりルールの枠組みとして存在していた。21世紀型自由貿易を作っていくのは、貿易戦争を続ける2大国ではなく、WTOという組織であり、その枠組みの中で日本が果たす役割は大きい。

<日本だからできること>

日本は自由貿易の危機に対して積極的に行動すべきだろう。自由貿易の枠組みの中で競争力を高めてきた日本は、19世紀の英国や20世紀の米国とは異なる。日本が自由貿易を推進するのは、自国にとって有利だからではなく、それがルールに基づく競争の場を提供するということを理解しているからだ。

20世紀型自由貿易の出発点となったブレトンウッズ会議に日本は残念ながら参加できなかった。当時日本は米国との戦争を続けていたからだ。これに対して、21世紀型自由貿易はその誕生から日本が関わることができる。米中貿易戦争が続く今の状況が日本にとって大きな試練であることは間違いないが、70年前の無念を晴らす願ってもないチャンスでもある。

チャンスをものにするためには、経済大国としての厳しさが求められる。自由貿易を推進するのであれば、競争力の弱い分野を温存するという政策はふさわしくない。

「競者」の論理に立つならば、高関税や輸入制限によって競争力の弱い産業を保護する政策とは一線を画し、その競争力を高めていく工夫や努力が常に行われているような、活力あるビジネス環境の整備が必要となるだろう。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

鈴木明彦氏 研究主幹 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(写真は筆者提供)

*鈴木明彦氏は三菱UFJリサーチ&コンサルティングの研究主幹。1981年に早稲田大学政治経済学部を卒業し、日本長期信用銀行(現・新生銀行)入行。1987年ハーバード大学ケネディー行政大学院卒業。1999年に三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社。2009年に内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、2011年に三菱UFJリサーチ&コンサルティング、調査部長。2018年1月より現職。著書に「デフレ脱却・円高阻止よりも大切なこと」(中央経済社)など。筆者のツイッターアカウントはこちら

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編集:宗えりか

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