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コラム:日本の問題先送り体質、日銀新政策で露呈=永井靖敏氏
2016年10月11日 / 05:51 / 1年前

コラム:日本の問題先送り体質、日銀新政策で露呈=永井靖敏氏

[東京 11日] - 日銀が9月に導入した「新しい枠組み」(長短金利操作付き量的・質的金融緩和)について、市場やエコノミストの間で、評価が分かれるなか、筆者は効率性という点で問題があると考えている。

日銀は、これまで金融政策を適切な方向に修正するチャンスを逃し、自ら制約条件を作ってきた。実践的で緻密な政策と評価することもできるが、問題の先送りにすぎず、将来に禍根を残す政策と言える。

まず、現在日銀の置かれている状況を考慮せずに、「新しい枠組み」を効率性という点で評価すると、優れた政策とは言えない。あらゆる政策運営にはコストが伴う。日銀の国債買い入れは、基本的に長期金利の低下を目指して実施してきたことから、より少ない金額で、より大幅な金利低下を目指す方が「効率的」だ。

特にマイナス金利の国債買い入れは、最終的に国民負担につながるため、極力回避すべきだ。国債を大量に買い入れながら「イールドカーブ・コントロール」で、長期金利の過度な低下をけん制するのは、アクセルとブレーキを同時に踏むような政策と言える。

確かに、国債を大量に買うことが重要、すなわち「量」の拡大が物価の上昇につながると指摘する向きもあるが、一般的な見方ではなく、「総括的な検証」でも、「マネタリーベースと予想物価上昇率は、短期的というよりも、長期的な関係を持つものと考えられる」と記載するだけで、具体的な実証分析は行われていない。

<日銀が効率の悪い政策運営を選んだ3つの理由>

もちろん、日銀が効率の悪い政策運営を導入したのには、それなりの事情がありそうだ。実際に金融政策の枠組みを変更する上で、多くの実務上の制約条件をクリアする必要があるためだ。

具体的には、1)これまで実施してきた政策運営を正当化する必要があること、2)多くのボードメンバーからの賛同が求められること、3)緩和の縮小と思われない形で政策運営の持続性を高めること、などが挙げられる。

1番目について、これまで日銀は、インフレ期待の抜本的な変化を狙い、物価上昇にコミットすると宣言した上で、大胆な金融緩和を実施してきた。コミットメントは、日銀に物価を押し上げる力がなければ、意味がない。

日銀は政策効果をアピールするため、過去の政策運営は成功したという前提に基づいて、連続性のある政策運営を行う必要があった。長期金利の買い入れ額を、おおむね現状ペース(保有残高の増加額年間約80兆円)という「量」のめどを残したことからも、連続性を重視する日銀の意図が読み取れる。

加えて、複数のボードメンバーが「量」を支持するなか、多数の反対票が出ると、「新しい枠組み」に対する信頼が損なわれる恐れがあった。2番目の制約条件に配慮し、妥協点を模索したと思われる。

3番目については、黒田東彦総裁が「物価安定の目標」達成前の緩和縮小の可能性を否定するなか、長期金利の行き過ぎた低下の問題が浮上した。「イールドカーブ・コントロール」を、枠組みの中心に据えることで、行き過ぎた低下を防ぐのと同時に、将来の「量」の縮小を円滑に行える道を模索することが求められていた。

「過去の失敗は素直に認めて、常に最も効率的な政策運営を目指すべき」と評論家的なコメントをすることは容易だが、「新しい枠組み」は当面の問題をクリアするという点では、緻密に練り上げた政策と評価することもできる。実際、導入直後、債券市場に大きな混乱を与えることなく、政策運営の持続性に対する不安が低下した。

<金融機関支援策とセットでマイナス金利深掘りか>

ただし、「新しい枠組み」の評価は、長期的な視点で行う必要がある。今回問題の先送りに成功したことにより、これまでの失敗の原因が曖昧になり、今後も効率の悪い政策運営が継続される恐れがある。また、後述するように、将来、市場の波乱を招くことが懸念される。

今から振り返ってみれば、マイナス金利政策導入時に、「量」を縮小しなかったことが、失敗だったと見るべきだろう。また、「物価安定の目標」の早期達成を目指し、国債の買い入れ額を持続不能なペースで実施したことについても、議論の余地はあるが、間違いだったと筆者は見ている。

「新しい枠組み」により、政策の持続性が高まったことで、これまでの政策運営を正当化することができる。「総括的な検証」でも、「量的・質的金融緩和」やマイナス金利の導入の有効性を強調するなど、日銀の政策運営の無謬(むびゅう)性を強調している。

このため、今後追加緩和を行う場合、現行の政策運営をさらに拡大することになりそうだ。黒田総裁は9月26日の講演で、追加緩和の中心的な手段として、短期政策金利の引き下げ、長期金利操作目標の引き下げを挙げたが、短期金利の引き下げが最も有力だろう。

長期金利操作目標の引き下げについては、「総括的な検証」で、具体的にデメリットを指摘しているが、短期金利の引き下げについては、「貸出金利の低下は金融機関の利鞘を縮小させることで実現しているため、さらなる金利低下に伴う貸出金利への波及については、金融機関の貸出運営方針にも依存する」と、工夫次第では引き下げ余地があると読み取ることもできるためだ。

実際には効果はないと筆者は見ているが、「政策発動のための政策」として、短期金利の引き下げと金融機関支援策を組み合わせた、一段と複雑な金融政策が実施されそうだ。

<物価目標達成後に長期金利急上昇の恐れ>

ところで、足元の相場安定は、将来の波乱の可能性という犠牲の上に成り立っている可能性もある。今のところ市場では、10年債利回りについては、「下限はマイナス0.1%」というコンセンサスが形成されつつあるが、超長期ゾーンについては、時間とともに居どころが変わりそうだ。

「イールドカーブ・コントロール」を枠組みの中心としているが、「量」の効果を否定したわけではないため、明らかに行き過ぎと言える水準まで低下しなければ、「量」の縮小は難しい。ただ、行き過ぎた低下を経た後に縮小すると、急上昇するリスクが高まるため、超長期ゾーンの金利が、今後も落ち着いた動きを続けるとは限らない。

中長期的には、10年債利回りの方が波乱含みだ。確かに将来、期待インフレ率が上昇した場合、操作目標を適切な水準に引き上げるという選択肢はある。「オーバーシュート型コミットメント」では、「物価安定の目標」が実現するまでマネタリーベース残高の拡大方針を維持することしか日銀は約束していない。

しかし、できるだけ早期に「物価安定の目標」を実現することを目指すと主張するなか、現実問題として、実現前の操作目標引き上げは困難と思われる。このため、「物価安定の目標」実現後、10年債利回りが急上昇する恐れがある。

日本人は、目先の問題への対応力は優れているが、長期的な問題への対応力は劣るといわれている。長短金利操作付き量的・質的金融緩和は、日本独自の金融政策で、世界の先端を走っていると日銀は主張しているが、問題の先送りを好む日本社会が生んだ独特の金融政策と評価すべきかもしれない。

*永井靖敏氏は、大和証券金融市場調査部のチーフエコノミスト。山一証券経済研究所、日本経済研究センター、大和総研、財務省で経済、市場動向を分析。1986年東京大学教養学部卒。2012年10月より現職。

*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。

(編集:麻生祐司)

*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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