July 25, 2018 / 8:20 AM / 24 days ago

コラム:トランプ砲より重いドル円下落要因=井上哲也氏

[東京 25日] - ドル円相場に関しては、過去のトラウマもあって夏には円高に振れやすいという「季節性」が意識されることが多い。市場では今年も、これまでの円安傾向の「潮目」が変わる可能性が意識され始めている。

 7月25日、野村総合研究所の井上哲也氏は、市場の関心はトランプ大統領(写真)の派手な発言に向かいがちだが、日米双方においてその背後で浮上してきたドル円下落要因はファンダメンタルな性格のものだと指摘。写真は都内の金融機関で2017年2月撮影(2018年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

まず、トランプ米大統領が19日のインタビューで、米連邦準備理事会(FRB)による利上げを「喜ばしくない」と明示的に批判したことで、米国市場では金融政策の「正常化」が影響を受けるのではないかとの懸念もみられる。しかし実際には、第2四半期入り後は景気拡大ペースが加速し、物価上昇もむしろ明確になっている。それだけに、FRBが利上げペースを鈍化させることは考え難いし、米国市場もそうした姿勢に支持を与えているようにみえる。

ただし、FRBの金融政策に関しては、こうした政治環境よりもファンダメンタルな面から注目すべき点が浮上してきている。

第1にイールドカーブのフラット化が持つ意味合いである。中短期ゾーンの金利が当面の景気や物価とそれを映じた利上げの展望によって上昇してきたのは自然な動きだ。フラット化の本質は長期ゾーンの金利上昇が鈍い点にある。

その理由に関しては、国債管理政策やFRBによる大量の国債保有といった技術的要因が指摘される一方、米連邦公開市場委員会(FOMC)の議事要旨をみても、長期のインフレ率や経済成長率に関する期待の停滞といったファンダメンタルな要因を疑う見方も強い。後者が正しいとすれば、政策金利の中立水準も想定より低くなり、従ってFRBによる利上げは3%に達する以前に止まることになる。

第2にFRBのバランスシートの規模に関する見通しの変化だ。パウエルFRB議長が18日の下院の議会証言で認めたように、銀行券や当座預金に対する需要は想定より強いようだ。

FRBは、保有している米国債や住宅ローン担保証券の償還に対して再投資を抑制することで資産側からバランスシートの削減を進めているが、負債への需要が予想外に強いようだと、資産の削減にはより早期に歯止めがかかることになる。

パウエル議長はバランスシートの規模に関する具体的なめどは示さなかったが、こうした発言を行う以上は内部でさまざまな推計を行っている可能性は高い。米国市場では、FRBのバランスシート規模は3兆ドル台の後半(つまりピーク比1兆ドルにはるかに及ばない削減)で落ち着くとの見方も示されている。

これら双方の要素は、米長短金利の今後の上昇余地は少ないという推論を導くことになり、為替との関係ではドル安材料として意識されることになる。

<日本の金融政策も円高方向の材料に>

日銀の金融政策に関してはトランプ大統領のドル安政策に対する懸念がみられる。実際、11月の中間選挙も意識しつつ実現を目指した貿易赤字の削減は、主な貿易相手国による抵抗だけでなく、自ら具現化した減税によって国内景気拡大が加速することによって困難となる。

そうした中、トランプ大統領は今回の20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議を前に不満の矛先を再びドル高へ向けた。しかし、少なくともこれまでの標的は中国と欧州であり、インフレ率が極めて低い日本は皮肉なことに金融緩和の必要性を強く正当化し得る状況にある。

ただし、日本の金融政策に関しても、こうした外部環境よりも、むしろ国内のファンダメンタルズの面で注目すべき変化が現れ始めている。

第1に超低金利環境が金融仲介に与える影響に対して懸念が強まっている。日銀の分析によれば、地域銀行(地方銀行と第二地方銀行)の2017年度決算では、貸出利ざやの縮小に歯止めがかからず、有価証券関連の利益で何とか補う状況にある。

むろん、こうした収益性の弱さは、経費構造やビジネスモデル、地元経済といった構造的な問題に起因する面がむしろ大きいが、平時にもかかわらずコアビジネスの収益に不安が生じる事態は異例だ。地域銀行は地元の企業や家計と幅広い取引関係を有するだけに、今後の展開によっては地方経済にシステミックなストレスを与える可能性もある。

第2に次の景気後退への対応力確保の重要性が高まっている。日銀がこれまでの展望レポートで示唆しているように、消費税率の引き上げや設備投資の循環といった国内要因だけに着目しても、2019年度の後半からは景気拡大ペースの鈍化が見込まれる。

リーマン・ショックの際に金融システムが盤石だったにもかかわらず、日本の経済成長が大きく落ち込んだ理由の1つは、政策対応余力の乏しさにあった。それだけに、次の景気後退への対応力を確保することは重要である。

もちろん、足元の物価をみればFRBのように政策金利で「のりしろ」を確保することは現実的でないが、日銀にとっても資産買い入れの面では工夫の余地も残る。

これら双方ともに、日銀は状況をみながらイールドカーブ・コントロールの目標水準や資産買い入れのペースといった政策変数を調整する可能性があるとの推論を導くことになり、為替との関係では円高方向の材料として意識されることになる。

<悪い話ではないドル高の微修正>

市場の関心はトランプ大統領による派手な発言に向かいがちだが、日米双方においてその背後で浮上してきた要因は金融政策に関わるファンダメンタルな性格のものである。

それらは政治要因のように急展開する可能性は低いとしても、中間選挙の終了とともに沈静化するといった類いのものでもなく、持続的な影響を与えることが予想される。

一方で、ドル円相場の「潮目」がドル安・円高方向に変化しても、市場も政策当局も冷静に対応すべき理由が存在する。まずは、現在の円相場の水準は実質実効レートでみて2016年初や2014年末ごろと同じであり中長期的にも十分低い水準にある。

ドル円相場だけに着目しても、現在の水準は、例えば内閣府のアンケート調査が示唆する事業法人の採算レート(100円前後)と比べても相応の「バッファー」を持っている。

また、円高になれば輸入物価の下落を通じて国内インフレを抑制する効果を持つこと自体は否定できないが、そのことが2014年秋のようにインフレ期待の安定に大きな脅威になることも考え難い。なぜなら、国内景気は当時より堅調であり、世界経済の安定が前提ではあるが、原油を含む商品価格が大きく下落することも考えにくいからである。

さらに言えば、ドル円だけでなくユーロドルなども含めたドル高に若干の修正が生じることは、新興国通貨の下落に対する圧力を多少なりとも緩和することも期待される。過去の経験則によれば、国際金融システムの安定に関する懸念が生じたケースでこそ加速的な円高が生じやすいだけに、新興国通貨に対する見方が落ち着くことは円相場にとっても決して悪い話ではない。

冒頭にみたドル円相場の夏の「季節性」も、日本の投資家や企業によるリパトリ(資金の本国還流)や利益確定に関する思惑に海外の短期投資家が乗じた面が強かった印象を受ける。いずれにしても、ドル円相場の安定にとっては、国内のプレーヤーによる冷静な対応が鍵となるわけである。

井上哲也氏(写真は筆者提供)

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融イノベーション研究部主席研究員。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

(編集:麻生祐司)

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