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コラム:シムズ理論があおる日銀不安=永井靖敏氏
2017年2月20日 / 10:01 / 9ヶ月後

コラム:シムズ理論があおる日銀不安=永井靖敏氏

[東京 20日] - 円債市場は、日銀のオペに振り回されている。現行の金融政策枠組みの持続性に不安を感じる中、日銀からの情報発信が少ないため、投資家は、手探り状態で運用しているようだ。

具体的な不透明要因として、現状ゼロ%程度としている長期金利の操作目標変更に対する日銀の考え方、長期金利の操作目標からの乖(かい)離許容度と日銀のコントロール能力などが挙げられる。

前者の変更時期については、現時点では、物価の実績値が低いことから、喫緊のテーマではないが、物価の実績値が上昇するにつれて、注目度が高まりそうだ。

2016年9月に導入した「新しい枠組み」は、期待インフレ率が上昇するのに合わせて長期金利の操作目標を引き上げても、金融引き締めではないという建て付けだが、実際に期待インフレ率を計測できないこと、できるだけ早期に「物価安定の目標」達成を目指していることなどから、安易に引き上げることはできないだろう。

とはいっても、「物価安定の目標」達成後は、長期金利の操作目標を2%以上に引き上げる必要があり、その間のパス(経路)はブラックボックスの状態にある。

<長期金利制御不能に陥るシナリオは杞憂か>

後者のかい離許容度とコントロール能力については、すでに市場参加者の間でも主要なテーマになっている。市場では「ゼロ%程度」はプラスマイナス0.1%とした見方がコンセンサスになっていたが、日銀のオペの不透明感などを受け、長期金利は一時0.15%まで上昇した。

日銀が市場実勢より低い金利水準での指値オペを機動的に実施したことで、上昇を抑えることができたが、先行きについては見方が分かれている。

筆者は、日銀は今後も無制限にオペを実施することができるため、基本的にコントロール可能と考えている。国債の買い入れ額については、「保有残高の増加額年間約80兆円程度」という「めど」はあるが、金利を優先している。おおむね現状程度の買い入れペースで、長期金利の水準を抑えることができなくなっても、買い入れ額を増やすことで対応できる。

ただし、長期金利の水準をコントロールすることは難しい。日銀も、Q&A形式で日銀の業務や金融政策などを説明しているホームページの「教えて!にちぎん」のコーナーで、長期金利について、「オーバーナイト物金利のように資金量を調節して誘導することは容易でない」とした回答を掲載していた(2016年11月に削除)。

市場参加者の中でも、やがてコントロールできなくなると見る向きも少なくない。短期的には、コントロールできても、中長期的には日銀よりも市場の力の方が勝るため、やがて抑制不能になると主張している。

ポイントは、政府や日銀の信認だろう。確かに、市場からの信認を失い、やがてコントロール不能の状況に陥るというシナリオを完全に無視することはできない。

<シムズ理論は日銀政策と相いれない>

こうした中、黒田東彦日銀総裁は、14日の衆議院予算委員会で、「物価水準の財政理論(FTPL:Fiscal Theory of the Price Level)」に関する民進党の前原誠司議員からの質問に対して、「理論的には興味深い」としながらも、「いろいろな前提を置かなければ出てこない話」と語った。

FTPLは、「政府が財政健全化を目指さない」と国民に信じさせることで、物価の押し上げが可能という考え方だ。物価上昇が行き過ぎるリスクや、国債が格下げされるリスクなどが指摘されているが、その前に、国民に信じさせることが難しいという大きな問題がある。

米プリンストン大学のクリストファー・シムズ教授はこのFTPLに基づき、「物価が2%に上昇するまで、消費税増税を延期するというルールを作り、このルールを国民に信じ込ませる」という案を提示したが、これまで消費税増税の延期を繰り返してきたにもかかわらず、物価が上昇していないことを踏まえると、効果があるとは思えない。

「物価が2%に上昇するまで、すべての税金を停止する」というような、極端な政策を導入しない限り、国民の物価観が変わるほどの変化は生じないだろう。

そもそも、これまでの異次元緩和も、金融政策運営の抜本的な転換により、人々のインフレ期待を変化させることを狙っていた。シムズ教授の案は、物価が上昇するまで、現行の金融政策を維持する、という日銀の政策運営と大差ない。

FTPLは、財政に関する理論であるため、日銀が採用の是非を議論する話ではない。ただ、少なくとも長期金利の操作目標を設定している現行の金融政策とは、相いれない。すでに、国民の多くが「政府が財政健全化を目指さない」と感じている中、極端な政策を導入して、目指さない姿勢をより鮮明にすると、政府の信認が低下し、日銀の信認も低下する。

日銀の信認が低下すると、長期金利をコントロールすることができなくなる。FTPLを導入することで、やがて物価は上昇するかもしれないが、その前に長期金利の上昇圧力が発生する。日銀が調整能力を失った状況で上昇圧力が発生すると、市場は危機的な状況に陥る。

なお、FTPLのポイントは、あくまでも、政府が財政健全化を目指さないと国民に信じさせることだ。ただ、一部で、「財政政策により物価押し上げを狙う理論」と従来のケインズ経済の域を脱しない説明をする向きがある。金融政策に対する閉塞感が強まる中、シムズ理論の本質とは異なる部分が切り取られ、消費税増税延期の口実に使われるリスクについても、意識する必要がありそうだ。

閉塞感を打破するためにも、「いろいろな前提」を置いた上で、日銀が金融政策の先行きに対する方針を提示することが望まれる。

――関連インタビュー:インフレ税はなぜ日本に必要か=シムズ教授

*永井靖敏氏は、大和証券金融市場調査部のチーフエコノミスト。山一証券経済研究所、日本経済研究センター、大和総研、財務省で経済、市場動向を分析。1986年東京大学教養学部卒。2012年10月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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