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コラム:米朝開戦時の円相場シナリオ=佐々木融氏
2017年9月4日 / 04:49 / 2ヶ月前

コラム:米朝開戦時の円相場シナリオ=佐々木融氏

[東京 4日] - 9月3日午後12時半頃、北朝鮮は約1年ぶりとなる6回目の核実験を実施。同日午後3時半には「大陸間弾道ミサイル(ICBM)搭載用の水爆実験に完全に成功した」との声明を発表した。

これを受け、4日月曜日早朝の為替市場では円高が進み、ドル円相場は金曜日のニューヨーク終値(110.25円)に比べて1円程度円高の109円台前半まで一時下落した。

ここ数カ月、北朝鮮の行動は次第にエスカレートしてきているようにみえる。5月に3回、6月に1回ミサイルを発射した後、7月4日にはICBM「火星14」の発射実験に初めて成功し、7月28日にも再び「火星14」を発射。2回とも日本の排他的経済水域(EEZ)に落下させた。

そして、8月9日には中距離弾道ミサイル「火星12」を米領グアム周辺に向けて発射する計画を公表。8月29日には「火星12」を発射し、日本上空を通過させ、北海道襟裳岬の東方約1180キロの太平洋上に落下させた。

こうした北朝鮮のミサイル発射に対し、市場はある程度慣れてしまい、8月9日の発射までは最大でも短期的に約50銭円高となった程度で、円相場は総じて大きな反応をみせていなかった。

前回の8月29日にはドル円相場は1円程度下落したが、その日のニューヨーク時間帯には下落分をすでに取り戻していた。ちなみに、2016年、北朝鮮の建国記念日である9月9日に行われた5回目の核実験の時には、市場はほとんど反応していない。

しかし、このまま北朝鮮の行動がエスカレートしていった場合、円相場に対する影響も徐々に大きくなっていく可能性は排除できない。今年の北朝鮮建国記念日は土曜日だ。この日に北朝鮮が本当にグアム沖に「火星12」を撃ち込むことを計画し、それを米当局が事前に察知し、何らかの行動に出た場合、今週後半から来週初めに向けて相場でも大きな動きが発生する可能性がある。

<イラク戦争の教訓>

まず正直に述べれば、今後の北朝鮮情勢を予想することは非常に難しく、それが円相場に与える影響を予想するのも極めて困難である。

しかし、あくまで参考例として、2003年3月に開戦となったイラク戦争の時の動きを振り返ってみるのは、それなりの意味があると考えられる。

当時はイラクの大量破壊兵器保有に対する疑念に加えて、2002年12月には北朝鮮が核凍結解除と核施設の稼働・建設の即時再開を発表し、国際原子力機関(IAEA)の査察官を追放するとの動きもあった。ラムズフェルド米国防長官(当時)は2002年12月に「米国はイラクと北朝鮮の2カ国に対する軍事行動に同時に対応できる」と発言している。

このイラク戦争開戦に向けて不安感が高まっていく2002年12月上旬から2003年3月上旬までの4カ月間に、ドル円相場は125円台から116円台まで7%超下落した。この時はオニール財務長官の辞任などもあり、どこまでがイラク戦争に対する懸念からのドル売りだったかは定かではないが、この間、ドルは独歩安となり、主要通貨の中でドルが最弱、円は中位だった。

外国為替情報社(現・FNグローバル)が発行する「外為年鑑」には、この時のドル円相場の下落について、「戦争開始の可能性が現実味を帯びると、安全資産にドルからの資金逃避の動きが活発化する『有事のドル売り』に拍車が掛かった」と記されている。

なお、2003年1月から同年3月上旬までの間に日本の財務省は合計2.4兆円程度の円売り介入を行っている。仮に円売り介入がなければ、イラク戦争開戦に向けた不透明感から円は強い通貨となっていたかもしれない。

しかし、3月上旬にドル円相場は底を打ち、開戦が近づくと短期決戦への期待からドルは買い戻されている。3月上旬から開戦翌日の3月21日のピークまではドル独歩高となっている(円は中位)。その後5月中旬までは再びドル独歩安となっているが、これは米当局によるドル安容認も影響していた。

話を現在に戻せば、先週金曜日9月1日の米雇用統計は予想を下回ったものの、結局ドルは円、ユーロ、スイスフランなどに対して雇用統計発表前の水準を上回って取引を終えた。年初来下落基調を続けているドルが実効レートベースでみて短期的な買い戻し局面に入る可能性は高まっているようにも思える。

もっとも、イラク戦争時の動きを参考にすれば、仮に米国と北朝鮮の軍事衝突懸念が今後強まっていくならば、その段階で円高・ドル安が進む可能性は高いだろう(トランプ米大統領の保護主義的な姿勢に鑑みるに、今回は日本による円売り介入の可能性は極めて低いとみられる)。

さらに、前述した通り北朝鮮建国記念日の9月9日は今週土曜日であるため、円ショートポジションを維持したまま週末を越えるのはリスクが高いと思われる。そのように考えると、今週のドル円相場の上値は重く、円高の動きはここ数カ月の北朝鮮によるミサイル発射後のように短期的なものでは終わらないかもしれない。

<日本で被害発生でも円高濃厚>

もちろん、イラクと北朝鮮では状況が根本的に異なることは事実だ。北朝鮮は日本と地理的にも非常に近く、仮に米国と北朝鮮が戦闘を開始するようなことになれば、イラク戦争とは異なり、日本にも被害が発生する可能性は低くない。

しかし、筆者は日本に被害が出るような事態になれば、円買いがより一層進むとみている。2011年3月の東日本大震災後の4営業日でドル円相場が8%も円高・ドル安になったことを考えても、そうなる可能性が高いとみている。

リスク回避姿勢が強まる場合、投資家はポジションの手じまいを迫られる。リスクテーク姿勢が強い時に構築されるポジションは、低金利通貨である円などを売って、新興国通貨などの高金利通貨を買うポジションである場合が多いため、このポジションを閉じることを余儀なくされれば円は買い戻されることになる。円は安全通貨だから選ばれて買われるわけではなく、ポジションの手じまいで買い戻されるから上昇するのだ。

日本に被害が発生するような、世界の安全保障にとって深刻な事態となれば、世界中の投資家は一斉にポジションを手じまいするだろう。被害を受けたのが日本だから、円をショートにして利益を得ようと考える投資家はほとんどいないと思う。

また、日本のように世界最大の純債権国では、こうした深刻な事態に直面した場合、日本から出ていく資金より、日本に戻ってくる資金の方が圧倒的に多い。日本に住む多くの人は、北朝鮮のミサイルで被害を受けたからといって、海外に逃げ出すわけではない。引き続き日本で生活することになる。

仮に被害がそれなりに大きい場合、給与やボーナスが一時的に減少する可能性があるが、その場合、日本で生活する人に必要なのは円資金となる。こうした緊急事態に、海外に投資資金を逃避させることができるのはごく一部の富裕層に限られるはずだ。したがって、日本に被害が出ても円が買われる可能性の方が高いのである。

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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