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コラム:メキシコ危機の日本直撃シナリオは杞憂か=西濱徹氏
2017年2月2日 / 02:31 / 10ヶ月前

コラム:メキシコ危機の日本直撃シナリオは杞憂か=西濱徹氏

[東京 2日] - ドナルド・トランプ米大統領の「選挙公約」がさまざまな形で世界中に波紋を広げている。なかでも、最初にその矛先が向けられたのが、隣国メキシコだ。

米大統領は就任後最初の首脳会談相手に隣国メキシコ大統領を選ぶことが慣例となっているが、当初1月末に予定されていた会談は、関係悪化を理由とするメキシコ政権側からの申し立てでキャンセルされている。

周知の通り、トランプ大統領は選挙期間中から、不法移民対策を理由にメキシコ国境に「壁」を設置する方針と、その費用負担をメキシコに求める考えを示してきた。さらに、米国から海外に「流出した」雇用機会を奪回すべく通商政策を大きく見直すとし、環太平洋連携協定(TPP)離脱とともに北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉を行うとしている(すでにTPP離脱の大統領令には署名)。

TPPについては加盟国間の基本合意の段階であり、米国離脱で発効されないとしても、そのことで足元の経済活動が大きく損なわれることはない。しかし、NAFTAについては協定発効から20年以上が経過しており、加盟3カ国(米国・カナダ・メキシコ)間では、相互の貿易・投資が自由になったことから、実際にクロスボーダーの取引が活発化してきた歴史的経緯がある。

特に、メキシコは人件費の低さや米国の隣国という地の利の良さに加え、海外から原材料・部品・機械を無関税で輸入できる制度(マキラドーラ)を背景に、製造業の誘致に成功してきた。米国のみならず、日本やドイツ、韓国などのグローバル企業が積極的に直接投資を行い、メキシコの経済成長を促してきた(特に足元では輸出の8割以上を米国向けが占めるなど、米国経済に対する依存度が高まっている)。

よって、対内直接投資に悪影響をもたらしかねないNAFTA再交渉の可能性にメキシコ側が抵抗を示すのは当然の話だ。特に米国への輸出が制限されることになれば、景気に大きな下押し圧力がかかるのは必至である。

むろん、NAFTA再交渉を経ても、上述のマキラドーラが存続し、かつトランプ政権が課すという「国境税」の内容が世界貿易機関(WTO)協定に準じたものになるならば、経済への甚大な打撃は杞憂かもしれない。しかし、もしもトランプ政権がWTO協定を無視する形で強硬な姿勢を貫き、両国間で「貿易戦争」とも呼べるような状況となれば、双方にとって深刻な悪影響をもたらす事態も懸念される。

現時点では、トランプ政権内部からもメキシコに対する強硬な態度が軟化する兆しはうかがえないことから、万が一の状況として「最悪の事態」への備えも必要だろう。

<ラテンアメリカ全体の企業戦略に影響も>

ところで、メキシコ危機と言えば、1990年代半ばにメキシコペソの暴落を招いた「通貨危機(通称テキーラ・ショック)」を連想する向きも多いだろう。実際、米大統領選後のペソ相場は、その記憶をよみがえらせるのに十分な急落ぶりを見せている(対ドルレートは1月半ばに最安値を更新、足元でも最安値圏で推移)。

ペソ相場の動向は今やトランプ大統領の発言に一喜一憂する展開だ。トランプ政権下で減税やインフラ投資など景気押し上げに作用する政策が採用されればドル高圧力につながるため、ペソにとっては下押し圧力がかかりやすい展開が今後も続くと予想される。

ただ、楽観的と思われるかもしれないが、前述したような米・メキシコ間の貿易戦争と呼べる状況にまで陥らなければ、恐らくテキーラ・ショック再来はなく、じわじわとペソの下落が続き、経済への悪影響が緩慢に広がっていくという展開になるのではないか。

というのも、資金流出に伴うペソ安圧力が高まる中でメキシコの外貨準備は2015年初旬をピークに減少しているとはいえ、足元では対外債務に対して潤沢な水準を維持しており、「危機」が連想される状況には依然ほど遠いからだ。

とはいえ、仮に危機的状況にならずとも、日本からすれば、メキシコ経済の衰退は由々しき事態である。日本とメキシコとの関係を見ると、NAFTAを前提に自動車関連をはじめ、さまざまな分野で日系企業が同国に進出してきた。TPPによる両国間の直接取引の拡大も見込まれてきたことも勘案すれば、緩慢な衰退シナリオであるとしても、日本企業の対メキシコ戦略の練り直しはやはり避けられない。

また、ラテンアメリカ諸国全般で見ても、ここ数年、期待を集めてきたブラジルが景気低迷に喘ぐなか、新自由主義的な経済政策を志向して構造改革に前向きな姿勢を見せてきたメキシコは進出先としての魅力を高めてきた。いわば域内経済のけん引役とも言える存在だ。

したがって、トランプ政権による対メキシコ政策の行方によっては、ラテンアメリカ市場全体に悪影響が及ぶことも懸念される。日本企業は当該域内市場に対する全体戦略を大きく転換する必要に迫られる可能性もあるのだ。

メキシコは日本企業にとって海外進出先の上位に位置してきただけに、トランプ米政権と同国の対立の行方は企業業績、ひいては日本経済にとっても無視し得ない影響を与えることになりそうだ。

*西濱徹氏は、第一生命経済研究所の主席エコノミスト。2001年に国際協力銀行に入行し、円借款案件業務やソブリンリスク審査業務などに従事。2008年に第一生命経済研究所に入社し、2015年4月より現職。現在は、アジアを中心とする新興国のマクロ経済及び政治情勢分析を担当。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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