December 18, 2017 / 6:50 AM / a month ago

コラム:「イエレン経済大統領」のレガシー=鈴木敏之氏

[東京 18日] - 米連邦準備理事会(FRB)議長は、「経済大統領」と言われる存在だ。合衆国大統領の動きは、世界の政治、安全保障に影響を及ぼす。経済大統領も同様で、世界中の金融市場、経済を動かす存在である。その経済大統領が、イエレン議長からパウエル理事に交代する。この交代で何が保持され、何が変わるかを見定めることは、当面の市場参加者の最重要課題と言える。

その見定めに関して参考になる情報が、12月12―13日の米連邦公開市場委員会(FOMC)後の記者会見で得られた(イエレン議長最後の定例会見である)。

イエレン議長が守ろうとしているレガシー(業績)とは何か、パウエル次期議長の下で変わりそうなことは何かが、判明したのである。

<雇用情勢改善で勝利宣言>

記者会見では、まず議長がキーノートを読み上げ、質疑応答に入る。そのキーノートでは、米国の雇用情勢がいかに良好であるかがイエレン議長の口から述べられた。

振り返れば2013年、オバマ大統領(当時)によってFRB議長に指名された際、イエレン議長は雇用情勢の改善に取り組む決意を表明していた。そして今日、米国の失業率は4.1%まで低下。FOMCのみる長期均衡の失業率は4.6%だから、完全雇用が達成されていると言っても良いだろう。

一方、パウエル次期議長は、その議長就任を審議する公聴会で、賃金上昇率に弾みがついていないことなどをあげて、雇用にはなお改善余地があるという見解を示した。ただ、直近11月の非農業部門雇用者増加数は22.8万人。雇用状態が申し分ないことは否定できない。加えて、国内総生産(GDP)がこのところ3%ペースで成長し、株価は連日のように最高値を更新している。

イエレン議長は、この良好な経済状態をもたらしたにもかかわらず、その間に5回の利上げを行い、バランスシートの縮小をやってのけた。

ちなみに、今回のFOMC声明から、バランスシートの縮小に関する文言は全て削除されていたが、イエレン議長はキーノートで削除の理由をわざわざ説明している。バランスシート政策は、グローバル金融危機に対する非常時の対応だったというのだ。

周知の通り、バランスシートの拡大に乗り出し、それを止めたのはバーナンキ前議長だが、バトンを受けたイエレン議長は縮小を方向付け、当座の金融政策はバランスシート規模の加減に依存せず、金利の変更で実行可能だと示したことになる。

FRB議長の仕事はしばしば悪天候の中での飛行機のパイロットになぞらえられる。イエレン議長は、雇用改善やバランスシート縮小に言及することなどで、自分以上に米国経済を上手に操縦できるパイロットはいないという思いを言いたかったのだろう。イエレン議長を再任しなかったトランプ大統領とパウエル次期議長には、ある意味、大きなプレッシャーをかけたことになる。

<「フィリップス曲線」信奉を堅持>

イエレン議長は、労働市場の需給の緩み(スラック)が小さくなると、賃金上昇が起こり、それでインフレ率が高まるという関係を判断の根幹に据えていた。

12月FOMC後の記者会見でも、その主張は保持された。2017年のインフレ率が低いのは、携帯電話の新プログラム導入などの一時的な要因によるという説明に固執したのである。

この説明には、FOMCメンバーの間でも疑念が持たれている。12月の会合でも、シカゴ地区連銀のエバンズ総裁とミネアポリス地区連銀のカシュカリ総裁が採決に反対した。イエレン議長が金利を決定する事実上最後のFOMCで、採決に反対するのはよほどのことだろう。

ただ、イエレン議長の信奉するフィリップス曲線が、現実の失業率とインフレ率の関係を説明していないのも事実だ。FOMCのみる長期均衡の失業率4.6%をはるかに下回りながら、インフレ率は低いままである。FOMCの経済見通しそのものが先行きのインフレ率の上昇を限定的にしかみていない。

これは、イエレン議長のこれまでの経済運営の実績は、申し分ないものであったにしても、現実を説明しない理論に基づいているのではないかとの疑念をもたらす。言い換えれば、次のFRB議長、その決定を補佐するエコノミストには大きなフリーハンドがあると言えよう。

すなわち、イエレン議長の信奉した理論は現実離れしているので、それに依拠した政策はとらないというのは自由なのである。しかし、それに代わる理論的説明もしなければならない。

フィリップス曲線を否定するのは、エコノミストとしては容易な仕事ではない。パウエル次期議長、まだ指名されていない副議長、理事に指名されているグッドフレンド・米カーネギーメロン大学教授は、その難しい仕事に取り組まなければならない。

<次期議長に判断を委ねるテーマ>

イエレン議長は、次期議長そしてFRBの新体制に対し、いくつか大きな判断を委ねようとしていることが、この記者会見で示された。

その1つが税制改革の効果である。米国経済についての最大の謎は生産性の伸びが鈍っていることだ。イエレン議長は、それについて、結局明確な説明をすることなくその任期を終えようとしている。生産性の伸び率低迷は説明できない問題ではない。税制、規制を変えることで、設備投資を促せるというのが、伝統的な共和党の発想である。

パウエル次期議長は、2016年5月の講演で、経済のサプライサイドの重要性を強調していた。イエレン議長は上下両院合同税制委員会の報告をもとに、税制改革が経済のサプライサイドでの改善をもたらすことには言及している。サプライサイドにポジテイブな変化があれば、インフレ率が上がりにくくなるので、現在示されている利上げを進める必要はなくなる。パウエル次期議長は、サプライサイドの効果を評価して、その裁量で利上げの進め方を変えられるのである。

<マイナス金利政策には懐疑的>

イエレン議長は、マイナス金利政策への否定的な姿勢も示した。FRBが直面する重大な問題は、次に金融緩和が必要になったときに何ができるかだ。

2016年の米ジャクソンホール会議は、イエレン議長と、FRB理事に指名されたグッドフレンド教授の対決だった。イエレン議長は、次に金融緩和が必要になっても、まずは利下げ、それで足りなければ、フォワードガイダンスと資産購入(いわゆるQE)で対処できるという立場をとった。これに対し、グッドフレンド教授は、QEの効果に疑問を呈し、利上げを進めてゼロ金利近傍に到達すれば、マイナス金利が必要になるという見解を示した。

今回の記者会見で、この点について質問があり、イエレン議長は、マイナス金利は学術研究の対象でしかないと否定的なコメントを行った。金融規制の見直しについても、イエレン議長は期待を抱いているような言い方はしなかった。

以上まとめれば、イエレン議長は、FOMC後の最後の定例会見で、自らの実績を強調する一方、サプライサイドの刺激策には許容を示した。しかし、FRBのチーフエコノミストとして、理論的支柱(その意味ではイエレン議長の後継)になるかもしれないグッドフレンド教授が金融政策手段の選択肢として触れたマイナス金利政策に対しては、懐疑的だった。

当座の経済状態は良いので、米国の金融政策は徐々に利上げを進める方針に沿って進められることだろう。しかし、FRBの体制刷新によって、変わる部分が多いことも市場参加者は冷静に覚悟しておくべきだ。

*鈴木敏之氏は、三菱東京UFJ銀行グローバルマーケットリサーチのシニアマーケットエコノミスト。1979年、三和銀行(現・三菱東京UFJ銀行)入行。バブル崩壊前夜より市場・経済分析に従事。英米駐在通算13年を経て、2012年より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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