[東京 22日] - 日銀金融政策決定会合と米連邦公開市場委員会(FOMC)が開催された21日の主要通貨の動きを見ると、円が独歩高となり、2番目に強かった豪ドルに対しても0.4%程度上昇した。一方、米ドルは英ポンドと並んで最弱通貨となった。
ドル円相場は日銀金融政策発表後には一時102.79円まで上昇したが、その後、黒田東彦日銀総裁が記者会見を始めたころから反落基調に入り、米ニューヨーク(NY)時間午前中には100円台半ばまで下落。そして、NY時間午後にFOMCが政策金利据え置きを発表した後、米長期金利低下に沿う形でドルが徐々に弱含み、本稿執筆中の日本時間22日午前6時現在、8月26日以来となる100.30円程度まで下落している。
最初にマーケットの反応が比較的小さかったFOMCの結果から見ると、政策金利は大方の予想通り据え置かれたが、声明文には「フェデラルファンド(FF)金利を引き上げる根拠は強まった(the case for an increase in the federal funds rate has strengthened)」との文言が加えられたほか、ジョージ・カンザスシティー連銀総裁、メスター・クリーブランド連銀総裁、ローゼングレン・ボストン連銀総裁の3人が利上げを主張して決定に反対した。
こうした点は予想よりタカ派的であり、米長期金利も声明文発表直後には上昇したが、結局上昇は続かず反落した。注目された2016年中のFOMCメンバーの予想政策金利、いわゆるドットは、3人が年内の利上げなし、10人が1回の利上げを予想した。この結果はほぼ想定通りであり、当社は引き続き12月の利上げを予想している。
<総括検証と政策枠組み強化「同時実施」の違和感>
それより12時間以上前に行われていた日銀の金融政策決定会合では、「総括的な検証」を踏まえて、2%の物価安定の目標をできるだけ早期に実現するために「政策枠組みを強化する」策が決まった。
この結果を受けて、東京市場では長期金利が上昇。また、マイナス金利の深掘りがなかったことから、銀行・生保株が大きく上昇し、日経平均株価を押し上げた。為替市場も一時円安となった。
もっとも、前述の通り、その後円高基調へと反転し、ドル円相場はNY時間朝方には21日の上昇分を全て帳消しにした。結果的に円が買い戻され、1日を通して見れば独歩高となったのは、市場参加者が日銀の金融緩和政策に限界を感じ始めたからだと考えられる。
まず、総括検証の対象は、5日と8日に黒田総裁と中曽宏副総裁がそれぞれ講演ですでに明らかにしていたように、「2%のインフレ率が実現できていない要因」と「マイナス金利政策の効果と影響」だ。
「2%のインフレ率が実現できていない要因」としては、予想物価上昇率の期待形成メカニズムが、現実の物価上昇率の影響を受けるバックワード・ルッキング(適合的)であることが示された。
もう1つの総括検証の対象である「マイナス金利政策の効果と影響」については、マイナス金利と国債買い入れの組み合わせはイールドカーブに対して強い影響を与えるが、長期金利の低下には悪影響もあることが示された。
21日の発表がここまでで終わっていて、これらを踏まえ、政策枠組みの強化策を次回会合で発表する、ということであれば、さほど違和感もなかったかもしれない。また、追加緩和策に期待も残ったのかもしれない。
もっとも、日銀は「フォワード・ルッキングな期待形成」を強める手段として、「オーバーシュート型コミットメント」を導入した。これは、従来の「2%の物価安定の目標を安定的に持続するために必要な時点まで現状の金融緩和政策を続ける」というメッセージから、「物価上昇率の実績値が安定的に2%の物価安定の目標を超えるまで、マネタリーベースの拡大方針を継続する」というメッセージへの変更のようだ。つまり、「2%の物価安定の目標を超えるまで」という点がポイントらしい。
とはいえ、今まで行ってきた3次元の緩和政策では、人々の予想物価上昇率の期待形成メカニズムをバックワード・ルッキングからフォワード・ルッキングに変えられなかったと認めている。特に新たな緩和策を導入せずに、なぜ人々の予想物価上昇率の期待形成メカニズムがフォワード・ルッキングに変わるのだろうか。「2%に届かせる」と言っても信じてもらえないのに、やっていることも変えずに「2%を超えるまで」と言い換えても誰も信じないだろう。
