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コラム:日米中銀悩ますシムズ案とトランプ政策=永井靖敏氏
2017年2月2日 / 09:52 / 10ヶ月前

コラム:日米中銀悩ますシムズ案とトランプ政策=永井靖敏氏

[東京 2日] - 今週実施された日米の金融政策決定会合は、どちらも現状維持が確実視されていた。日銀は2016年9月に「新たな枠組み」を導入してからまだ半年も経っておらず、米連邦公開市場委員会(FOMC)は前回利上げを行ったばかりだったためだ。

市場の関心は政策判断ではなく、日銀についてはイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)の運営方針に加え、現状打開策としての「物価水準の財政理論(FTPL)」適用の可否、米連邦準備理事会(FRB)については次のステップとしての保有資産の償還金再投資停止に移っているようだ。

<FTPLは偽薬ではなく毒薬になり得る>

2016年9月に導入した「新しい枠組み」により、日銀の金融政策は、新たなステージに入ったが、依然として効果は確認できない。市場の注目は、長期金利操作目標の許容変動幅、量のめどの許容かい離額に集まっている。

将来の出口のパスや、日銀のバランスシート拡大により生じる問題についても、「今、議論するのは時期尚早」と黒田東彦日銀総裁は回答を避け続けている。市場との対話拒否が、現行の政策運営に対する不信感の高まりにもつながっているようだ。

こうしたなか、打開策としてFTPLに注目する向きもある。FTPL自体は、1990年代から議論されているが、2016年夏のジャクソンホール会議(米カンザスシティー地区連銀主催のシンポジウム)で、ノーベル経済賞を受賞したクリストファー・シムズ・米プリンストン大学教授が講演を行い、その後、浜田宏一内閣官房参与が「目から鱗(うろこ)が落ちた」と絶賛したことで、改めてスポットライトを浴びている。

今回の金融政策会合後の会見でも、記者から、これまで金融政策でデフレ脱却できると主張していた浜田参与が、金融政策だけではデフレから脱却できないため財政拡大が必要と宗旨替えした点に関する質問が出た。黒田総裁は、「浜田先生にお聞きいただくのがよい」とした上で、金融政策が有効である点、バランスの取れた政策運営が重要な点を指摘している。

金融政策の有効性については議論の余地はあるが、バランスの取れた政策運営は極めて重要なポイントであると今更ながら筆者は考えている。すなわち、量的緩和は、長期金利の水準引き下げを通じて、経済・物価を押し上げる効果はあっても、量を増やすことによる直接的な物価押し上げ効果はないと考える。

「総括的な検証」も、量による物価押し上げ効果は定量的に示していない。積極的な金融緩和姿勢を示すことで期待の抜本的な転換を狙うという意味で、プラセボ(偽薬)効果はあったかもしれないが、効果が少ない分、副作用も市場機能の低下など一部に限られた。

これに対して、FTPLはポイズン(毒薬)になり得るため、メリットとの比較考量を十分行う必要がある。すなわち、財政赤字の拡大は、短期的には景気を押し上げるが、中長期的には、将来の増税不安の高まりが景気下押し要因になること、世代間不平等につながること、不適切な資源配分につながりやすいことなどの明確なデメリットがある。

将来の増税不安の高まりについては、政府の財政健全化目標をコントロールすることで解消できるという考え方もあるが、すでに国民は、財政健全化目標を信じていないと思われる。その意味で、FTPLに基づいた政策運営が明示的ではないが実質的には実施されていると考えると、導入するメリットについても懐疑的にならざるを得ない。

確かにシムズ教授は、「FTPLを根拠に物価が2%に上昇するまで、消費税増税を延期するというルールを作り、このルールを国民に信じ込ませる」という案を紹介している。ただ、筆者は、シムズ教授から直接話を聞く機会を得たが、教授自身、自分は日本の財政政策の専門家ではないと言及した点が印象に残った。

つまり、シムズ教授の案は、経済理論に基づいたアイデアであって、政策提言を行う意図はなかったように感じた。FTPLは理論としては興味深いが、理論の世界にとどめるべき話と筆者は考えている。

<再投資停止論の背景にトランプ政策の不透明性>

FOMCについては、12月の議事録で、償還金再投資停止が利上げのパスに影響を与える可能性が議論されたことが明らかになった。また、その後も多くのFRB高官が、再投資停止の是非に関する発言をしていることから、今回のFOMCでもこれに関する議論が行われたと考えられる。

FOMC声明文では、関連部分に関する表記に変更はなかったが、記者会見のない今会合で変更すると、市場の憶測を招く恐れがあるため、当然の対応と言えよう。

イエレンFRB議長は、再投資停止などで最終的にバランスシートを圧縮するアプローチを取れば、10年債利回りが0.15%上昇するとした分析を紹介している。分析通りなら、急きょ再投資停止を発表すると、市場の混乱を招く恐れがあるため、緩やかに織り込ませる必要がある。議論の概要は、15日に予定されているイエレン議長の定例議会証言や22日に発表される議事録で徐々に明らかになりそうだ。

停止時期については、「正常化」がキーワードになる。声明文では、再投資を「フェデラルファンド(FF)レートの水準が十分に正常化されるまで」維持するとしている。FOMC参加者の長期的なFFレートの適正値を正常化と捉えると、3%程度になるが、すでに停止に関する議論が行われている。利下げ余地が必要という「のりしろ」論もあり、早急な再投資停止は考え難いが、FOMCメンバーの目線は、意外と低い可能性がある。

筆者は、FFレート1%程度が正常化の目安と考えている。根拠は、銀行の預金に上昇余地が生まれることだ。すでにFRBは利上げを2回行ったが、米銀が預金金利を引き上げる動きは出ていない。日本の銀行と同様、預金金利の下限制約により、これまで預金金利を、収益を無視した水準に設定していたためで、引き上げに至るまでには、ある程度の金利上昇が必要だ。

複数の米銀が、FFレートが1%程度まで上昇すれば、預金金利を引き上げるとコメントしている。預金金利が引き上げ可能な状況になれば、銀行の金融仲介機能も正常化したと言えそうだ。

最近、再投資停止の議論が活発化している背景には、トランプ政権の動向が読めないこともありそうだ。現在、FFレートの誘導水準引き上げは、銀行に対する付利引き上げにより行われている。このため、利上げはFRBから銀行に対する資金供与の増加を意味する。

本来、FRBのバランスシートの正常化は、経済・物価・市場動向をにらみ、総合的に判断すべきだが、FRBとしても、一部のコスト負担増加に焦点が当たり、無用な批判を受けることは避けたいと考えているのではないか。今後、再投資停止論が、米債券相場の重しになる恐れがありそうだ。

*永井靖敏氏は、大和証券金融市場調査部のチーフエコノミスト。山一証券経済研究所、日本経済研究センター、大和総研、財務省で経済、市場動向を分析。1986年東京大学教養学部卒。2012年10月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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