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コラム:助手席に移った日銀、円安効果の限界=佐々木融氏

[東京 15日] - 日銀は15日の金融政策決定会合で、大方の予想通り政策の現状維持を賛成多数で決めた。上場投資信託(ETF)については、4月から年間3.3兆円増のペースで買い入れを行うとして、従来の年間3兆円から増額したが、これは昨年12月に決定された事項だ。

 3月15日、JPモルガン・チェース銀行の佐々木融・市場調査本部長は、日銀は為替市場において、言うなれば運転席から助手席に移った状況であり、金融政策の円安効果は期待薄だと指摘。提供写真(2016年 ロイター)

この他、金融政策に関しては3つの項目が発表された。1つ目は、ゼロ%金利を適用するマクロ加算残高の見直しを3カ月ごとに行うこと。2つ目は、マネー・リザーブ・ファンド(MRF)の受託残高はマクロ加算残高に加え、マイナス金利の対象から外すこと。3つ目は、貸出支援基金および被災地金融機関支援オペの残高を増加させた金融機関については、増加額の2倍の金額をマイナス金利の対象から外すことである。

2つ目と3つ目はマイナス金利導入による金融機関収益へのネガティブな影響をやや緩和することになると考えられるが、大きな影響はないだろう。

金融政策発表前後で比較的大きく上下動した円相場は結局、本稿執筆時点で円高方向への動きとなっている。マイナス金利を導入した前回1月29日の金融政策決定会合以降、円は実効レートベースでも対ドルでも約5%程度上昇している。円の上昇はマイナス金利導入だけが理由ではないだろうが、今やそれなりの影響があることを否定できなくなっている。

確かに、2月前半くらいまではマイナス金利導入後の円買いを、投資家のリスク回避志向の高まりに求めることができた。しかし、今では主要国の株価は大幅に反発し、市場のセンチメントを測る際によく利用されるVIX指数も急低下。リスク回避志向が弱まっていることを示唆している。通常なら円が売られる環境に変化しているにもかかわらず、円はマイナス金利導入後の急騰分を十分に取り戻せていない。

ちなみに、マイナス金利は日本だけではなく欧州でも不評だ。今月10日に欧州中央銀行(ECB)が預金金利をマイナス0.3%からマイナス0.4%に引き下げて以降、主要通貨の中で強いのはユーロ、スイスフラン、スウェーデンクローナの「マイナス金利通貨のトリオ」だ。スウェーデンの中央銀行であるリクスバンクも2月11日に政策金利をマイナス0.35%からマイナス0.5%に引き下げている。

<米FRBも運転席から助手席へ>

JPモルガンのグローバル為替・金利ストラテジストチームのヘッドであるジョン・ノーマンドは、最近のレポートで「中央銀行は為替市場において、運転席から助手席に移った」と評している。

確かに、米国を見てもそうだ。過去1カ月間、市場が織り込む年内の米利上げ期待はゼロ回から1回半程度に高まっている。しかし、ドルは同期間中、全般的に下落基調をたどっている。今やドルの実効レートは米連邦準備理事会(FRB)が利上げを行った昨年12月16日よりも低い水準まで下落している。

主要国の金融資本市場のように巨大なマーケットは、誰も意のままにコントロールし続けることはできない。それは中央銀行でも政府でも、巨大な投資家でも同じことだ。

例えば日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は140兆円もの巨大な資産を抱える機関投資家である。GPIFは2014年10月に基本ポートフォリオの大幅見直しを決定し、国内債券の割合を60%から35%に大幅に削減した一方で、国内株式と外国株式の割合を12%から25%に倍増、外国債券の割合も11%から15%に増加させた。直近の資産内容を見ると、新しい基本ポートフォリオにかなり近づいてきている。

しかし、GPIFが基本ポートフォリオを大幅に見直した時から現在までで、最も大きく価格が上昇している資産は、GPIFが大幅に保有額を減らした国内債券だ。つまり、基本ポートフォリオを見直さずに、そのまま国内債券を大量に保有していればリターンは最大化されていたことになる。

マーケットでの運用に関する話で「タラレバ」は厳禁だ。こうした運用結果を後から責めるのはフェアではない。ただ、マーケットを意のままにコントロールすることは何人にもできないということは指摘しておきたい。

<鏡に映る日本経済の「真実の姿」>

唯一比較的うまくマーケットをコントロールすることができる手段は、経済のファンダメンタルズを変えることだ。マーケットは実体経済を映す鏡でしかない。実体経済を変えずに鏡の向きだけを変えても、結局正しい向きに戻った鏡は何も変化していない姿を映し出す。

それなのになぜ政府・日銀はこれほどまでにマーケットの細かい動きを気にするのだろうか。一部報道によれば、安倍晋三首相は毎日、株価の動きを気にしているとのことだが、日本経済を力強い成長に導いていくことを考えるのなら、1日、いや1週間、1カ月間の株価動向など気にする必要はないだろう。繰り返すが、マーケットは実体経済を映す鏡でしかない。実体経済が変われば自然と鏡に映し出されるマーケットの姿は変わってくる。

では、実体経済はアベノミクス下で変わったのだろうか。アベノミクス下の12年第4四半期から昨年第4四半期までの3年間について、四半期ごとの実質国内総生産(GDP)成長率(前期比年率)を平均すると、プラス0.6%になる。これはほぼ潜在成長率並みの成長率だ。

中身を見ると、輸出は平均でプラス4.5%、政府支出は平均でプラス1.1%伸びている一方、民間最終消費支出は平均でマイナス0.1%となっている。アベノミクスの「第1の矢(金融緩和)」による円安で輸出が伸び、「第2の矢(財政出動)」で政府支出は増えたが、それが個人消費に波及していない姿が見て取れる。

円安で企業収益が伸びれば、それが賃金増につながり、やがて個人消費が増えると言われて久しいが、そのような動きはなかなか見られない。日本企業は世界の荒波にもまれながら成長している優秀な企業が多いため、円安で一時的に収益が増加したとしても、それを長期間の固定費増加につながるような賃上げには使わないのだろう。

そろそろ、鏡(市場)を動かして、実体経済をカッコ良く見せようとするのは止めた方が良いのではないだろうか。鏡を傾けたり、ついには逆さまにしたため、当局も市場参加者も、どっちがどっちなのか、事実は何なのか分からなくなってしまっているようだ。事実は、内需が弱く、潜在成長率以上の成長はしていない、ということでしかないと思う。

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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