<イールドカーブ・コントロールの矛盾>
もう1つの政策枠組み強化策として、日銀は「イールドカーブ・コントロール」を導入した。内容としては、日銀当座預金のうち政策金利残高に課す金利(短期金利)をマイナス0.1%に維持する一方、10年物国債金利(長期金利)がおおむね現状程度(ゼロ%程度)で推移するよう、長期国債の買い入れを行う、というものだ。
まず、そもそも、このイールドカーブ・コントロール政策は何のために行うのだろうか。仮に、これが2%のインフレ率実現に向けて適切なイールドカーブを形成するため、ということであれば、なぜ現状程度のイールドカーブの形状が適切と言えるのかについて説明がない。日銀は10年物国債金利をゼロにアンカーさせることに重点を置いているようにも見えるが、なぜ10年物国債金利のゼロ%が適切なのだろうか。
恐らくイールドカーブ・コントロール政策導入の理由は、「イールドカーブがフラット化し過ぎることを避けるため」だろう。そうだとすれば、これは明確に金融緩和政策ではないと言える。
イールドカーブがおおむね現状程度の水準から大きく変動することを防止するために、日銀は、金利が上昇した場合などには、例えば10年金利、20年金利を対象にした指値オペを金額無制限で実施する用意があるとしている。ここで、矛盾を感じるのが、無制限でオペを実施するとしながら、国債の買い入れ額は、おおむね現状程度のペース(年80兆円増)としている点だ。イールドカーブの形状を維持するために無制限に売買するのであれば、年間の買い入れ額は約束できないのではないか。
仮にイールドカーブに強い上昇圧力がかかるとすれば、日銀が購入しなければならない国債は従来以上となり、これまでもくすぶっていた国債購入の限界到達が早まることはないのか。
一方、イールドカーブに強い低下圧力がかかるとすれば、日銀は国債を売却することになるが、これは量的緩和の段階的縮小(テーパリング)の模索どころか、明白な縮小になり、これまでの量的緩和政策の効果を否定することにならないか。
イールドカーブ・コントロール政策と量的緩和政策は矛盾しているように見える。そして、そもそも、中央銀行は本当に長期金利をコントロールできるのだろうか。
<さらなる実質金利低下と円安進行は期待薄>
最後に言い添えれば、日銀は今回の決定で「政策枠組みを強化する」というが、何を強化する政策なのかが分かりにくい。少なくとも「追加緩和」だったとは言えそうにない。
そして、その結果、市場には金融緩和政策の限界論が強まる可能性が高いと考えられる。その場合、もっとも分かりやすいマーケットへのインプリケーションは円高だろう。
すでに日銀は事実上、量的緩和政策の効果を半ば否定し、長期金利が低下し過ぎることを警戒して金利を固定し始めた(予想物価上昇率の期待形成メカニズムを根本的に変えるのは難しいことが露呈した)。こうなると、日銀の金融政策が急速な円安を発生させることは、期待できなくなってきたようにも思える。
また、マイナス金利の深掘りを避け、10年国債金利をゼロ%にアンカーすることとし、イールドカーブも現状程度を維持することを目指すという政策の採用は、金融機関収益に配慮する側面が強いとも言えそうだ。よって、マイナス金利深掘りのハードルは引き続き高いとも言える。
つまり、日本の名目金利は、しばらくここから大きく低下することはなさそうだ。そうだとすれば、日本の実質金利の動きは期待インフレ率に委ねられることになる。21日に決定した政策で日本の実質金利を低下させる方向に働きかけたのは、文言を多少修正したオーバーシュート型コミットメントだけだ。この観点から見ても、日本の実質金利に低下圧力がかかり、円安方向への影響が出てくるのは難しそうだ。
*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。
(編集:麻生祐司)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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