January 28, 2019 / 6:44 AM / a year ago

コラム:円高にブレーキをかける日本経済の構造変化=佐々木融氏

[東京 28日] - 日本が巨額の貿易黒字国だった時代は過去のものになりつつある。1980年代後半から90年代にかけて日本は年平均11兆円の黒字を計上。2000年代に入るとやや減少したが、それでも2007年までの平均黒字額は9兆6000億円だった。

 1月28日、JPモルガン・チェース銀行の佐々木融・市場調査本部長は、日本の経常収支の構造変化が、過去に起きてような加速度的な円高にブレーキをかけていると指摘。写真は建設現場に翻る日本の国旗。2016年8月、東京で撮影(2019年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

しかし、2008年以降は一度も10兆円を超える貿易黒字を計上していない。2011年には31年ぶりの赤字に転じ、2014年に赤字幅は12兆8000億円まで拡大した。その後いったんは黒字を回復したものの、その規模は5兆円にも届かず、財務省が23日発表した2018年の貿易収支は1兆2033億円の赤字と、再びマイナスに転落した。

貿易収支の構造変化は円相場に影響する。当時と今とで何が変わったのかを検証するため、日本が10兆円規模の黒字を維持していた最後の4年間(2004─2007年)と、直近4年間(2015─2018年)の年間平均額を比較してみると、前者は9兆8000億円の黒字、後者は7000億円の黒字だった。

この期間に貿易収支が年平均9兆1000億円も悪化した背景には、輸入の増加がある。輸出額は年平均71兆5000億円から同76兆4000億円へと6.8%の伸びにとどまっているが、輸入額は同61兆7000億円から同75兆6000億円へ22.7%も増えている。

<スマートフォンと医薬品の輸入増加>

輸入は幅広い品目で増加している。伸びが最も大きかったのは「電気機器」で3兆7000億円。増加率は46.5%(寄与度はプラス6.1%ポイント)だった。6割強に当たる2兆4000億円を「通信機」が占めており、スマートフォンなど携帯電話の輸入が大きく伸びたものと考えられる。

次いで「化学製品」が3兆1000億円と、67.2%増加(寄与度はプラス5.0%ポイント)した。この中で目立つのは医薬品で、増加分の1兆9000億円を占めた。

貿易収支悪化の原因とみられがちなエネルギーは、確かに「液化天然ガス」の輸入額が2兆円増えた。増加率は84.9%で、寄与度はプラス3.2%だった。一方で、「原油・粗油」の輸入額が2兆2000億円、率にして23%も減少した。輸入数量も同程度の減少率であるため、原油価格の影響というより、単純に輸入量が減ったためと考えられる。

<貿易赤字は常態化か>

貿易相手国別の収支も、対中東を除いて全体的に悪化している。アジア全体に対する貿易黒字は、輸入増加を主因として年平均7兆3000億円から同4兆3000億兆円に減少。うち1兆8000億円分が対中国の赤字額増加、1兆1000億円分が対台湾の黒字額減少となっている。

特に注目されるのは、対欧州連合(EU)の貿易収支が同3兆8000億円の黒字から同3000億円の赤字へ、4兆1000億円も悪化したことだ。今回検証した全体の貿易収支悪化額の45%を占める。内訳は2兆1000億円が対EU貿易における輸出減少、2兆円が輸入増加だった。

EU向け輸出は「一般機械」、「電気機器」、「輸送用機器」の主要品目すべてで減少した。特に「電気機器」の落ち込みが9000億円と大きく、このうち5000億円は「音響・映像機器」のマイナスが影響した。一方、輸入は「医薬品」の伸びが顕著で、全体の増加分の半分に当たる1兆円も増えた。このほか目立ったのは「食品」と「自動車」で、それぞれ3000億円増加した。

つまり日本の貿易収支悪化は、アジアからスマートフォンなど「通信機」の輸入が、EUから「医薬品」の輸入が増えたことが主因と言えそうだ。エネルギーの輸入がそれほど影響していない点も興味深い。

こうした構造的な変化をみると、日本が近い将来、再び10兆円台の貿易黒字を計上することはなさそうだ。日本企業の多くが生産拠点を海外に移し、対外直接投資に積極的な現状を考えると、むしろ赤字が常態化していく可能性のほうが高い。

<過去最高水準の経常黒字>

一方、貿易収支を含む経常収支は過去最高に近い黒字水準を維持している。これは貿易黒字に代わり、過去に行った投資のリターンである所得収支の黒字が増加しているためである。

1980年代後半から1990年代までは、貿易黒字が経常黒字を上回る状態が続いていた。日本の経常黒字はすべて貿易黒字で構成されていたということだ。それが2000年代に入ると貿易黒字が頭打ちになる一方、所得収支の黒字が増え始め、2008年以降は経常黒字の中で圧倒的な存在感を示すようになった。

経常収支の変化は、円相場の動きを見る上で重要だ。単純化して言えば、貿易黒字は日本のメーカーが国内で作った製品を海外に輸出して得た代金である。コストの大部分は円建てと考えられ、貿易黒字の大部分は速やかに円資金に換える必要があると推測できる。一方、所得収支は過去の投資に対する対価であるため、すぐに円に換えずに再投資をする部分も多いと考えられる。

つまり、経常黒字が20兆円近い水準であっても、その大部分を所得収支の黒字が占める現状は、実需による経常的な円買いフローが多いとは言えない状況にある。

投資家のセンチメントが悪化し、短期的に円が上昇した時でも、加速度的に円高が進まなくなった背景には、こうした構造的な変化があると考えられる。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

(編集:久保信博)

佐々木融氏(写真は筆者提供)

*佐々木融氏は、JPモルガン・チェース銀行の市場調査本部長で、マネジング・ディレクター。1992年上智大学卒業後、日本銀行入行。調査統計局、国際局為替課、ニューヨーク事務所などを経て、2003年4月にJPモルガン・チェース銀行に入行。著書に「インフレで私たちの収入は本当に増えるのか?」「弱い日本の強い円」など。

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