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コラム:ドルはなぜ年初来「最弱通貨」なのか=佐々木融氏
2017年2月23日 / 10:32 / 9ヶ月後

コラム:ドルはなぜ年初来「最弱通貨」なのか=佐々木融氏

[東京 23日] - 2017年もすでに2カ月が過ぎようとしているが、年初来の主要10通貨のパフォーマンスを見ると、最も強い通貨はオーストラリアドルとなっている。その強さは圧倒的で、2番目に強いニュージーランドドルに対しても2%超上昇している。ちなみに、円はノルウェークローネに次いで4番目に強い通貨だ。

一方、最も弱いのは米ドル(以下、ドル)である。9番目に弱いユーロとの差は縮まってきてはいるが、それでもほぼ一貫して年初来「最弱通貨」となっている。

当社は、米国がトランプ大統領の下で保護主義的なスタンスを強める結果、ドルは少なくとも円やユーロのような資本調達通貨に対しては下落すると予想しているが、今のところドルは全ての主要通貨に対して下落している。

筆者は、トランプ大統領の保護主義的なスタンスだけでなく、他にもいくつかドルが弱くなる要素があると見ており、それらの一部がすでに今年のドルの弱さにつながっているのではないかと思う。本稿では、そのいくつかの要因について指摘したい。

<米国から新興国へ、投資マネー回帰の可能性>

第1に、実際のパフォーマンスから指摘できる要因がある。ドルは2014年、2015年と2年連続で主要10通貨の中で最強通貨となった。それが、2016年は5番目まで順位を落としていた。

つまり、ドル上昇の勢いはすでに昨年から鈍化し始めていたのである。ドルは実質実効レートベースで2001年頃以来の水準まで上昇し、割高感も強まっており、勢いが続かないのもうなずける。

ドルが弱くなり始めている理由の2つ目として考えられるのは、新興国経済との関係だ。当社が集計している先進国と新興国の実質国内総生産(GDP)成長率を見ると、2014年から2015年にかけて、先進国が比較的高い成長を遂げた一方、新興国の成長が鈍化したため、両者の成長率の差が急速に縮小した。

具体的な数字で示すと、2012年、2013年は両者の差がそれぞれ3.8%ポイント、3.9%ポイントだったが、2014年は2.8%ポイント、2015年は2.1%ポイントまで縮小した。筆者はこの成長率の差の縮小が、2014年と2015年にドルが強くなった1つの要因だったと考えている。

つまり、成長率が鈍化し始めた新興国から投資資金が引き揚げられ、ドルに戻ってきた可能性があるのではないか。もちろん、2015年に米連邦準備理事会(FRB)がいち早く利上げに向かうとの見方が広がったこともドルへの資金還流を助長した面はあったと思うが、そもそもドルはすでに新興国経済の減速を受けて上昇基調にあったのだ。

その証拠に、2014年、2015年の2年間の主要国・新興国通貨のパフォーマンスを見ると、弱いのは軒並み新興国通貨であり、ロシアルーブルは対ドルで55%も下落して最下位、次に弱かったのがブラジルレアルで同40%下落、その後を南アフリカランドが同32%下落で続いている。

しかし、先進国と新興国の成長率の差は2015年をボトムに、再び拡大基調に入ったとみられ、2016年には2.4%ポイントまで広がった。当社のエコノミストは、今年はこの差が2.5%になり、来年は3.0%になると予想している。今後は、米国から新興国へ投資が戻っていく流れになるのではないかと見ている。

実際、年初来の主要国・新興国通貨のパフォーマンスを見ると、最強通貨はオーストラリアドルだが、その後に続くのは、韓国ウォン、ブラジルレアル、南アフリカランド、ロシアルーブル、メキシコペソと、軒並み新興国通貨となっている。

<債券市場はトランプ政策への失望を織り込み済みか>

ドルが弱いと見る3つ目の理由は、トランプ米政権に対する過剰な期待の後退だ。トランプ大統領は大幅な減税、インフラ投資拡大を掲げて当選したが、就任1カ月目にして、これらの政策実行に暗雲が立ち込めている。

輸入品に課税をすることによって、米国の貿易収支が改善するのでドルが買われるという期待は一時期、非常に強かったが、米国では今、こうした期待が徐々に後退し始めている。

そもそも、トランプ大統領が当初主張していたような、単純に輸入品に関税を課す「国境税」はすでに議論の中心ではなくなっているようだ。今、議論されているのは、共和党案の法人税制改革の1つとしての「国境調整」である。

しかし、この「国境調整」は1980年代のレーガン政権時代から考えられてきた大がかりな法人税制改革であり、概念としては簡単でも、実行に移すとなると相当大きな壁が待ち構えていると思われる。すでに輸入品を取り扱うことが多い小売業界は猛烈に反対しているが、問題はそれだけではなく多岐にわたる。

当社は、この「国境調整」が現状案のまま議会を通過する確率は非常に低いと見ている。28日に予定されている上下両院合同本会議でのトランプ大統領の演説でも具体案を伴う「驚異的な計画」は出てこないだろう。

さらに、米国議会はその前に医療保険制度改革法(オバマケア)の撤廃問題も扱わなければならない。加えて、3月15日には連邦債務上限引き上げの期限が切れ、何度も繰り返されているが、4月から5月頃になると、米国政府の資金繰りが厳しくなることが予想される。そうした中で、大がかりな法人税制改革に関する議論が短い期間で進捗(しんちょく)するとは思えない。

個人の所得税減税、インフラ投資については、議論がほとんど進んでいない。米国の税制改革やインフラ投資に対する期待が織り込まれたマーケットは早晩、「失望」に直面する可能性が高い。

ドルが弱いと見る4つ目の理由は米国の実質金利低下だ。5年物インフレ連動債から見た米国の実質金利はトランプ大統領当選後に大きく上昇したが、今では急速に反落し、上昇分のほとんどを失っている。今年に入ってからの実質金利急低下の原因は、期待インフレ率が上昇を続ける中、名目金利が上昇しなくなっているからである。

マーケットは現在、FRBが今年2回利上げを行うことを完全に織り込んでいる。しかし、それが、3回、4回といった回数に変わっていかないため、長期金利はあまり反応しない。

ちなみに、主要10カ国の10年国債利回りを年初来の動きで見ると、米10年債利回りの低下幅はニュージーランドに次いで大きい。債券市場はトランプ大統領に対する期待の高まりが失望に変わるのをすでに織り込んでいるのかもしれない。

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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