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コラム:米FRB、バブル回避に軸足シフトか=永井靖敏氏
2017年7月10日 / 06:32 / 4ヶ月後

コラム:米FRB、バブル回避に軸足シフトか=永井靖敏氏

[東京 10日] - 6月の非農業雇用者数が予想以上に高い伸びを示したことで、米国経済が着実に回復していることが確認できた。連邦準備理事会(FRB)の景気シナリオ、すなわち、年内あと1回、来年3回の利上げと整合的な形で景気拡大が続く蓋然性が高まっている。

これに対して市場は、強い雇用統計発表後もFRBの見方に懐疑的で、フェデラル・ファンド(FF)レートの先物は来年末までの計2回程度の利上げしか織り込んでいない。

<賃金の伸びが加速しない理由>

市場がFRBの景気シナリオを疑っている背景には、失業率の低下にもかかわらず、賃金の伸びが加速していないことがある。6月の時間給は前年比2.5%上昇と、5月の2.4%上昇から伸びが加速したが、小数第3位まで計算すると、0.036%ポイントしか加速していない。

0.1%ポイント繰り上がったのは四捨五入の関係で、実際には昨年12月のピーク2.9%上昇からの、伸び鈍化の動きが続いているともいえる。市場は、失業率がまだインフレ加速につながる水準、すなわち自然失業率に達していないとみているようだ。

これに対して筆者は、すでに失業率は自然失業率を下回っていると考えている。最近、時間給の伸びが鈍化傾向にあるのは、雇用環境の改善を受け、技能の低い人が労働市場に参入したためだろう。同一職種の給与を指数化した雇用コスト指数は上昇傾向が続いているが、時間給は平均値であることから、相対的に賃金が低い労働者数が増加すると、全体の数値が低下する。目先一段と伸びが鈍化する可能性を排除することはできないが、やがて低技能労働者の参入が一巡し、時間給の伸びは加速するだろう。

ただし、賃金が伸びにくくなった可能性を完全に排除することはできない。一部で、AI(人工知能)やロボットなどの技術革新により賃金が伸びにくくなったと指摘する向きもある。FRBの内部にも、リスクを念頭に置いた政策運営の重要性を指摘する高官がいる。ミネアポリス地区連銀のカシュカリ総裁だ。

同氏は、すでに完全雇用に達したという確信を持てないこと、今後も物価の伸びが低めの水準にアンカリング(固定化)されてしまう可能性があることを理由に、6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、利上げに対して反対票を投じた。その後発表されたFOMCの議事録で、カシュカリ氏の意見に同調するFRB高官がいなかったことが明らかになったが、市場参加者の多くは同調しているようだ。

市場で、カシュカリ氏と同様、すでに完全雇用にあるとの見方に対して懐疑的な意見が多数派になっている背景の1つには、これまで市場の見方の方がFRBよりも正しかったことがありそうだ。

FRBが四半期に1回発表している経済予想サマリーの失業率の長期的見通しが、FRBが考えている自然失業率といわれている。2012年時点では長期的見通しを5.2―6.0%(中央傾向値)としていたが、下方修正を続け、直近6月のFOMCでは4.5―4.8%に引き下げた。FRBはすでに足元の失業率は自然失業率を下回っていると判断している一方、市場は今後もFRBが失業率の長期的見通しを下方修正すると考えている模様だ。米長期金利の先行きは、どちらの見方が正しいのかがポイントになる。

<リーマン・ショックの教訓>

これまで正しかったから今後も正しいという見方は、一見、説得力がある。ただ、この考え方は、これまで上昇したから今後も上昇するというバブル形成時に浮上する発想と共通する。

カシュカリ氏も、失業率と物価上昇率の逆相関を想定するフィリップス曲線自体は否定しておらず、失業率が低下すればやがて物価上昇につながると指摘している。反対票を投じた理由は、FRBの政策手段が非対称的なこと。2%の物価目標は上限ではなく対称的、すなわち1.5%の物価上昇は2.5%の物価上昇と同様に好ましくない。これに対して、FRBは物価の押し上げよりも引き下げにつながる有効な手段を持っている。このため、利上げは早過ぎるよりも遅過ぎる方が、失敗した時の対応が容易、とリスク管理の観点でカシュカリ氏は反対票を投じた。

ただ、緩和的な金融環境の長期化は、資産バブルにつながり得るという別のリスクがある。イエレンFRB議長は6月27日の講演で、資産価格について、「適切なバリュエーションに関してコメントするつもりはない」とした一方、「幾分か高い」と発言した。6月のFOMCでも、株価について、数人の参加者が「標準的な基準で高いと判断している」とコメントしていたことが、議事録に記載されていた。

リーマン・ショック前、資産バブルに対する考え方は明確だった。ジャクソンホール・コンセンサス、すなわち「バブルは崩壊するまで分からないため、崩壊後に適切な対応をすればいい」と主張し、不動産、信用バブルの問題を認識しつつも、崩壊するまで静観していた。

ただし、バブル崩壊が実体経済に与えた悪影響はFRBの想定を大きく上回る「百年に一度」の激震につながり、「適切な対応」では容易に乗り切ることができなかった。この結果、リーマン・ショック後、FRBの、資産バブルへの対応能力は非対称的、すなわちバブル崩壊後よりも崩壊前の方が有効な手段を持っていることが明らかになっている。最近の資産価格に関する複数のFRB高官の発言は、資産バブルについても、リスク管理の観点での政策対応が必要との判断から出たのかもしれない。

<バランスシート正常化は10月開始へ>

FRBは、さまざまなリスクを想定した上で政策対応を行う必要がある。6月の雇用統計が強い内容となったことで、カシュカリ氏の指摘した物価が上昇しないリスクは、軽視し得る状況になりつつある。

バランスシート正常化も当初、米長期金利の上昇につながり得ることから、リスクとして指摘されていたが、FRBが市場との対話を重視し、相場の波乱要因にならないように細心の注意を払ってきたことで、リスクが顕在化する可能性は小さくなった。

6月に「政策正常化の原則と計画」の追加文書を発表したことで、すでに正常化のペースは明らかになっている。バランスシート正常化の開始時期、FRBが適正とするバランスシートの規模を発表するという作業はまだ残っているが、相場の波乱要因にはならないだろう。

筆者は、7月のFOMC声明文で、9月のFOMCで開始時期を決めると記載し、9月のFOMCで10月から正常化を開始することを決定すると予想している。

*永井靖敏氏は、大和証券金融市場調査部のチーフエコノミスト。山一証券経済研究所、日本経済研究センター、大和総研、財務省で経済、市場動向を分析。1986年東京大学教養学部卒。2012年10月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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