Reuters logo
コラム:「米利上げ停止で円高」の現実味=上野泰也氏
2017年6月8日 / 04:08 / 5ヶ月後

コラム:「米利上げ停止で円高」の現実味=上野泰也氏

[東京 8日] - 米国の利上げ路線が行き詰まる可能性が、筆者の描いてきたシナリオ通り、徐々に高まりつつある。最大の理由は、物価の伸び悩みだ。

失業率低下が賃金増加率を加速させるから物価は目標の2%に近づくはずだという米連邦公開市場委員会(FOMC)のシナリオとは反対方向に、現実の物価指標は動いている。こうなると、年後半以降の米国の金融政策運営は、タカ派ではなくハト派に傾斜せざるを得ない。

米労働省から6月2日に発表された5月の雇用統計は、6月利上げ取りやめを促す「レッドカード」になるほど極端に弱くはなかったが、連邦準備理事会(FRB)の利上げ路線に「イエローカード」を突きつける内容だと筆者は受け止めた。

非農業部門雇用者数(季節調整済み前月差)は市場予想比下振れの13.8万人止まりで、前月・前々月には合計6.6万人分の下方修正が加えられた。雇用者数の伸びは勢いを失いつつある。オンライン販売に押されている小売業の既存業態で減少が目立つほか、製造業も5月はマイナスになった。

一方、失業率は4.3%(前月比マイナス0.1%ポイント)。4カ月連続の低下で2001年5月以来の水準になったが、労働市場参加率は62.7%に低下しており、あきらめ的な労働市場からの退出が失業率を押し下げた部分もあると考えられる。

そして、市場が最も注視している民間部門の時間当たり賃金は26.22ドルで、前月比はプラス0.2%、前年同月比はプラス2.5%になった。前年同月比は2月のプラス2.8%をピークに鈍化を続けている。前年同月比を小数点以下第3位までとると、2月は2.837%だったが、3月は2.632%、4月は2.506%、そして5月は2.462%まで伸び率を落とした。

賃金の増加が加速してサービス分野の価格が底上げされるようでなければ、FRBが掲げているインフレ目標(2%)にコア個人消費支出(PCE)デフレーターが持続的に持ち上がるのは困難である。

<FOMCメンバー発言に透ける「疑念」>

機関投資家の方々に対し、筆者が最近、特に強調しているのは、米国の利上げ路線の行方を決める最も重要なファクターは「物価」だという点である。そして、その物価の基調を大きく左右する賃金の伸びが、5月の雇用統計でさらに鈍化した。

グローバル化・IT化の進展を背景に、失業率と賃金の対応関係は希薄化している。米国内の雇用需給と賃金動向が1対1では対応しない状況に変わっており、そうした構造変化が起きるよりも前の経験則で(金融政策を含めて)物事を語るのは難しくなったとも言えるだろう。

要するに、失業率の低さにこだわりすぎて利上げを続けると、景気のオーバーキル(過剰引き締め)や物価の一段の鈍化を招いて失敗するということである。さらに言えば、人工知能(AI)の急速な進化を受けた労働市場の中長期的な変質や、インターネットなどを通じて容易に入手可能になった広範な価格情報も、物価上昇を着実に抑制する要因となり得る。

コアPCEデフレーターが4月分で前年同月比プラス1.5%まで鈍化するなど、物価の下振れが目立つ。FOMC参加者の発言を日々つぶさに追いかけると、表向きは「物価はいずれ上昇するはずだ」と強気を装いつつも、従来の想定通りのペースでこのまま利上げを続けるのは本当に妥当なのだろうかという疑念が内心で広がりつつあることがうかがえる。

FRBは物価安定と最大雇用という二重の責務を負っているが、最優先課題は物価安定の確保、すなわち2%に設定されているインフレ目標の達成だろう。物価が伸び悩む状況で必要とされるのは、本来は追加緩和のはずである。無理に利上げを続けようとしても、早晩行き詰まるのは目に見えている。

FRBのブレイナード理事とパウエル理事、それから今年のFOMCで投票権を有するハーカー・フィラデルフィア地区連銀総裁が6月FOMCでの利上げ予告に近い発言を直近で行っているため、市場がすでに高い確率で織り込んでしまっており、6月13―14日のFOMCではこのまま追加利上げが決まる可能性が高くなっている。

<年内の1ドル=100円予想を堅持>

しかし、繰り返しになるが、最大の焦点と筆者がみている物価の動きは、FOMCが掲げてきているシナリオとはこのところ正反対だ。さらに、石油輸出国機構(OPEC)主導の原油の協調減産は減産幅拡大が見送られて期限延長にとどまったことや、パリ協定離脱をトランプ大統領が表明したこと、カタールとサウジアラビアなどの断交が材料視される中、原油価格は軟調。サービス分野では、人件費(賃金)の伸び悩みが確認されたほか、家賃の上昇率は鈍化してきている。財・サービスの両面で物価上昇力が弱い状況が、この先も続きそうである。

こうした物価情勢に加え、需給の面、特に米国の債券を対象とする日欧などのマネーによるイールドハント(利回り追求)から、米国の長期金利は一段の低下が必至だと筆者はみている。したがって、ドル円相場は円高ドル安方向に動く可能性が高い。

そうした中、6月FOMCの関連で筆者が注視しているのは、FRB理事・地区連銀総裁による最新のフェデラルファンド(FF)金利見通しで、「長期(Longer run)」の最低値が2012年1月の公表開始以降で初めて2.5%を下回るかどうかだ。

見込み通りに米国の景気・物価が推移した場合の「利上げの終着点」と言い換えられる「長期」は段階的に水準を切り下げて、FOMCメンバーの金利見通しを示すドットチャートは総じてフラット化してきた。「長期」の最頻値は直近4回連続で3.0%、最低値は3回連続で2.5%である。

ところが、今年のFOMCで投票権を持っているカプラン・ダラス地区連銀総裁の「長期的な中立金利は3%より2%に近い」という発言が、5月24日にロイターによって伝えられた。この発言を額面通りに受け止めるなら、6月FOMCでは「長期」の最低値として2.25%といった2.5%未満のドットが記入されるはずである。利上げは四半期ごとに1回というよりも緩やかなペースだとみているとも、カプラン総裁は述べていた。

いずれにせよ、ドットチャートがフラット化する流れは、今後も続いていく可能性が高い。利上げの終着点では、イールドカーブはリセッション警戒で逆イールドになりやすいと考えれば、赤字国債垂れ流し的な時限措置としての大型減税実施が見込まれないという条件は付くが、米30年債利回りの3%以上は内外の投資家にとって、すでに明確に買いゾーンになっていると言えるだろう。

そして、年内に米10年債利回りは2%を下回り、ドル円相場は100円前後まで円高ドル安がさらに進行するだろうと、筆者は引き続き予想している。

*上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」
0 : 0
  • narrow-browser-and-phone
  • medium-browser-and-portrait-tablet
  • landscape-tablet
  • medium-wide-browser
  • wide-browser-and-larger
  • medium-browser-and-landscape-tablet
  • medium-wide-browser-and-larger
  • above-phone
  • portrait-tablet-and-above
  • above-portrait-tablet
  • landscape-tablet-and-above
  • landscape-tablet-and-medium-wide-browser
  • portrait-tablet-and-below
  • landscape-tablet-and-below