January 30, 2018 / 7:50 AM / 10 months ago

コラム:ドルを「安売り」してはいけない3つの理由=井上哲也氏

[東京 30日] - ムニューシン米財務長官によるダボス会議での「ドル安歓迎」発言は、欧州やアジアからの厳しい批判もあって、結果的には修正された形となった。

ただ、トランプ米政権にとっては、秋の中間選挙が徐々に迫る中で、主要な経済政策としては税制改革だけしか実現していないだけに、国内産業に対する政治的なアピールの観点から今後もドル安カードに頼りたくなることは十分に想像される。

しかし、米国にとって今やドルを「安売り」すべきでない理由を挙げることは比較的簡単である。

<国内金利の上昇>

第1に、すでに勢いのあるドル安に拍車をかければ、輸入物価を通じて国内のインフレを加速させることになる。

日本のように低インフレに悩んでいる状況であれば、輸入インフレも朗報かもしれないが、米国経済の景気局面は明確に異なる。つまり、労働市場が長期失業率を顕著に下回って推移する中で、賃金上昇は次第に明確になっている。

これに輸入インフレが加われば、米連邦準備理事会(FRB)の利上げも現在の想定ペースを速める必要が生ずる。これは、米政権がFRBのパウエル次期議長(2月4日就任予定)に託した緩和的な金融環境の維持と相いれない。

しかも、FRBがもし政治的要因のために適切な利上げを実施できない事態に陥れば、金融市場ではインフレ加速リスクを織り込む形で長期金利の上昇を招くことになろう。いずれにしても、米国経済にとって決して良い話ではない。

<財政ファイナンスへの支障>

第2に、ドルに中期的な下落トレンドができると、海外投資家による財政赤字のファイナンスにも支障をきたす恐れがある。

日欧と同様に米国の財政も、高齢化とそれに伴う社会保障の負担増加を主因に、長期的に悪化傾向をたどることが予想されている。例えば、議会予算局は昨年夏に提示した見通しの中で、10年後の2027年には財政赤字の対国内総生産(GDP)比率が(現在の約77%から)91%を超える水準まで拡大するとした。

その上、昨年末に成立した税制改革により、米国の財政赤字は今後10年間で少なくとも1.5兆ドル(名目GDPの10年間の累計額の約6%相当)増加する。同時に、FRBがすでに着手したバランスシートの削減も、今後は徐々に加速し、年末には米国債だけで年間3600億ドルのペースに達する。

このように、米国債は財政赤字の拡大による増発に加えて、FRBの退出に伴う分も含めて、新たな買い手が必要な状況が出現している。もちろん、これまでのように世界の資本フローが米国に向かっていた状況が維持できれば、米国債のファイナンスもそう難しいことではない。しかし、少なくとも欧州では欧州中銀(ECB)が金融政策の「正常化」に歩を進めることで、米欧の金利差は米国に有利であり続けるとは限らない。

また、足元でみられているように、米国の投資家も資産価格のバリュエーション面から米国資産から海外資産への分散投資を進めることも考えられる。

この間、米国では家計支出が拡大する中で貯蓄率は再び顕著に低下し、直近(昨年第4四半期)には3%を割り込むなど、金融危機前の水準に戻った。企業の貯蓄も、多国籍企業などによる巨額のキャッシュ保有に惑わされがちであるが、マクロ的には設備投資の回復や一部企業でのレバレッジ拡大によって、すでにマイナスである。つまり、マクロバランスの面で見て、米国の財政赤字をファイナンスする上で海外からの資金が必要な構造には何ら変わりがない。

そうした中で米政権がドル安誘導を行うようでは、海外投資家の米国債に対する投資意欲も当然減退するだけに、財政赤字のファイナンスを難しくすることにつながる。しかも、そうしたリスクが意識されればドル安と米国の長期金利上昇が一段と進むという意味で、金融市場だけではこの問題を解決できなくなる可能性がある点でも、この問題はかなり厄介だ。

<国際通貨としての地位低下>

第3に、より長い目で見た場合、ドルの国際通貨としての地位の低下につながることも考えられる。

この点は、過去に何度も俎上に上ったが、その度にドルが「しぶとさ」を発揮したことは事実である。しかし、今回は様相が違うかもしれない。例えば、欧州では、ユーロ圏統合のモメンタムを再強化する動きの中で、欧州共通債の構想が進んでおり、欧州委員会の目論見通りに事が運べば、巨大な統一債券市場が近い将来に出現する。このことは、ユーロの国際通貨としての地位を「価値の保蔵機能」の面で大きく高める。

一方、中国は国際収支(資本勘定)の自由化にはなお慎重なので、人民元の国際通貨としての地位が「価値の保蔵機能」の面で高まるには時間を要する。しかし、アジアだけでなく欧州も含めた「一帯一路」構想が多くの賛同を得ながら加速しているだけに、人民元の国際通貨の地位は「決済手段」の面で高まっていくことが予想される。

こうした変化とともに、世界の通貨当局が保有する外貨準備(その大半は日中を含むアジア諸国にある)においても、ドルに対する需要はさまざまな理由で変化し得る。例えば、アジアが中国を中心とするサプライチェーンやバリューチェーンの中で各々の役割を分担し合う関係が進化すれば、貿易面での不均衡は解消に向かい、最適な外貨準備の水準自体が縮小するかもしれない。同時に、欧州も含めて各々のブロック内での経済関係が深化すれば、ドルの保有シェアも現在のように高く維持する必要性は減退し得る。

米国は自国通貨が国際通貨であることで(相応の責任も伴ったが)大きなメリットを享受してきた。輸入にしても財政赤字にしても、自らの債務を自国通貨で最終的に弁済できることの大きなメリットは、新興国の通貨危機を想起すれば容易に理解し得る。

多くの財やサービスの価格がドル建てで取引されることで、海外のインフレやデフレも幾分かは遮断できる可能性がある。そして、FRBの金融政策は、世界に存在する巨額のドル建ての金融資産の価格に直接的な影響を与え得ることで、世界の金融経済を巻き込みながら比類ない政策効果を発揮できる。

ドルの国際通貨としての地位に対する本格的な挑戦が展望される現在、少なくとも米政権にとって、こうしたプロセスを自ら加速する選択肢は合理的でないはずである。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融ITイノベーション研究部長。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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