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コラム:中国に秋波送るフィリピン政権の経済的打算=西濱徹氏

[東京 14日] - 今年5月のフィリピン大統領選挙で勝利したロドリゴ・ドゥテルテ氏は、当初は「泡沫候補」とみられていた。地方政府の首長としての経歴は長いものの、下院議員としての経験は1期(3年)にとどまり、外交など国家行政に関する手腕は未知数だったためだ。要するに、大統領としての資質に疑問符がついていたのである。

 10月14日、第一生命経済研究所・主席エコノミストの西濱徹氏は、フィリピン政権の対米強硬・対中融和路線は外交的な深謀遠慮ではなく、直接投資の可能性などに照らした経済的打算の結果かもしれないと指摘。提供写真(2016年 ロイター)

ところが、結果的に同氏は当初の下馬評を覆して勝利し、6月に大統領に就任した。ポピュリズム(大衆迎合)的な過激な言動が支持されただけではあるまい。結局、フィリピン国民は、ダバオ市長として、超法規的措置を駆使する強権的な政治手法で治安を改善させ、それを弾みに直接投資を呼び込むことで成果を上げた人物を選んだのだ。

金融市場でもドゥテルテ政権誕生からしばらくは歓迎ムードが続いた。為替市場ではフィリピンペソが堅調な推移を見せ、主要株式指数も一時は最高値をうかがう動きを示した。

ちなみに、ここ最近は、手のひらを返したように、ドゥテルテ大統領の政治手法が外交的な対立や政情不安を招きかねないとの懸念から、ペソは急落している。ただ、株価は下落傾向にあるとはいえ、5月の水準で持ちこたえており、経済政策面での期待は潰(つい)えたわけではなさそうだ。

経済政策面での信頼が地に落ちずに済んでいる理由としては、同氏が選挙戦に際して掲げた8項目からなる「基本政策」に、著名な経済学者やビジネス関係者が「ブレーン」として関わっていることが大きいと考えられる。

政権発足後には、こうした面々が国家経済開発相や財務相、予算管理相といった経済政策運営の中枢に配置された。これが、海外投資家を中心に、穏当な経済政策運営がなされるとの評価(期待)につながっているようだ。

経済閣僚は金融市場に対して融和的であるのみならず、国際機関において国家開発プロジェクトに携わった経験を持つ人が多い。こうしたことから、フィリピン経済が抱える諸課題の克服に向けた処方箋が提示されるとの期待は依然として強い。

フィリピン経済の主要課題と言えば、他のアジア新興国同様、慢性的なインフラ不足、そして対内直接投資の足かせとなっている排他的な産業政策などが挙げられよう。また、国内における雇用機会の不足が優秀な人材(頭脳)の海外流出を招く悪循環につながっている。

ただし、ここ数年は同国の公用語が英語であるという特徴を生かし、ITやビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)関連を中心に投資流入が活発化する動きがみられる。ダバオはこの恩恵を受けた都市の1つであり、ドゥテルテ政権もこの流れを理解しているのだろう。投資環境の整備を通じて幅広い分野に海外マネーを呼び込む姿勢を強く打ち出している。

さらに、労働生産性向上策にも取り組んでいるほか、財政健全化に向けたプログラムを推進する姿勢も示している。こうした施策は同国経済の潜在成長率向上にもつながることが期待されている。

<ASEAN内でも健闘するフィリピン経済>

ここでフィリピン経済の足元の状況を整理しておこう。まず今年前半は前年同期比プラス6.9%、4―6月期に限れば同7.0%の高成長を記録している。他のアジア新興国が中国の景気減速をきっかけに軒並み減速感を強めているなかでは、健闘していると言えよう。

フィリピンの高成長を後押ししているのは、人口動態だ。同国の総人口は2014年に1億人を突破し、その後も年2%を上回るペースで増加している。これが、個人消費を中心とする内需の強さにつながっている。

1人当たり国内総生産(GDP)は2015年時点で2880ドルと、いわゆる「中所得国」に分類される。だが、上記のような人口の多さゆえに消費市場としての規模は東南アジア諸国連合(ASEAN)のなかでもインドネシアに次ぐ水準に達している。人口に占める若年層の割合は極めて高く、今後も高い人口増加が見込まれるなど、潜在成長率が高まりやすいこともフィリピンの魅力と言える。

ただし、足元で個人消費を支えているのは、人口の1割強に達する海外への移民労働者からの送金であり、その3割強は米国からの流入に依存するなど、海外経済の影響を受けやすい側面を有する。

また、フィリピンはASEANのなかでは輸出依存度が比較的低い国ではあるものの、輸出に占める中国向けの割合は香港・マカオを含めると2割を上回り、中国経済の影響を受けやすい側面もある。

さらに、中国向け輸出の7割近くは電子部品をはじめとする機械製品であり、中国国内における生産動向の余波を受けやすい。つまり、中国の構造改革やそれに伴う生産調整などの影響も懸念される。その意味でも、対内直接投資拡大による雇用機会創出はフィリピン経済の安定成長にとって急務と言えよう。

<ドゥテルテ大統領が過激な言動に走る訳>

ところで、主要格付け会社は数年前に、軒並みフィリピンの信用格付けを「投資適格」級に引き上げている。これは、アキノ前政権の下で反汚職に向けた取り組みが前進したことに加え、高い経済成長を実現したことなどが評価されたためである。

こうした格付け状況に加えて、世界的な低金利環境下で高い利回りを求める動きが国際金融資本市場で強まっていることも奏功し、同国への資金流入は活発化する展開が続いている。しかし、リスクを挙げれば、やはりドゥテルテ大統領による過激な言動がこうした好循環に水を差す可能性だろう。

それにしても、ドゥテルテ大統領はなぜ過激な言動に走るのか。それはやはり国民からの絶大な人気を誇る一方で中央政界における経験が乏しいなか、治安維持といった効果を得やすい分野を中心に大衆迎合的な姿勢に訴えざるを得ないためではないだろうか。

成果を急いでいると考えると、米国や国際機関などに対する強硬な態度と、中国やロシアなどに対する融和的な姿勢についても、納得がいく。つまり、外交的な深謀遠慮ではなく、直接投資など目に見える形での経済的な打算が働いている可能性がある。

むろん、フィリピンと中国の間では南シナ海の南沙諸島(スプラトリー諸島)をめぐる領土問題がくすぶっており、仮に投資などの実益を得る代わりに領土面で譲歩を迫られる事態となれば、「国益」に直結する問題だけに国民からの人気に陰りが出ることも懸念される。他方、米国などとの関係悪化はグローバル企業による投資の動きに悪影響を与える恐れもある。ドゥテルテ大統領が成果を急げば急ぐほど、経済面への副作用には警戒が必要となりそうだ。

*西濱徹氏は、第一生命経済研究所の主席エコノミスト。2001年に国際協力銀行に入行し、円借款案件業務やソブリンリスク審査業務などに従事。2008年に第一生命経済研究所に入社し、2015年4月より現職。現在は、アジアを中心とする新興国のマクロ経済及び政治情勢分析を担当。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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