[東京 1日] - 28日発表された1月の鉱工業生産指数は、前月比3.7%という低下幅もさることながら、「一時的」や「特殊要因」とは言いづらい3カ月連続の前月割れとなり、国内景気の拡大がいよいよ終わりを迎え、後退局面入りが迫っていることを示した。
同時に発表された予測指数に基づくと、1─3月期の生産は前期比1.4%低下と2・四半期ぶりのマイナスになる見込みで、予測値が高めに出やすい過去のパターンを踏まえると、さらに下振れる可能性が高い。
仮に景気後退を回避できたとしても、多くの企業が来年度の事業計画を策定するこのタイミングでの足踏みは、設備投資や人員採用、春闘などを通じ、その後の景気に深いつめ跡を残すだろう。それは10月に予定されている消費増税10%への引き上げが景気に与えるリスクを高め、日銀の掲げる物価安定の目標達成を一段と困難にする。最悪の場合、デフレ脱却に向けたこれまでの努力を台無しする可能性すらある。
<外需に期待できず>
実際、国内景気を取り巻く環境は非常に厳しい。特に外需は、筆者が本コラムでたびたび指摘してきた通り、デレバレッジ(債務圧縮)政策に伴う中国景気失速の影響が顕在化しつつある。そこに通商などを巡る米中対立の影響が加わる上、米国が日本からの自動車輸入に関税を課したり、数量制限に踏み切ったりするリスクもある。そもそも、世界経済の回復ペースが加速するとは考えにくい中、外需は景気の足を引っ張らなければ「御の字」で、それ以上は期待できない。
もちろん、中国当局がマクロ経済政策で景気のテコ入れを図る可能性は否定しない。しかし、今の景気失速を引き起こしたデレバレッジの方針は依然掲げられたままだ。それが反腐敗運動と結びつき、政府は民間企業、とりわけ中小企業の支援に消極的で、景気テコ入れの効果は十分に行き渡っていないとされている。
これは度重なる金融緩和にもかかわらず、マネーサプライの伸びが鈍化していることや、調査対象に民間の中小企業が多い財新/マークイットの製造業購買担当者景気指数(PMI)が3カ月連続で50割れしていることと整合的だ。筆者は中国景気がマクロ経済政策によって底割れを回避できるとの見方に異論はないが、力強い反発は期待できず、緩やかに持ち直すのがせいぜいと考えている。
<インバウンドに急ブレーキ>
内需も油断できない。2018年10─12月期の実質国内総生産(GDP)は個人消費が2・四半期ぶりのプラスとなったほか、住宅は2・四半期連続で増加した上、伸び率も拡大した。設備投資は7─9月期から大幅に持ち直した。しかし、企業がこれから事業計画を下方修正することはあっても、上方修正することは期待しにくい。
実際、2月のロイター短観は製造業の景況感が前月比5ポイント低下、非製造業も同9ポイントの大幅低下となった。先行きは石油・窯業、電機、小売が大幅に反発するものの、それ以外の多くの業種で悪化が続く見込みである。
インバウンド消費も急速に不透明感が強まっている。1月の全国百貨店売上高は前年比マイナス2.9%。鉱工業生産と同様、トレンドの変化を示す3カ月連続の減少となった。このうち外国人観光客による売り上げは同7.7%減と、26カ月ぶりに前年を下回った。日本百貨店協会は「好調に推移してきたインバウンドも、主力中国の景気減速や免税品規制強化で苦戦した」と総括している。
<公共投資のタイムラグ>
頼みの綱は財政政策だが、実質ベースの公的固定資本形成(公共投資)は2018年10─12月期まで6・四半期連続の減少。国土交通省の建設総合統計の公共工事費は2018年12月まで8カ月連続で前年を下回った。相次ぐ自然災害で復旧・復興事業の増加が予想されたことを踏まえると、にわかに信じがたい数字だ。
もちろん、災害対応が盛り込まれた今年度の第1次補正予算が成立したのは11月7日で、その効果が出てくるのはこれからだ。しかし、政府の月例経済報告によると、公共投資は昨年11月まで「底堅く推移している」と判断された後、12月には「このところ弱含んでいる」、今年2月には「弱含んでいる」へと下方修正された。政府は「次第に補正予算の効果の発現が期待される」としているが、そのタイミングはいつになるのだろうか。
公共投資の効果がいつ顕在化するかは、10月の消費増税の影響を考える上でも重要だ。政府は前回2014年4月の増税時に合わせ、事業規模約18兆6000億円の経済対策を取りまとめ、景気の下振れリスクに対応しようとした。当時は専門家の多くが十分な規模と評価したにもかかわらず、景気失速を回避できなかった。
<複雑な増税対策>
今回の消費増税は引き上げ幅が2%で、変化率も前回を下回るため、影響は軽微との見方が少なくない。幼児教育の無償化や年金受給者への給付金支給、軽減税率、キャッシュレス決済へのポイント還元など、安倍晋三首相は「(消費増税分を)すべて国民に返すレベル」で対策を講じたと、万全の姿勢で臨む姿勢をみせている。そこに国土強靭化という防災対策も加わるため、「大盤振る舞い」などと批判が出るほどだ。
しかし、2014年4月に実施された消費増税や、昨年の災害復興の対応を見ると、公共投資の効果が顕在化するタイミングは不確実性が高い。政府予算の公共事業関係費とGDP上の公共投資の関係を見ると、2010年度までは連動していたが、2011年度以降は不安定化。とくに2014年度以降は、予算どころか、実際の予算執行が公共投資として顕在化し、景気を押し上げるタイミングも明確でない。
軽減税率の複雑さは言うまでもない。ポイント還元という制度を聞いたことはあっても、詳細を理解している人はどれだけいるだろうか。さらに年間契約など、増税の前と後をまたいで行う取引について、税率が据え置かれる「経過措置」という制度もある。大企業はすでに専門家に相談し、契約ごとにこの措置が適用されるかどうかを検討している可能性が高いが、中小企業がどこまで把握しているか不明だ。
<財政再建はデフレ脱却後に>
筆者はそもそも、財政再建はデフレ脱却後に取り組むべきだと考えている。デフレ下の増税は経済に大きな負荷をかけ、若年層から就業機会を奪い、企業に蓄積された従業員の知識やスキルの流出を招き、企業と企業の結びつきを壊す。短期的に個人の人生に暗い影を落とすだけでなく、長期的に国の生産性を圧迫する。
しかも、今回は景気後退の足音すら聞こえている。前回、前々回の経験から、財政政策が頼りにならないことは確認済みだ。日銀を含め、2014年増税時の影響を読み間違えた人たちから「万全だ」と言われても、とても安心はできない。
(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメントなどを経て2016年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネジャーとしての経験を活かし、経済、金融市場、政治の分析に携わる。共著に「アベノミクスは進化する」(中央経済社)
(編集:久保信博)
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