January 25, 2018 / 8:27 AM / 25 days ago

コラム:米当局がドル安を容認してはいけない訳=佐々木融氏

[東京 25日] - ムニューシン米財務長官は24日、「明らかにドル安はわれわれにとり、貿易などの面で良いことだ。(短期的な通貨の価値は)われわれにとって懸念材料ではない」と発言。これを受け、すでに続いていたドル売りの流れが同日の欧米市場で加速した。

もっとも、ムニューシン米財務長官は同時に、「長期的にはドルの強さは米経済の強さを反映し、ドルは第一の準備通貨であり、今後もそうあり続けると思う」とも発言している。また、ロス米商務長官、サンダース米大統領報道官がすでに火消しに動いており、米当局が意図的にドルを下落させようとして発言しているとは思えない。

しかし、仮に米当局者からのドル安容認発言が今後も続くようだと事情は異なり、ドルの下落が予想以上に続いてしまうことになる。経常黒字国・対外債権国である日本の当局が本来、円高容認発言をしてはいけないのと同様、経常赤字国・対外債務国の米国当局はドル安容認発言をしてはいけないのだ。

<ドル安容認がドル安加速を招くメカニズム>

米国はルービン元財務長官が就任した1995年ごろから、「強いドル政策」を維持している。通常、どの国でも自国通貨がやや弱めの方が貿易面で有利である。つまり、24日のムニューシン米財務長官の発言は、当たり前のことを口にしただけとも言える。それにもかかわらず、なぜ米国は「強いドル政策」を維持してきたのだろうか。

ドル市場の基本構造を考えてみよう。米国は巨大な貿易赤字国であるため、貿易関連のフローをネットで見れば、ドルの市場には世界の輸出企業からのドル売りしかないことになる。また、投資フロー関連では、ドルを売って世界に投資する投資家のフローと、ドル買いを伴いながら米国に投資する投資家のフローがある。

ここで重要になるのは、取引の動機だ。世界の輸出企業は毎日のように米国に輸出した製品の代金を受け取るので、ドルを売って自国通貨に換えなければならないというやや差し迫った動機がある。一方、世界の投資家は、米国への投資をしなければならないわけではなく、良い機会だと思えば、米国への投資をしても良いと思っているにすぎない。

従って、米国当局者が「ドル安の方が好ましい」などと発言すると、当然、世界の輸出企業は焦ってドルを売り、世界の投資家はドルを買いながらの米国への投資を躊躇(ちゅうちょ)してしまう。だから、ドルは売られてしまうのである。

また、米国は巨大な対外純債務国でもある。つまり、世界の投資家は米国への投資で積み上がった巨額のドルロング・ポジションを抱えている。よって、米国当局者が「ドル安の方が好ましい」などと発言すると、ドルを売って為替リスクをヘッジしようとする投資家が増える。要するに、ドルを売る側は差し迫った需要がある一方、買う側は余裕があるのだ。

<逆の構造要因で日本当局の円高容認発言も禁句>

他方、日本の当局が「円高の方が好ましい」と発言したら簡単に円高が進んでしまうことは容易に想像できるが、これも円市場の(ドルとは逆の)構造要因に起因している。

円市場の基本構造を考えてみよう。日本は貿易黒字国であることに加え、巨額の所得収支の黒字国である。従って、貿易関連のフローをネットで見れば、円市場には日本の輸出企業からの円買いしかなく、これに所得収支に絡む円買いのフローが加わる。また、投資フロー関連では、円を売って世界に投資する本邦企業(直接投資)、本邦投資家(対外証券投資)のフローがある。

ここでも重要なのは、取引の動機だ。日本の輸出企業は毎日のように外貨を受け取るので、外貨を売って円に換えなければならないという差し迫った動機がある。所得収支に絡むフローは円に換えなければならない、というほどまで切迫したものではないかもしれないが、手元に入った外貨が減価して、円が高くなっていくのを見たら、円に換えなければならなくなるだろう。

一方、本邦企業・投資家は、対外投資をしなければならないわけではなく、良い機会だと思えば、対外投資をしても良いと思っているにすぎない。よって、日本の当局者が「円高の方が好ましい」などと発言すると、当然、本邦企業・投資家はしばらく様子を見ようと円売りの手を止めてしまう(そして日本の輸出企業は焦って円を買い、所得収支に絡む円買いも焦って進められることになる)。だから、円は買われてしまうのである。

加えて、日本は巨大な対外純債権国でもある。つまり、本邦企業・投資家による対外投資で積み上がった巨額の円ショート・ポジションを日本の企業や投資家は抱えている。従って、日本の当局者が「円高の方が好ましい」などと発言すると、そうしたポジションをヘッジするための円買い戻しのフローも増え、これも円買いを加速させる。

<米利上げ開始でドル売りの訳>

しかし、基本的には今のところドルの弱さは、世界経済が好調で投資家のリスクテーク志向が強いため、という側面が大きいと考えている。

本コラムでもしばしば指摘しているように、当局発言で取引動機に偏りが生じなければ、通常はドルと円は同じ方向に動くことが多い。つまり、投資家のリスクテーク志向が強い時にはドルも円も売られる傾向がある。

これは、当社が2017年初からドルに対して弱気になっている理由の1つでもある。また、ドルは米連邦準備理事会(FRB)の利上げ期待が高まる時には買われるが、実際に利上げが始まると弱くなる性質もある。

これをドル市場の構造を基に考えると、FRBの利上げ期待が高まる時にはドルが上昇するとの認識自体が、ドル買いを伴いながら米国に投資するフローを増やし、貿易赤字に絡むドル売りを上回る結果、実際にドルが上昇すると考えられる。

一方、実際にFRBが利上げを続けられる環境が継続するということは、米国に遅れてその他の世界の景気も好調となり、投資家の注目が米国からそうした地域に移ることになるため、米国投資家が積極的にリスクテークして国外に投資したり、世界の投資家がドルを調達してエマージング諸国などに投資したりするフローが増える。その結果、こうしたドル売りのフローが、遅ればせながらやってくる米国への投資フローを上回るので、ドルは軟調に推移し始めると考えられる。

そこに米当局のドル安容認発言が加わると、ドルを買って米国に投資しようとする投資家・企業がさらに減ってしまうため、ドルの下落基調が加速するのだろうと筆者はみている。

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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