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コラム:円高余地拡大へ、介入ポイントはどこか=佐々木融氏

[東京 9日] - 8日発表された米6月非農業部門雇用者数は前月比28.7万人増加となり、市場の予想(18.0万人)を大幅に上回った。もっとも、かなりの低水準だった5月の数字は3.8万人から1.1万人に下方修正された。

 7月9日、JPモルガン・チェース銀行の佐々木融・市場調査本部長は、円買い圧力は予想以上に強くなっており、対ドルで99円を割れれば97円台まで円高が加速する可能性が高く、そのときは多少の円売り介入も許容されるだろうと予想。提供写真(2016年 ロイター)

米通信大手ベライゾン・コミュニケーションズ従業員によるストライキの影響があるとはいえ、そもそも非常に変動が大きい同指標は単月ではなく、平均で見るべきだろう。4―6月の平均増加幅は14.7万人と、1―3月の19.6万人よりやや鈍化しており、昨年1年間の平均22.9万人よりも減速している。

失業率は4.9%と市場の予想(4.8%)より若干悪い結果に見えるが、5月の数字が前月の5.0%から4.7%に急低下していたことを考えれば、今年の平均的なレベルと言えよう。

平均賃金の伸びは前年比プラス2.6%と予想(同2.7%)をやや下回ったが、これは予想が強すぎたと言った方が良いかもしれない。平均賃金の伸びは昨年以降、上昇トレンドにあり、前年比プラス2.6%という数字は、昨年の平均伸び率(同2.3%)や今年の平均伸び率(同2.4%)を上回っている。

こうして見ると、米6月雇用統計の結果は、「雇用者数の伸びは緩やかに鈍化しつつも、タイトな労働市場を背景に、賃金の伸びは比較的高水準」という従来からのトレンドが続いていることを再確認したような内容だったと言えそうだ。

<ドル円のトレンドに与える影響は>

マーケットの反応を見ても、発表直後の上下動はあったにせよ、おおむね冷静な受け止め方となっている。

ドル円相場は雇用統計発表直後に100.40円近辺から101.30円近辺まで急騰した後、一時2週間ぶりに99円台(といっても100円ちょうど近辺)まで急落したが、結局8日のニューヨーク(NY)市場は100.50円近辺と、雇用統計発表直前とさほど変わらない水準で取引を終えている。

米雇用統計発表後の主要通貨の騰落率を見ると、オーストラリアドル、ニュージーランドドルの強さが目立ち、ノルウェークローネの弱さが際立った以外、円、米ドル、ユーロ、英ポンドはほとんど差がついていない。つまり、円は米ドル、ユーロ、英ポンドに対して雇用統計発表直後と同じような水準でNYの取引を終えている。

米長期金利は雇用統計発表後の上下動はあったものの、結局は低下してNYの取引を終えた。米10年国債利回りは、このところ過去最低水準を更新しながら低下基調にあるが、8日も一時過去最低の1.34%台まで低下し、終値ベースでも過去最低の1.35%となった。

フェデラルファンド(FF)金利先物から見る米連邦公開市場委員会(FOMC)の利上げ期待は若干利上げの織り込み度合いが増えたものの、相変わらず1回分の利上げをフルに織り込んでいるのは2018年末だ。

米長期金利の低下は、雇用統計の結果とは切り離して見るべきだろう。長期金利の低下基調は6月初旬以降続いている。筆者は、こうした動きの背景には日本とユーロ圏の投資家による為替ヘッジ付の米債投資があると見ている。つまり、日本とユーロ圏の投資家がマイナス金利と量的緩和政策を米国に輸出しているのだ。日本の投資家は日銀がマイナス金利政策を導入してから6月末までの間に約13兆円も外債投資を行っている。

米株価は労働市場が5月の数字で示されたほど悪くなかったとの安堵感や、長期金利の低下を好感してか、力強く上昇し、S&P500指数は昨年5月につけた過去最高水準まであと0.2%というところまで迫っている。

総じて言えば、米6月雇用統計は、今後のドル円相場のトレンドに大きな影響を与えることはなさそうだ。7月に入ってからの主要通貨の騰落率を見ると、円は最強通貨となっている一方、ドルは上から4番目に強い通貨となり、ほぼ中位の状態となっている(最弱は英ポンド)。米雇用統計を受けても、今後も円高傾向が続く可能性が高い。

<99円割れなら97円台まで円高加速も>

前述の通り、ドル円相場は100.50円近辺で8日のNY市場の取引を終えているが、これは終値ベースでは2013年11月以来の低水準だ。7月11日の週は米連邦準備理事会(FRB)高官の発言が多く予定されていることに加えて、15日には米6月小売売上高、消費者物価指数、鉱工業生産の発表も控えている。内容によっては、ドル円相場が再び100円を割り込み、英国民投票直後の6月24日につけた99円ちょうどを下抜け、円高・ドル安の動きが加速する可能性はある。

筆者は、英国民投票後の動きを見て、ドル円相場はしばらく100円から105円のレンジ内で推移するのではないかと考えていたが、7月に入って以降の動きを見ていると、上値がじわじわと切り下がってきており、予想以上に円買い圧力が強いとの印象を受けている。したがって、近日中に再び100円を割り込む可能性は高いと今は考えている。

99円を割り込むと97円台まで下落するのにそれほど時間はかからないだろう。しかし、そこまで急落すると、いよいよ円売り介入の可能性が高まってくるのではないか。

筆者は、これまで米当局の日本の為替操作に対する強硬な反対姿勢から、円売り介入が行われる可能性は極めて低いと見てきたが、97円台までの下落となれば、年初からの下落率は20%に迫ることとなり、さすがに多少の円売り介入は許容されると考える。前回介入が行われたのは2011年11月4日だったので、仮にこの予想通り介入が行われれば5年弱ぶりの介入ということになる。

もちろん、これまでと同様、介入で円高方向のトレンドを止めることはできない。米国との関係に鑑みても、105円台からさらに円安方向に押し上げるような介入は難しいだろう。また、足元のドルの上値の重さを考えると、来年に向けてドル円相場が90円台前半まで下落する可能性は小さくないと思う。

しかし、仮に97円台で円売り介入が行われたとしたら、いったんは103―104円台程度まで戻る可能性は十分にあるだろう。そして、その後はしばらく101―102円台を中心としたレンジ内での取引となる展開が考えられる。いずれにしても、週明け以降、短期的にはドル円相場の急変動に注意が必要だ。

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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