December 19, 2017 / 5:17 AM / 10 months ago

コラム:強い景気と弱い物価、「ミステリー」の真相=上野泰也氏

[東京 19日] - 実質国内総生産(GDP)成長率の見通しには上方修正がかかるものの、消費者物価の見通しは頭打ち。日米欧の中央銀行が秋から年末に行った経済見通し改定の結果は、見事な相似形になった。

日銀は10月31日、経済・物価情勢の展望(展望レポート)の基本的見解を公表した。政策委員大勢見通しの中央値は、実質GDPについて上方修正がかけられ、2017年度は7月時点の前年度比プラス1.8%が同1.9%になった。しかし、消費者物価指数(除く生鮮食品)、いわゆるCPIコアは下方修正。2017年度が前年度比プラス1.1%から同0.8%に、2018年度が前年度比プラス1.5%から同1.4%に変わった。

GDPが上振れて経済全体の需給ギャップがプラス方向に動いたなら、消費者物価には上昇圧力が加わるはずだが、そうなっていない。原油価格のような市況要因の変動のほかに、日銀は「デフレマインドが染みついている」というような説明をしてきている。だが実際には、物価上昇を妨げるのみならず下落を促している根の深い構造要因が日本経済に存在しているというのが、筆者の持論である。

日銀の全国企業短期経済観測調査(日銀短観)の業種別計数で毎回確認されている通り、個人消費・消費者物価に直接関与している3つの業種、「小売」「対個人サービス」「宿泊・飲食サービス」では、国内での製商品・サービス需給判断DI(回答比率「需要超過」-「供給超過」) は大幅なマイナスに沈んだままで、コストプッシュ型の物価上昇が浸透しにくい、言い換えると、値崩れが常に起こりやすい需給バランスになっている。

日銀が掲げている「物価安定の目標」2%を持続的・安定的に達成するのは、現状では不可能に近い。従って、2018年も日銀が金融引き締めを行うのは極めて難しいだろう。黒田東彦日銀総裁の「リバーサル・レート」発言などを手がかりにして市場の一部で浮上した、長期金利の水準調整が近くあるのではないかといった予想や思惑に、筆者は全く与しない。

<イエレン議長は「ミステリー」と形容>

米国やユーロ圏でも、実質GDPの見通しが上方修正される一方で、消費者物価のそれは動きが鈍いという、同様の現象が見られている。

米連邦公開市場委員会(FOMC)終了後、12月13日に公表された連邦準備理事会(FRB)理事・地区連銀総裁による最新の経済見通し(中心的傾向の中央値)は、実質GDPが2017―20年全てで上方修正される一方、個人消費支出(PCE)価格指数は、2017年の総合が0.1%ポイント上方修正された以外、9月の前回見通しと同じ数字が並んだ。

2018年が前年比プラス2.1%から同2.5%に変わるなど実質GDPが上方にシフトした主因は、「トランプ減税」が年内に可決成立する可能性が見通し作成時点で格段に増していたことである。だが、肝心の物価見通しはほとんど動かず、目標であるプラス2%に到達する時期は引き続き2019年とされた。共和党による税制改革(法人・個人向け減税)は、米国の景気がたどる今後のコースをある程度持ち上げるものの、物価の押し上げ効果はほとんど期待できないと、FOMC参加者の多くは見なしているということだ。

イエレンFRB議長ら主流派は、物価停滞の原因は一時的なものだと強弁していたが、最近では「ミステリー」と形容しつつ、経済のグローバル化・IT化による賃金の上がりにくさ、価格破壊、価格情報の入手可能性向上による販売価格の低い方での収れんといった構造変化の寄与が小さくないことを、徐々に認めざるを得なくなりつつある。

<ドイツ春闘で賃上げ要求自制の背景>

欧州中央銀行(ECB)は12月14日の理事会終了後に、スタッフによる最新の経済見通しを公表した。ユーロ圏の実質GDP見通しは上方修正。2017年が9月時点の前年比プラス2.2%から同2.4%に、2018年が前年比プラス1.8%から同2.3%に、2019年が前年比プラス1.7%から同1.9%へと、それぞれ明確に上方修正された。

欧州大陸の景気はかなり好調である。だが、ユーロ圏の消費者物価指数(HICP)の見通しは動きが鈍く、2017年が前年比プラス1.5%で据え置き、2018年が前年比1.2%から同1.4%に上方修正、2019年が前年比プラス1.5%で据え置き。今回初めて示された2020年は前年比プラス1.7%という予測になった。

ECBの物価安定の定義(事実上のインフレ目標)は「プラス2%未満だがプラス2%に近い」で、この定義に当てはまる下限がプラス1.7%とみられている。また、ドラギECB総裁の任期満了は2019年10月末である。つまり、ユーロ圏の景気が9月時点の見通しを上回って足元で順調に回復を続けていても、ドラギ総裁の任期中にECBの物価安定の責務が果たされるとは、ECBは現状想定していないということである。

米国やユーロ圏では、人口が増加している上に、日本ほど過剰供給構造が温存されているわけではなさそうだ。物価のレベル感は日本よりも高い。それでも、経済のグローバル化・IT化という構造的な賃金・物価抑制要因がしっかりワークしているため、物価は上昇力が弱いと考えられる。

その象徴的な動きが、ドイツで春闘のリード役を長く務めている金属労組(IGメタル)の賃上げ要求姿勢の弱まりである。報道によると、IGメタルは今回の春闘で賃上げ要求をある程度自制するようである。

理由は2つ。1つは人工知能(AI)に職を奪われる脅威が日々増すなかで、雇用保証を春闘で重視せざるを得なくなってきたこと。もう1つは、ワークライフバランスのさらなる充実を図る一環として所定内労働時間が大幅に短い勤務体系を要求していることである。

IGメタルの高率賃上げ要求はユーロ圏のインフレ懸念を強めるものだとして、ECBは以前にはかなり警戒的に見ていたものである。だが、上記のように、状況は大きく変わった。ユーロ圏HICPのうち人件費がコスト構造の中心となっているサービスは、夏場に前年同月比プラス1.56%に水準を切り上げていたものの、秋には同1.2%台に伸びを落とした。ユーロ圏のインフレ懸念は現状杞憂だと言っても過言ではあるまい。

<2018年は円高ドル安方向か>

こうして見てくると、「景気は強いが物価は弱い」というバランスは構造的な要因に基づくものであり、2018年も大きな変化はないと考えるのが順当だろう。

日銀は金融引き締めには動けず、米国の利上げが加速することはなく(むしろ株価急落などでFRBが利上げを停止する可能性が意識される)、ECBは区切りの2018年9月で量的緩和を打ち切らずに減額してもう少し続けるというのが、この先の基本シナリオになる。

もっとも、市場が1つのシナリオに固執し、こう着し続けるとは限らない。不規則な経済統計の数字や要人発言をもとにして、さまざまな思惑が浮上と沈静を繰り返し、相場は上下動することになるだろう。

ドル円相場は当面、107―114円台という直近レンジ内での推移を続けるとみられる。だが、米国の利上げ局面が終盤にさしかかっていること、高値圏にあり市場参加者が高所恐怖症にとらわれやすい米国株の急落リスクを考えると、2018年は円高ドル安方向にレンジがシフトする可能性が高いと、筆者は見ている。

*上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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