January 24, 2019 / 8:03 AM / 6 months ago

コラム:米中摩擦の着地点、「囚人のジレンマ」回避できるか=熊野英生氏

[東京 24日] - 3月1日を期限とする米中貿易協議は、1月上旬に行われた次官レベルの調整を経て、やや楽観視する向きが広がっている。それでも結末はいまだ不透明感が強く、予断を許さない。

 1月24日、第一生命経済研究所・首席エコノミストの熊野英生氏は、現在のような米中の報復関税の応酬は、ゲーム理論の典型的な「囚人のジレンマ」であると指摘。写真は2012年5月に中国の北京で撮影(2019年 ロイター/Shannon Stapleton)

そこで今回のコラムでは、米中双方が妥協できる着地点は合理的に考えてどこにあるのかを考えてみたい。確かに、2020年大統領選挙で再選を狙うトランプ氏が、理屈よりも政治的なかけ引きを重視すると見ることはできる。また、背後にあるのは経済の覇権争いであることから、「出口のない戦い」との見方も根強いだろう。

しかし、両国の交渉が非合理的なルールに基づいて行われていると見ること自体が、悲観的な心理を作り出しているのではないだろうか。むしろ合理的な発想に基づき、米中がある程度納得できる妥協点が存在するとの見方に立つことが、前向きな展望を描くためには必要だ。

<2024年に対米黒字ゼロは可能か>

米中協議の目的は、米国が抱える巨額の貿易赤字を是正することにある。言うまでもなく、中国の対米貿易黒字はその大部分を占める。一部報道によると、中国は輸入拡大を通じ、2024年までに対米黒字をゼロにすることを提案したという。本当にそれは可能なのだろうか。

現在のような報復関税の応酬では、不均衡の是正は実現できない。米国が中国からの輸入に高関税をかけると、報復措置として米国からの輸出にも高関税がかかるからだ。米国にとっては輸入も減るが、輸出も減ってしまい、貿易赤字は変化しづらくなる。

これは、「囚人のジレンマ」と言われるゲーム理論の典型的なパターンである。自分の利益だけを考えて攻撃を仕掛けると、必ず反撃され、結局は共倒れに陥る。だから囚人のジレンマに陥ったところから、両者は互いに歩み寄ろうとする。現在の米中は、このまま報復合戦を続けていても双方にとってマイナスになると見込まれるため、ゲームの流れを変えようと行動しつつあるのだろう。

<投資貯蓄バランスで考える>

米中対立の図式は、1980年代の日米貿易摩擦に似たところがある。もちろん相違点もあるが、類似点に注目することは有益だ。

米国の貿易赤字は、中国の不公正に原因があるのではなく、自らの経済体質の結果として拡大している。米国の内需が膨張して国内の供給能力を上回った部分が、海外からの供給、すなわち輸入超となる。つまり、自国の過剰な消費体質が貿易赤字を生み出しているのだ。トランプ大統領が打ち出した減税は、自ら貿易赤字を膨ませる政策だった。貿易赤字を減らすには、減税をやめて財政赤字を削減することが必要だ。

1980年代、こうした考え方は投資貯蓄(IS)バランスとして知られた。日米間の消費体質の違いが、日本の貯蓄超過と米国の投資超過をもたらすとされた。当時の日本は問題解決に向け、公共事業を10年間で430兆円も増やす約束をした。内需拡大によって貯蓄超過が解消されると考えたのである。

おそらく今の中国も、財政支出を増やして米国からの輸入を促進することになるだろう。米中が同時に関税率を引き下げることも必要になってくる。

より難しいのは、米国の過剰消費体質の解消だ。1980─90年代の米国は、日本の内需拡大策にもかかわらず、貿易不均衡を是正できなかった。緊縮財政による景気減速を米政府が許容しなかったからだ。景気と貿易不均衡のどちらを優先するかと問われ、結局は景気拡大を犠牲にできなかった。

今回も中国が財政刺激策を約束しても、米国が財政緊縮に踏み込むことはないだろう。かつての日本と同じく、貿易不均衡の片側にいる中国だけが輸入拡大を目指すことになる。

<人民元切り上げの可能性>

では、中国の内需拡大だけで米国からの輸入を増やせるだろうか。中国の対米輸入額は輸出額の3分の1である。たとえ長い期間をかけて中国が内需を増やしても、貿易収支を均衡させるのは難しそうだ。

そうなると、為替レートの調整が必要になってくる。中国が人民元を大幅に切り上げ、輸出価格を引き上げると同時に輸入価格を引き下げる。相対価格を変化させることで、貿易収支を動かす発想である。

しかし、これは1985年のプラザ合意で日本が経験したショック療法と同じである。中国は避けようとするだろう。代わりに人民元の切り下げを行わず、ゆっくりとコントロールをしながら切り上げていく方法を取る可能性はある。2015年に人民元を切り下げた際に資金が流出した苦い経験から、中国は人民元の緩やかな上昇を歓迎するかもしれない。

<中国からの生産シフト>

米国からの輸入増で黒字を相殺することが難しく、人民元の急激な切り上げも受け入れ難いとなると、中国は対米輸出の生産拠点を他国にシフトさせることを検討するかもしれない。1980年代の日本は自動車を中心に、現地生産を進めた。カナダやメキシコへ工場を移し、そこから米国へ輸出する方法も探った。

米国メーカーから生産委託をされている中国企業の場合、日本と同じ対応にはならないかもしれない。しかし、何かしら生産体制を見直す可能性はありそうだ。

米国偏重だった輸出先を、欧州や日本、アジア各国に分散することも選択肢になるだろう。こうした国々との貿易を促進する、新たな連携を模索するかもしれない。中国は現在、米国から技術移転の強要を問題視されている。こうした問題は、連携を進めると多かれ少なかれ修正を迫られるものだ。いずれにしても中国は、他国と歩調を合わせるために公正なルールに従う必要が出てくる。

当面の米中協議は、中国による輸入拡大の約束を落とし所とするだろう。為替レートの調整や生産拠点の移管、輸出先の分散といった課題は、より長いスパンで中国側が見直しを求められていく。日本は中国のそうした体質変化を見据え、米中の仲を取り持ち、自由貿易を後押ししていく役割を担っていくのではないだろうか。

(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)

(編集:久保信博)

熊野英生氏(写真は筆者提供)

*熊野英生氏は、第一生命経済研究所の首席エコノミスト。1990年日本銀行入行。調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。同年8月に第一生命経済研究所に入社。2011年4月より現職。

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