上野泰也 みずほ証券 チーフマーケットエコノミスト
[東京 17日]- 12日にブリュッセルで開催されたユーロ圏首脳会議は、ギリシャのチプラス首相と独仏首相らの個別会談を交えつつ約17時間にわたるロングランの討議となり、日付が13日に変わってから支援プログラムを開始することで基本合意が成立した。
金融支援の規模は3年間で820―860億ユーロの見込みで、欧州安定メカニズム(ESM)が活用される。
ギリシャ議会は財政再建策の一部を15日に賛成多数で可決した。その他の国で必要な議会承認手続きが終わった後、ユーロ圏の財務相が正式に支援協議を開始する。ドイツ連邦議会(下院)は17日にギリシャ支援交渉開始を認めるかどうかを審議・採決する。
ギリシャが求めていた債務の棒引き(債務減免)は、欧州連合(EU)条約の禁止規定に抵触することもあり、行われない。だが、ギリシャの改革に関する最初の審査後に必要と認められれば融資期限の延長など(債務再編)をユーロ圏は議論する用意があると、メルケル独首相は述べた。
ユーロ圏からのギリシャ離脱という最悪のシナリオは、やはり回避された。仮にそうした流れに入ることを首脳会議で決断してしまうと、通貨統合の政治的求心力が低下するうえに、通貨統合は不可逆的なプロセスであり、出たり入ったりするものではないという従来の常識が覆されて、南欧諸国の反EU政党を勢いづけてしまいかねなかった。
ギリシャ問題がここまでもつれたのは、ユーロ圏との協議を突然打ち切って緊縮策の是非を問う国民投票に打って出たチプラス首相のアクロバティックな政治手法に対し、欧州の政界で最も重要なキーパーソンであるメルケル独首相が強い不信感を抱いたからだろう。報道によれば、メルケル首相は首脳会議が始まる直前、「最も重要である信頼が失われてしまった。それは、厳しい協議になることを意味する」と述べていた。
また、ドイツの大連立政権で重要人物であるガブリエル副首相・社会民主党(SPD)党首も、ギリシャへの態度を硬化させた。ギリシャに批判的な国内世論がもはや無視できないレベルになっていたことも、ドイツの交渉姿勢に少なからず影響したと考えられる。
ドイツの面子が立つ、つまりドイツ国民に説明できる内容でなければ、メルケル首相は同意できなかった。これが、議論が長丁場になった大きな理由とみられる。ドイツによる提案の基本線を採用する形で、500億ユーロ規模のギリシャの国有資産を、独立した基金に移管することが基本合意に盛り込まれた。
ただし、ユーロ圏はドイツの言いなりというわけではない。合意が成立するよりも前に英ガーディアンが配信した記事は、ギリシャのユーロ圏離脱、いわゆるグレグジット(Grexit)に対するユーロ圏各国(19カ国のうちギリシャを除く18カ国)のスタンス、すなわちこの過激な選択肢を許容するかどうかを、次のように分類していた。
1)「Grexitを許容」
ドイツ、オーストリア、オランダ、ベルギー、フィンランド、スロバキア、リトアニア、ラトビア、マルタ(計9カ国)
2)「揺れているが、どちらかと言えばGrexit回避を望む」
ポルトガル、アイルランド、キプロス、スロベニア、エストニア(計5カ国)
3)「何としてもGrexitは回避」
フランス、イタリア、スペイン、ルクセンブルク(計4カ国)
興味深いことに1番目が9カ国で、2番目と3番目の合計も9カ国。ギリシャに対するスタンスで分類すると、国の数でカウントすれば勢力はきっ抗していた。首脳会議の議論が長丁場になったもう1つの大きな理由はこれだろう。ユーロ圏内の「南北対立」である。
<損切りできず追い貸しか>
世界の経済・マーケットを揺るがしかねない当面のリスク要因としてのギリシャ問題は、今回の基本合意成立によって、ひとまず押さえ込まれた形である。
だが、ユーロ圏首脳会議は交渉というより「異端審問」の場になり、屈服を強いられたチプラス首相は「磔(はりつけ)にされた」格好で、「打ちのめされていた」と報じられている。国民投票で反緊縮策が多数を占めた直後に今回の基本合意を突きつけられて、不満がうっ積したギリシャ人が、政治面で今後どのような動きを見せるかは予断を許さない。
ギリシャが本当に財政再建の目標数値をクリアできるのか、秋に実施との観測も出ている新たな総選挙結果がどのようなものになり、次期政権がいかなる政策方針をとるのかなど、ギリシャをめぐる不透明要因は引き続き多い。
そうした中で国際通貨基金(IMF)は14日、ギリシャが抱える債務の持続可能性が資本規制導入によって悪化しており、従来の想定を上回る規模でギリシャの負担を軽減する措置が必要だとする分析を公表した。大量の資金を借り入れているギリシャは、銀行の不良債権問題が日本で大きな焦点になっていた時期に取り沙汰された「開き直って道路の真ん中で寝転がることができる、立場の強い借り手」になった感が強い。
金融政策は一元化しつつも、財政運営・国債発行はばらばらという制度的な欠陥を抱えたまま、ユーロ圏は大きくなり過ぎた感が強い。
現地に行ってみればすぐわかるが、時間の流れがゆったりしているギリシャにはゲルマン的な規律正しい行動はなじまない。だが、今さら「損切り」的にギリシャを切り捨てることがどうしてもできず、さまざまな条件を付けながらもユーロ圏は結局のところ、また「追い貸し」に踏み切ったわけである。基本合意によってギリシャ問題の根本的な解決への道筋がついたわけではないことは、十分認識しておく必要がある。
世界経済の回復が今後徐々に加速する中で、ユーロ圏の景気回復にも追い風が吹き、ギリシャの財政状況が順調に改善するというのがベストシナリオである。だが、何らかのきっかけで世界経済が予想外に悪化する場合には、ギリシャ問題がリスク要因としてまた浮上する可能性が高い。その場合、さらに「追い貸し」するのかどうかをめぐってユーロ圏の財務相会合や首脳会議での議論がまた延々と続けられることは十分想定し得る。
13日のユーロ圏首脳会議終了後に、「今回の妥協には勝者も敗者もいない」「ギリシャ国民は辱められていないし、他の欧州の人々も面目をつぶされていない。これは典型的な欧州流の解決だ」とユンケル欧州委員長が述べていたと報じられたのが、筆者には大変印象的だった。
少なくとも1つ言えるのは、そうした「欧州流の解決」は、国際経済・金融におけるユーロという通貨の地位を高めてはいないということである。基軸通貨としてのドルの存在は、ライバル不在ゆえに、今後も揺らぎそうにない。
*上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から現職。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。