May 8, 2018 / 9:57 AM / 5 months ago

コラム:米国人投資家が見る円の上昇余地と日銀政策リスク=佐々木融氏

佐々木融 JPモルガン・チェース銀行 市場調査本部長

 5月8日、JPモルガン・チェース銀行の佐々木融・市場調査本部長は、実質実効レートで見て歴史的な割安水準にある円の上昇余地が長期的には大きいと考える米国人投資家は多いと指摘。写真はニューヨーク証券取引所で3月撮影(2018年 ロイター/Brendan McDermid)

[東京 8日] - 米国に先週出張したが、今回はニューヨークを起点に、中西部や南部まで足を延ばした。日本からは把握し切れない海外勢の本音や米政権の行方を読み解くヒントが多数得られたと思う。

ニューヨークには4月30日、5月1日の2日間滞在し、ヘッジファンドなど機関投資家を訪問。ドル円相場がちょうど109円台前半から後半に上昇する局面だったこともあってか、当社の短期的な円安見通しに対して異論を唱える向きはいなかった。

もっとも、前回のコラムで紹介した、4月16日の欧州訪問時(ドル円は106―107円台で推移)に比べると、110円より円安レベルでドル売り円買いポジションを造成したいとの声がいくつか聞かれたのは印象的だった。

こうした考え方の背景にあるのは、欧州の投資家と同じように、円が実質実効レートで見て歴史的な割安水準にあるという認識だ。あるシニアファンドマネージャーはこの点にかなり強くこだわっており、今後少しでも世界経済が変調をきたせば、円は大きく上昇するとの見通しを示していた。欧州同様、米国でも、円の上昇余地が、足元の割安感からすれば、長期的には大きいと考える投資家が多かった点は注目に値するだろう。

<物価2%時期削除受け、日銀批判も>

一方、ある投資家は、「今年これまでに利益を大きく出している投資家は概して少ない。従って、米国の短期金利上昇によってコストが非常に高くつくドル円ショート(ドル売り円買い)ポジションを造成、維持できる向きはそう多くないだろう」とも指摘していた。

こうした状況を総合的に考えると、特に材料がない中でのドル円ショートポジションは維持が難しく、逆に巻き戻される(損切りでドル円が買い戻される)可能性が高いとも言えそうだ。

確かに、円に強気な市場参加者は多いが、ファンダメンタルズの面では相変わらず本邦企業・投資家による対外投資が活発化している。ショートの巻き戻しがいったん始まれば、センチメントは一気に円に対する弱気方向に変化し、円安が進行しやすい可能性もある(むろん、世界経済の急激な後退など本格的な円買い材料が出た時には、大幅な円高方向への動きが始まる可能性は高いとは言える)。

ちなみに、日銀の金融政策については、正常化方向に向けた動きが年末に向けて見られる可能性が低くはないとの当社の見通しに対して、ニューヨークの投資家も違和感を示すところは少なかった。ただし、日銀がインフレ目標達成時期に関する言及を削除した後だっただけに、これまでの金融政策に対する批判の声が多かったのは事実だ。

批判の内容を総じて言えば、「日銀の金融政策に対する不透明性は増している。これまでの金融政策によって、国民や市場のインフレ期待に対する働き掛けがうまく機能しなかったことや、実際のインフレ率も目標を達成できていないことを日銀が率直に認めず、一方で徐々に政策を変更しているためだ。これでは、円、日本国債、日本株でのポジションを取る参加者が減るのは無理もない」というものである。

円相場に投機的な注目が集まらなくなるのは悪いことではないかもしれないが、一方で円が長期的に割安な水準に維持され、日本国債の金利は超低水準という中で、市場参加者から興味を失われ、市場とのコミュニケーションが取れなくなっている現状は好ましいことではないとも思う。こうした状況が放置されると、市場参加者の興味が再び高まった時の動きは急激になってしまうだろう。

<大統領の弾劾訴追リスクに警戒の声>

さて、最後に現地でのトランプ米大統領評を伝えたい。ニューヨークを離れた後、5月2―4日にかけて中西部や南部の複数都市を訪れたが、少なくとも筆者が話をした人々からは、トランプ大統領に関して、やや肯定的な声が多く聞かれた。

以前のようにトランプ氏の人柄を真っ向から否定する声はなく、むしろトランプ大統領の負の側面に報道が偏り過ぎていることに疑問を感じ始めている人が多いようだった。

ちなみに、ニューヨーク以外で訪問した都市は、デトロイト(ミシガン州)、コロンバス(オハイオ州)、リッチモンド(バージニア州)、シャーロット(ノースカロライナ州)、アトランタ(ジョージア州)、ナッシュビル(テネシー州)など。リッチモンドがあるバージニア州以外は、2016年米大統領選でトランプ氏が勝利した州に位置しており、多少割引いて考える必要はあるかもしれない。

その上で述べれば、中間選挙に関しては、一般的な世論調査と大差なく、下院は民主党が過半数を奪還し、上院は共和党が過半数を維持するだろうとの予想が多くの人から聞かれた。もっとも、そうなれば、トランプ大統領の弾劾訴追に向けた動きが強まる可能性があり、来年以降、米国のさまざまな政策がスムーズに進まなくなるリスクは高まると、多くの人が指摘していた。

周知の通り、大統領を弾劾訴追する権限は下院にあり、下院が弾劾決議案を過半数で可決すると、上院に決議が送られる。その後、弾劾裁判は上院で行われ、3分の2以上の上院議員が有罪と判断すると、大統領は罷免される。

ただ、中間選挙の結果がどうであれ、2020年米大統領選の共和党候補はトランプ大統領になるとみる人が多かったのも事実だ。そういえば、ニューヨークの投資家はこう言っていた。「結局トランプ大統領を好きな人は何があっても、どんなスキャンダルがあってもトランプ大統領が好きだし、嫌いな人はトランプ大統領がどんな成果をあげても嫌いなんだ」。この言葉が米国人のトランプ大統領に対する思いを総括しているように感じた。

佐々木融 JPモルガン・チェース銀行 市場調査本部長(写真は筆者提供)

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。

(編集:麻生祐司)

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