[東京 11日] - 驚きの結果に終わった米大統領選を受け、ドル円相場は約3カ月続いていた100―105円を中心とするレンジを上抜け、予想外に上昇した。米長期金利が急騰し、日米10年金利差が拡大していることが主因と考えられる。非常に強かった過去2カ月間の相関からすると、ドル円にはもう少し上値余地があるようにも見える。
今後の水準としての目安は、7月につけた107円台半ば近辺だろう。これを短期的に上抜ける可能性が排除できないと考えるが、上抜けして、さらに1円程度上昇し、そこでドル円の上昇期待が非常に高まった辺りがピークになるのではないかと見ている。
日本側の要因は、ドル円が急騰した2012年から14年までとは状況が全く異なる。したがって、ここからの円安余地は限定的で、ドル円の一段の上昇にはドル高が必要になるが、現在の環境を考えるとドルの上値も限定的だろう。
ドル名目実効レートはすでに今年1月につけたピークに0.2%のところまで迫っている。前回この水準までドルが上昇する過程で、米国製造業の景況感は著しく悪化し、米供給管理協会(ISM)発表の製造業景気指数は48.0とリーマンショック以来の水準まで落ち込んだ。
ドナルド・トランプ次期大統領は米国の製造業を守ることを最優先課題の1つとして掲げて当選している。ドル高に拍車がかかると、通貨高を懸念する発言が飛び出してくる可能性もある。日本で当局者が「円は安すぎる」と発言したら簡単に円高になることが予想されるように、米国で当局者が「ドルは強すぎる」と発言したら簡単にドル安となる。日本は経常黒字・対外純債権国であり、米国は経常赤字・対外純負債国であるがゆえの構図だ。
<「トランプリスク」再浮上の可能性>
トランプ氏の当選可能性が高まってきたときに、市場参加者がリスク回避志向を強め、株が売られ、円が買われた理由は、トランプ氏が極端に保護主義的な政策を掲げ、中国を為替操作国に認定し、不法移民を強制退去させるなどといった政策を主張していたからだ。
しかし、当選が確定した際の勝利宣言で、トランプ氏はこうした過激な政策には触れず、耳障りの良い言葉を並べ、極めてまともな内容の演説を行った。これにより、市場はトランプ氏の政策の中で景気にポジティブな側面、つまり減税やインフラ投資の拡大に目を向け、リフレ的な反応をしたと考えらえる。上下両院で共和党が過半数を取り、こうした政策が実現する可能性がある程度高まったと受け止められたことも影響しているのかもしれない。
もちろん、トランプ氏はどこかの時点で、自分に投票した人を喜ばせた「市場にとっては耳障りの悪い主張」に触れなければならなくなる。議会もトランプ氏の主張を全て受け入れるとは思えない。そのとき、市場は再び、なぜトランプ氏の当選確率が高まった際にリスク回避モードになったのかを思い起こすことだろう。
日本に対する態度も注目される。トランプ氏は今年初め、「私の友人たちは、今ではコマツのトラクターを買っている。円安誘導のせいでキャタピラーのトラクターを買えなくなったからだ」と発言した。確かに米国は日本にとって最大の輸出相手国であり、対米貿易収支は黒字だ。だが、日本の米国からの輸入も中国に次いで2位だ。
確かに日米貿易摩擦が激化した1990年代前半、米国の貿易赤字に占める対日赤字の割合は50%を超えていた。しかし、今ではその割合は10%を切っている。トランプ氏がその事実を理解しているのかは本人にしか分からない。
<ブレグジット後もドル円反発後に下落>
ところで、米大統領選の前、多くの市場参加者は、トランプ氏が大統領選に勝利したら、6月23日の国民投票で欧州連合(EU)離脱を選んだ英国ショック(ブレグジット)と同じような動きになることを懸念していた。
実は、ブレグジット前と今回の米大統領選前で似たような現象が起きている。それは、1カ月物のドル円リスクリバーサルが3%近くまで極端に円コールオーバーに傾いていたことだ。
ブレグジット前を振り返れば、6月16日にドル円が105円を下抜けしたため、円高懸念が高まったのは事実だが、その後104円台でしばらく推移していても、3%近くの円コールオーバーにとどまっていた。今年2月初め、日銀がマイナス金利を導入した後に10日程度で120円台から一気に111円まで急落した際も同程度まで拡大したが、このときは明らかに実際にドル円が急落したことに反応していた。
つまり、ブレグジットのときも米大統領選のときも、オプション市場ではあらかじめリスク(ドル円の急落)に備える動きが取られていた可能性がある。だからこそ、そうしたリスクが顕現化した際に、そのポジションを閉じるために、急速にドル円が買い戻された可能性も考えられる。
実際、前回ドル円が107円台まで上昇したのも、ブレグジット後の反発局面である7月中旬だ。もし、今回もブレグジット後と同じ現象が起きているのならば、この後のドル円の反落スピードが速くなる可能性もある。
当社はトランプ氏が当選しても、以前同様、米連邦準備理事会(FRB)が12月13―14日の連邦公開市場委員会(FOMC)で利上げを決定すると予想している。昨年も12月に利上げが行われたので、記憶に新しいが、通常、米国の長期金利やドルは利上げの前後がピークとなり、利上げが行われると反落する傾向にある。今回も同じような動きをするのならば、そろそろ米長期金利もドルもピークアウトして反落に向かう可能性は低くないと考える。
筆者にとって、今回のドル円相場の急反発は予想外の動きだったが、ここからの上昇余力は限定的で、今後1カ月以内には反落すると予想している。
*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。
(編集:麻生祐司)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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