September 12, 2016 / 10:41 AM / 2 years ago

コラム:黒田日銀サプライズ戦略「転換」の布石か=佐々木融氏

[東京 12日] - 先週、黒田東彦日銀総裁(5日)と中曽宏日銀副総裁(8日)はそれぞれ講演を行ったが、その内容はともに「金融緩和政策の総括的な検証」に関するものだった。

これは、日銀が市場との対話の方法を変えようとしていることを示唆しているのかもしれない。つまり、政策変更について市場が一定程度正しく織り込んでいくことを目指し始めている可能性がある。

周知のとおり、今年1月のマイナス金利導入以降、日銀の金融政策におけるサプライズ戦略に対し、疑問の声が高まっている。サプライズ戦略は市場にポジティブな影響を与えているときには歓迎されるものの、一部参加者にデメリットを与えるような政策を実行する場合には、市場が不安定化し、ネガティブな反応が増殖してしまうと考えられるためだ。

では、黒田日銀は、今後の金融政策について、どのように市場が織り込んでいくことを目指しているのだろうか。以下、筆者の個人的な推察を示したい。

<正副総裁講演の共通点>

実は黒田総裁と中曽副総裁の講演には、共通する部分が多い。両者とも総括検証の内容として、以下の2つのポイントを指摘している。1)2%のインフレ率が達成できない理由、2)マイナス金利政策の効果と影響だ。

まず、最初のポイントについては、両者とも「何が2%のインフレ率達成を阻害したのかを検証し、できるだけ早期に2%の物価安定の目標を実現するために何をすべきかを議論する」と指摘している。

したがって、具体策の詳細はともかく、金融緩和後退方向に動くことは考えられず、インフレ率を引き上げる方向に政策の方向性を維持することは確実だろう。金融政策の目指すところは変わらない、という強いメッセージだ。となれば、21日の総括検証の公表後に急速な円高となるような事態は考えにくいだろう。

一方、マイナス金利については、黒田総裁・中曽副総裁の講演には2つの共通点が見られる。

1つめは、長期国債買い入れとマイナス金利政策の組み合わせは、日本国債のイールドカーブに対して、非常に強力なインパクトを与えることが分かったと指摘している点だ。2つめは、両者ともマイナス金利のネガティブな影響に関して比較的丁寧に説明している点だ。

黒田総裁の講演原稿を見ると、マイナス金利のポジティブな面よりも、ネガティブな面の説明に1.5倍以上の行数を割いている。中曽副総裁の講演原稿でも、ネガティブとポジティブの両面についてほぼ同じ行数を使って説明している。加えて、両者とも「コスト」と「ベネフィット」のバランスを考えて政策を行う必要があることを指摘している。

また、黒田総裁、中曽副総裁ともに、イールドカーブがフラット化し過ぎたことのネガティブな側面を率直に認めている。さらに、桜井真審議委員も、2日のロイターとのインタビューで、「イールドカーブの形状をどう変えていくかも、可能性としては政策の選択肢に入る」と発言している。

つまり、黒田日銀の現在の考えは、以下の3点に集約できそうだ。

1)できるだけ早期に2%の「物価安定の目標」を実現することを目指す方針は変えない。

2)マイナス金利の深掘りはそのコストを勘案しても実施すべきと考えられるような状況に陥ったときに行う。

3)長期金利が下がり過ぎたことのマイナス面は率直に認め、ややスティープなイールドカーブ実現を目指す。

<日銀の外債購入は非現実的>

上記の2番目と3番目だけを考えると、20―21日の金融政策決定会合では新たな動きを何もしない(金融政策据え置き)というシナリオもあり得ることになる。

市場はマイナス金利拡大をさほど織り込んでおらず、長期金利はすでに比較的大きく上昇していることに鑑みると、今回新たな動きがなくとも、市場はそれほど大きく変動しないかもしれない。むしろ、マイナス金利深掘りや長期金利を押し下げるような政策が行われないことによって、銀行に対してポジティブな要因となり、銀行株主導で日本の株価全体にとってもポジティブな影響が出てくるかもしれない。

一方、1番目の実現に向けては、新たな動きを示す必要はありそうだ。もっとも、何か新たな動きを示したところで、これまでの延長線上では、市場が2%のインフレ率達成を本当に信じ始めるのは困難かもしれない。

黒田総裁・中曽副総裁が講演の中で強調しているのは、日本における予想物価上昇率は、「フォワード・ルッキングな予想形成」ではなく、過去からの実績に基づく「適合的な予想形成」の影響が大きいという点だ。同じような政策を続けていたら、相変わらず予想物価上昇率は「適合的な予想形成」の影響を強く受けるだろう。

ちなみに、浜田宏一内閣官房参与(米イエール大学名誉教授)は8月30日のロイターとのインタビューで、日銀による外債購入も選択肢との見解を示した。これに対して布野幸利審議委員は8月31日の講演後の記者会見で、「私は外債は日銀が金融会合で決定すれば購入できると思う」と発言し、市場でも日銀の外債購入に対する期待が多少高まったと考えられる。

しかし実際には、日銀の外債購入は選択肢として示すことすら、ほとんど考えられないだろう。仮に日銀が、金融政策の一環としての量的緩和政策の補完的な位置付けだと強弁したところで、その結果、円相場が円安方向に動いたら、財務省が行う為替介入と何ら変わらない。現在の日米関係、日米両国が置かれている環境を考えると、日本が為替を操作し円安方向に誘導することが認められるような状況にはないと思われる。

米大統領選挙、環太平洋連携協定(TPP)といった広範な問題に加え、相次ぐ北朝鮮による弾道ミサイル発射(日本の排他的経済水域内に落下)と核実験、ぎくしゃくする日中関係を考えると、円相場を一時的に円安方向に誘導して、日米関係を不安定にする余裕はないだろう。

もちろん、金融当局者が政策に関する発言を控えるブラックアウト期間は15日以降なので、今週は14日までは日銀から新たなメッセージが発せられる可能性に注意が必要だ。だが、まずは先週の黒田総裁・中曽副総裁のメッセージを素直に受け止めたいと筆者は考える。

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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